画面に並ぶ三つの選択肢を前に、美佳はただ呆然と座り込んでいた。
> A. 代わりに自分を差し出す
B. 誰か別の人間の名前を書く
C. 何もしない(結果を受け入れる)
(なんなのよこれ……)
これが本当に「アンケート」だというのなら、あまりにも異常だ。質問はすでに感情を試すようなものになっていて、もはや統計調査とは呼べなかった。
(選んだら……また、誰かが……)
前回、名前を書いた田代誠は、あの通り死亡した。
──書いたから、死んだ。
──なら、次も?
それとも、書かなくても何かが起こるのか。
答えの出ない思考の渦に飲み込まれそうになったそのとき、スマホが震えた。
LINEの通知だった。
差出人は──母親。
> 【母】
「最近、変な夢を見るの。何かあったの? 元気してる?」
「あんた、小さい頃からすぐ顔に出るから」
「困ってることがあれば言いなさい。いつでも聞くから」
美佳の指が止まる。
(お母さん……)
田代のことを思い出した時のような、身体の奥から湧き上がる“後悔”のような感情が、胸を締めつける。
あの人を憎んでいた。名前を書いたときも、怒りと悔しさでいっぱいだった。でも、まさか本当に──。
今、もし何かを選んだら、次に失われるのは誰か。
「家族」「友人」──それとも、
(誰かを守るために誰かを差し出す……?)
画面の選択肢は、じわじわと彼女を追い詰めていく。
そのとき、ふいにパソコンの画面がピクリと揺れた。
選択肢の下に、新たな文字列が追加されていた。
> ※重要なお知らせ:
■あなたのご回答に関連する事象は、すでに始まっています。
■以下の人物の状況が進行中です:
「
■対応には猶予がありません。回答は【12分以内】に送信してください。
「お母さん……!」
画面の名前を見た瞬間、美佳は息をのんだ。
身体が凍りつくような冷たさに包まれた。
(……まさか)
まさか、本当に“選ばれた”のか。
まさか、今これが現実として進行しているのか。
選択肢は変わらない。
ただ時間だけが、上からカウントダウンのように赤字で減っていく。
11分23秒。
母を守るには、「A」を選ぶ──自分が代わりになる。
でも、本当にそれで済むのか?
本当に“それだけ”で許されるのか?
(……選ばなきゃ、間に合わない)
美佳は震える手でマウスを動かし、「A. 代わりに自分を差し出す」の文字にカーソルを合わせた。
カチッ。
その瞬間、画面が暗転した。
そして数秒後、音もなく新たな画面が表示された。
> ■回答を受理しました。
ご協力、誠にありがとうございました。
状況は正常に「代替処理」へと移行されました。
今後の変化にご注意ください。
「……これで……いいの……?」
目の前の画面はもう何も語らない。
ただ、完了の合図のように静かに光っていた。
それから数日、美佳の身には何の変化も起きなかった。
母からはあの日のLINE以降、連絡がこなかったが──
こちらから連絡すれば、いつもどおり「元気よ」と答えてくれた。
(……良かった)
そう思っていた。
だが、一週間後。
美佳の部屋のポストに、再び白い封筒が届いた。
差出人は、やはり「LAPIS DATA」。
封を開けると、中には前回と同じように手紙と──
今度は“黒いカードキー”が一枚、封入されていた。
> あなたの「誠意ある選択」、確かに受け取りました。
その覚悟に感謝し、あなたを“次の段階”に案内します。
準備が整い次第、カードキーをお持ちの上、【第零区域】へお越しください。
「……次の、段階?」
美佳の人生は、もう戻れなかった。