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#3−14:影と知略の布陣

✦✦✦ 《戦場から市場へ》 ✦✦✦


 Kは、スクリーンに映る「魔王ヴェルド」のデータに目を凝らした。

 市場の変動を読み取り、彼の戦略を見抜こうとしていた。


 ヴェルドは“戦争型資本家”。勝てば金が集まり、金が戦力を呼ぶ。

 成果主義の極致だが、だからこそ――崩れるときは早い。


 崩すなら、“期待”が裏切られる一瞬を突くしかない。


 戦で得た資金を即座に次の戦へ――“勝って稼ぎ、稼いでまた勝つ”。

 これが、“戦争で回す資本主義”の本質。


 だが、戦果が鈍れば一気に資金の流れが停滞し、成長の連鎖が断ち切られる。


 Kはスクリーン上の数値を慎重に見極めた。


 この動き……戦線維持のために、過剰な補充と徴用が繰り返されているな。


 魔王ヴェルドの支配領域では、配下の数が急激に増減している。

 それは「支配が安定していない」証拠だった。


 持続性のない支配。ヴェルドが崩れる時、それは一瞬だろう。


 Kは静かに視線を移し、次の魔王を分析する。


 Kの目が次に止まったのは、巨大要塞を持つ魔王カストール。


◇ 魔王カストール|時価総額:7.6兆魔晶

【魔力】A 【配下】B+ 【支配領域】A+

【投資家】物流・工業系


 Kはスクリーンに目を凝らした。


 数値に大きな増減はない。一見、安定して見えるが――。


 彼の手がわずかに動く。

 データを遡り、資金の流れを追う。


 ……これは、自転車操業そのもの。止まった瞬間、すべてが崩れる構造だ。


 資金の「入る量と出る量」がほぼ同じ。

 新たな投資がなければ、回り続けることができない状態。


「こういうやつは、そうだな……。資金の流れが、ほんの少しでも詰まったら……一気に、崩れるな」


 セリアが頷く。


「鋭いわね。彼の強みは巨大要塞による圧倒的な防御力と物流の支配だけど、

要塞も物流網も、一見強い。でも維持には、莫大なコストがかかるの。

成長が止まれば――その重みで自滅するわ」


 Kの目がカストールの支配領域に止まる。


 物流の支配は確かに強い。

 でも、一点詰まれば全体が止まる――まるで心臓の血管が詰まるように、致命傷になる。


 スクリーンに投影された衛星図に、無数の物流ラインが蜘蛛の巣のように交差している。

 だが、その交点の一つに赤いエラー点滅が灯るだけで、全体が滲むように崩れていく――そんな未来が、脳裏をよぎった。


 ……ああ、そういや昔、商店街の仕入れが止まった時のこと思い出した。

 あれも物流の詰まりだったな……いや、今は関係ないか。


 あの安定――たぶん、ほんの薄い氷の上に立ってるだけだ。

 よく続いているなと、逆に関心する。


 ここでKはふと、スクリーンの端に映る数値の微妙な揺れを捉えた。


 資金の流れが……偏ってる?


 彼はデータを遡り、違和感の正体を探る。


 これは……物流の"流動性"が異様に高い。


 資金が入り続けている限りは、なんとか支配を保てる……けど。

 流れが、ほんの少しでも鈍れば――支えきれなくなるかもしれない。


 Kは、スクリーンに映るグラフを見つめながら、静かに結論を出した。


 ……これは、言うなれば“安定してるようで、してない”ってやつだな。

 一見、盤石。でも……よく見れば、綱の上を歩いてるだけ。――危ないな。


「カストールを崩すには、物流を支える要所のどこか一点に負荷をかければいい」


 Kの言葉に、セリアは満足そうに微笑んだ。


「そうね。その一点を見極められれば、カストールはもう終わりよ」



✦✦✦ 《三極の盤上》 ✦✦✦


「……“投資家の動向”って? こいつら、何考えて金流してんだ?」


 セリアが頷き、指先でスクリーンをなぞる。


「そうね……あの変わり者ども(=革新派)、それから体制にしっぽ振る古株たち(体制派)、金の匂いにしか反応しないクソなやつら(中立)――まあ、大体この3種類ね」


「強いてあげるなら、あなたには《革新派》が新時代を求める、少し過激な連中だから合うかもね。後はあなた流にいうなら犬とクソね」


「それはわかるが体制の犬と中立と言いながら、金満で金粉飲んでクソを光らせる変態野郎だろ?」


「あら……察しがいいのね。ほんと、下品の極み。でも、ああいうのが一番しぶといのよ」


 ひとしきりセリアは笑うと、再びそれでどうするの?という視線を投げかけてきた。


 一呼吸をおく。



 Kは、そのリストをじっと見つめた。


 ……俺のような新参者を支援するなら、革新派が狙い目か?


