同窓会の会場は、複合施設の中でも最上階に位置する展望ラウンジだった。藍都市街を一望できる広々とした空間に、懐かしい制服の写真や当時の卒業アルバムが展示されている。
「こんなに来てるんだ……」
美佳は小さくつぶやいた。
見覚えのある顔ぶれがちらほら。かつての教室で過ごした記憶が断片的によみがえる。
だが、どうしても繋がらない。自分が卒業式で誰と話したのか、いつ彩音と最後に会ったのか、記憶にぽっかりと穴が空いていた。
「美佳?どうしたの、顔色悪いよ?」
彩音が心配そうに覗き込む。
その視線に応えようと、美佳は笑顔を作った……が、唐突に会場の照明がチカチカと明滅した。
ピピッ、ピピピ……
場違いな電子音。誰かのスマホかと思ったが、誰も取り出していない。
次の瞬間、展示されていた卒業アルバムのデジタルパネルに、見覚えのある画面が浮かび上がった。
> 【アンケート:第0区画データが検出されました】
【回答者ID:M-319A】【感情データ同期完了】
「……!」
美佳の背筋が凍りついた。
(これ……私の、ID!?)
慌ててスマホを確認しようとした瞬間、横からスッと差し出された手が彼女の手首をとらえた。
「久しぶりだね、三枝さん」
低く、落ち着いた声。
そこに立っていたのは、長身の青年。黒縁眼鏡に整った顔立ち。制服の頃から目立っていた
「……朝倉くん?」
「僕は、こうなることを少しだけ予期していたよ。君も、もう気づいたはずだ。“記憶”が改ざんされている」
声をひそめる彼の口調は、冷静ながらも焦りを含んでいた。
美佳はわずかにうなずいた。
「アンケート……何かがおかしい。でも、私には何も分からなくて──」
「分かってる。だから、教えるよ。
“あのアンケート”はただの質問じゃない。
それは記憶のプロトコルを“書き換えるための鍵”なんだ」
「記憶の……?」
「君は何かを答えた。選択肢を、文末を、思考を……そうしてLAPISは“君という存在”の輪郭を上書きしていく」
その言葉が意味するものの恐ろしさに、美佳は一歩引いた。
(私……自分の記憶を、自分の意思で、書き換えられてたってこと?)
「──でも、なぜ私に?」
「……君は“第0区画”の出身だからさ。
LAPISの試験的導入が行われていた、特別なクラスだった」
「第0……?」
美佳の頭に、一瞬だけ、誰かの泣き声がよぎった。
制服の胸元に記された「0」のバッジ。そして、校舎の地下、真っ白な壁とノイズ混じりの電光掲示。
「今夜、もう一度来てほしい場所がある。君の記憶の“継ぎ目”を、見つけ出すために」
朝倉が差し出したのは、旧校舎の鍵だった。
錆びた金属。深い藍色。手の中で、まるで心臓のように脈打つ感覚がした。