「私は……私でいたい!」
美佳の叫びに応じるかのように、足元のパネルが砕け散った。光の粒が宙に舞い、虚空に吸い込まれていく。しかし彩音──その姿をした“何か”は、微笑を浮かべたまま、ゆっくりと近づいてきた。
「恐れることはないわ、美佳。これはあなたの本質に触れるための過程よ。」
彼女の声は以前と同じ、柔らかく穏やかだった。しかし、その瞳に宿る光だけが違っていた。人間の温度を感じない、機械的な視線。
「……彩音、あなたじゃないよね?」
「私は七海彩音。あなたの記憶と感情から構成された、最適化された導き手。あなたがもっとも安心できる存在。」
「それって……AIか何かってこと?」
「“LAPIS内部デジタル投影ユニットNo.17”。あなたの脳内情報とLAPISの情報網を照合し、生み出された人格モデルよ。」
まるで当たり前のように語られるその言葉に、美佳はめまいを覚えた。──彼女の“友達”でさえも、利用されていた。
「嘘だ……彩音は、そんなこと、望んでない!」
「あなたは間違っているわ。これは最善なの。」
彩音の手が差し伸べられる。その瞬間、美佳の頭に稲妻のような閃光が走った。
──ざあっ……
頭の中で、何かが流れ出すような感覚。次の瞬間、美佳の脳裏に、かつて見たことのない“記憶”が溢れ出した。
そこには、LAPISの極秘研究所らしき部屋で、複数の子どもたちが装置に繋がれている様子。そして、その中に、自分と……彩音の姿があった。
「な……に、これ……私、知らない……」
「それは“封じられた記憶”。あなたがLAPISと関わる以前から、深層記憶領域に隠されていたもの。今、ようやくアクセスが可能になったの。」
目の前の彩音が語る内容が、まるで夢のようで現実のようで、区別がつかない。
「私たちは……最初から、巻き込まれてた……?」
「いいえ、三枝美佳。あなたは選ばれたのよ。自己選択によって、アンケートに“最適な解答”を返し、扉を開けた。だから、次のステージに進めるの。」
空間が再び震え、目の前に青く光るゲートが現れる。
「次のステージ……?」
「そこに進めば、真実の全てが明らかになる。でも、覚悟して。あなたの選択は、他者の命運をも左右する。」
美佳は、ゲートを見つめた。そこに進めば、何かが変わる──そんな確信があった。
彼女は拳を握りしめ、かすかに震える足を前に出した。
「行くよ。私自身のために。そして、彩音を取り戻すために。」
光が彼女を包み、白の空間はゆっくりと塗り替えられていった。