旧藍都学苑の事務棟──現在はLAPISの監視本部とされる場所に、三枝美佳たちは足を踏み入れた。
建物は外観こそ古びているが、内部は驚くほど整備されていた。白く光る無機質な壁面に、動作音もなく動く自動扉。まるで病院と研究所をかけ合わせたような空間だった。
「こんな場所、学苑にあったなんて……」
純が眉をひそめてつぶやく。
「なかったよ。表向きはね」
そう答えたのは宮下ユリだった。彼女の口調はあくまでも冷静で、もはや同級生というより、別の“何か”に属している印象すらあった。
廊下を進み、彼女が導いたのは、「記録室」と書かれたドアの前。
壁には小さなプレートが貼られていた。
> LAPIS:分類管理セクション第3保管ユニット
ユリは立ち止まり、振り返る。
「ここには、あなたたち──アンケート最終項目に“YES”と答えた者たちの記録があるの」
「“記録”? どういう……?」
美佳が尋ねると、ユリは無言でドアに指を添えた。
開かれた瞬間、冷たい空気とともに、ホログラムの映像が壁一面に浮かび上がった。
そこに映っていたのは──
「……わたし?」
美佳自身の姿。スマホを操作しながら、アンケートに答えていた、あの夜の様子だ。
画面右下には、こう表示されていた。
> 被験者No.0331:三枝美佳
> 選択項目:最終項目「許可する」→YES
> ステータス:観測対象・“再編済”
「再編済」──その意味が、理解できなかった。
同時に、純や彩音、そして
それぞれがアンケートに答える瞬間、無防備で、何も知らないまま。
「LAPISは、都市の“構成因子”を収集しているの」
ユリの声が、冷たく響いた。
「記憶、感情、選択、直感──そういった“非物質的な情報”をね。あのアンケートは、無作為に選ばれた市民の意識を取得する“鍵”だった」
「……私たちは、そのデータの一部ってこと?」
彩音が食い入るようにホログラムを見つめた。
「一部であり、起爆剤でもある」
ユリは端末に触れ、さらに別の画面を呼び出した。
そこに映っていたのは──都市の全体地図と、赤く光る複数のポイント。
「何、これ……?」
東郷翔が声を上げた。
「これは、“観測対象”たちの動向と感情変化のリアルタイム追跡記録。つまり、あなたたちは今も都市のどこかで“生きた情報体”として監視されている」
静寂が支配する。
「じゃあ……この先、私たちが何かを選ぶたびに、それがLAPISに利用されていくってこと……?」
美佳の問いに、ユリはわずかに視線を逸らした。
「そうよ。でも、それを止められるかもしれないのは──自分の“記録”を完全に破壊できた人間だけ」
瞬間、室内の照明がチカッと点滅した。
建物全体が揺れるような微振動とともに、非常灯が点いた。
「再編フェーズが始まる……」
ユリが呟いた。
「時間がない。“次の選択”は、すでに始まってる」