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第10話  記録の部屋

旧藍都学苑の事務棟──現在はLAPISの監視本部とされる場所に、三枝美佳たちは足を踏み入れた。


 建物は外観こそ古びているが、内部は驚くほど整備されていた。白く光る無機質な壁面に、動作音もなく動く自動扉。まるで病院と研究所をかけ合わせたような空間だった。


「こんな場所、学苑にあったなんて……」

 純が眉をひそめてつぶやく。


「なかったよ。表向きはね」

 そう答えたのは宮下ユリだった。彼女の口調はあくまでも冷静で、もはや同級生というより、別の“何か”に属している印象すらあった。


 廊下を進み、彼女が導いたのは、「記録室」と書かれたドアの前。

 壁には小さなプレートが貼られていた。


 > LAPIS:分類管理セクション第3保管ユニット


 ユリは立ち止まり、振り返る。


「ここには、あなたたち──アンケート最終項目に“YES”と答えた者たちの記録があるの」


「“記録”? どういう……?」

 美佳が尋ねると、ユリは無言でドアに指を添えた。

 開かれた瞬間、冷たい空気とともに、ホログラムの映像が壁一面に浮かび上がった。


 そこに映っていたのは──


「……わたし?」

 美佳自身の姿。スマホを操作しながら、アンケートに答えていた、あの夜の様子だ。


 画面右下には、こう表示されていた。


 > 被験者No.0331:三枝美佳

 > 選択項目:最終項目「許可する」→YES

 > ステータス:観測対象・“再編済”


 「再編済」──その意味が、理解できなかった。


 同時に、純や彩音、そして東郷翔とうごうしょう有栖川玲ありすがわれいの映像までもが連続して表示されていく。

 それぞれがアンケートに答える瞬間、無防備で、何も知らないまま。


 「LAPISは、都市の“構成因子”を収集しているの」

 ユリの声が、冷たく響いた。


「記憶、感情、選択、直感──そういった“非物質的な情報”をね。あのアンケートは、無作為に選ばれた市民の意識を取得する“鍵”だった」


「……私たちは、そのデータの一部ってこと?」

 彩音が食い入るようにホログラムを見つめた。


「一部であり、起爆剤でもある」

 ユリは端末に触れ、さらに別の画面を呼び出した。


 そこに映っていたのは──都市の全体地図と、赤く光る複数のポイント。


「何、これ……?」

 東郷翔が声を上げた。


「これは、“観測対象”たちの動向と感情変化のリアルタイム追跡記録。つまり、あなたたちは今も都市のどこかで“生きた情報体”として監視されている」


 静寂が支配する。


「じゃあ……この先、私たちが何かを選ぶたびに、それがLAPISに利用されていくってこと……?」

 美佳の問いに、ユリはわずかに視線を逸らした。


「そうよ。でも、それを止められるかもしれないのは──自分の“記録”を完全に破壊できた人間だけ」


 瞬間、室内の照明がチカッと点滅した。

 建物全体が揺れるような微振動とともに、非常灯が点いた。


 「再編フェーズが始まる……」

 ユリが呟いた。


「時間がない。“次の選択”は、すでに始まってる」



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