「あなたの時価総額はゼロ。

でも、市場が見ているのは “現在”ではなく“伸びしろ”よ。

次の勝者になりうる魔王なら、投資家たちはこぞって資金を投じる」


 セリアが、静かに言った。


「今のままじゃ、誰も振り向かない。

でも、“こいつ、面白い”って思わせれば……市場は勝手に金を流し込むわ」


 セリアが続ける。


「革新派を引きつけるだけじゃ不十分。

中立派は“今”伸びてる勢力にしか目を向けないし、

体制派を揺さぶるには――“こいつ、マジで脅威かも”って思わせなきゃ」


「お前は、俺に命令してるだけじゃないのか?」


 一瞬、セリアの笑みが揺らいだ。


「……信じたくないなら、それでいい。でも、私は――あなたが“選べるやつ”だって、勝手に思ってるだけよ」


 Kは、少し考えた後、頷いた。


「……市場に名前くらい、残してやる。今までみたいに、“いなかったことにされる”のはもう、ゴメンだ」



✦✦✦ 《影の布陣》 ✦✦✦


 命を賭けた“草レース”――その勝敗データがKの目の前に並ぶ。


 スクリーンにはただ、緑と赤で塗られた勝敗グラフ。

 そのひとつひとつが、人の名も声も持たぬまま消えていく。


 草レース――負けたやつは、もう数字にすらなれない。

 ただ、勝った者だけが“まだここにいる”と証明される。

 それは、魔王市場の表舞台からこぼれ落ちた者たちが争う、苛烈で無慈悲な“裏競技”だ。


 地獄だとか、苦しいだとか、そんな言葉自体がむしろ安っぽくさえ感じる。

 むしろ、本当に苦しく痛い時は声にならない声をあげる。

 それを今無数にここでは聞こえる気がする。


 Kは画面に映る草レースの勝敗表をじっと見つめた。

 死ぬか、勝つか。投資とは、いつだって残酷な賭けだ。

 ……動かなければ、誰も見向きもしない。


 召喚直後、俺は、処分待ちの“資源”で終わっていた。

 あのとき――セリアの目がなければ、俺もその一片だった。


 ……必死になるのは当然だ。生きる許可すら、一度失っていたんだから。


 ならば影鬼を使い、投資を掴むことが目的完遂になるのではないのか?


 だが、その感情に追い打ちをかけるように、過去の記憶が蘇る。


 今こうしている間にも搾取され、実験され、苦痛を味わっているクラスメイトたちがいる。


 その感情に追い打ちをかけるように、過去の記憶が蘇る。


 ……俺、何やってんだろうな。

 “選んだ”って言葉でごまかしてただけかもな。

 ただ、生き延びたくて……必死に縋ってただけで。


 迷いを振り払うように、Kは静かに決意を固めた。



 彼は、自らの能力と市場の仕組みを重ね合わせ、考えを深める。


 誰にも要らないと言われた命を、唯一拾ったあの人の選択だけが――俺を生かしている。


 Kは自らの能力「影鬼」を使い、市場全体に“目”を張り巡らせた。


 影鬼は“影”という裏道を這い回り、密談を盗み聞き、金の匂いに即座に反応する。

 市場という巨獣の鼓動すら、その耳で捉える。


 闇市場の動向、密約の交渉、そして投資のタイミング……。

 それらを掌握することで、次の一手が見えてくる。


 さらに、彼の視線はアステリウスのデータに止まる。


 支配領域が微減……南部の鉱山区域を失った影響か?

 だが、魔力は維持している。これが彼の戦略か、それとも単なる余力の結果か……。


 Kは、次々と浮かぶデータを見つめながら、静かに思考を巡らせる。


 魔力が高い一方で、配下の増減が激しい。


 配下の増減が激しすぎる……。これは、組織が安定していない兆しかもな。

 環境がきつすぎるのか、それとも、待遇への不満か……。


 彼の脳裏に、冷徹な結論が浮かび上がる。


 ……あの一点を突けば、たぶん――いや、きっと、あいつの“王国”は崩れる。

 あいつの“王国”は、ただの砂の城だ。――脆い場所を、見つけてみろ。


 Kは考えを巡らせた。


 草レースで勝利を重ねつつ、影鬼を市場に散らす。

 交易所の影へ潜ませ、金貨の音と紙の匂いを拾わせる。


 ……何やってんだ、俺は。命を賭けてるってのに――見てるのは、数字の揺れだけかよ。


 康二……お前、まだ生きてるか?

 声が、聞こえた気がした。助けて、と。

 Kは唇を噛みしめた。俺が止まれば――次は、誰が泣く?


 そして、勝利と情報を同時に積み上げていく。

 市場の鼓動――その中枢を押さえる。

 それが、次の一手につながる。


「……まずは、“あいつ、仕掛けてくる”――そう思わせることだ。

一度注目されれば、もう“無視”なんてできない」


 セリアは静かに微笑む。


「いいわ。やっとその顔になったわね。……でも、ここからが“本物”よ。遊びは、もう終わり」


 ――Kは、席を立った。


 数時間前、スクリーンの片隅で拾ったデータの“歪み”を思い出していた。

 影鬼が指差したのは、この男だった。……スパイは、今のうちに潰す。


 テーブルの隅で、林檎を食べていた男がいた。

 無言のままKが近づく。男は咀嚼を止めない。しゃく、しゃく。


 ひと口ごとに、リンゴの汁が音を立てて弾ける。

 静かな室内に、咀嚼の音だけが乾いた拍子のように響いていた。


 最後の一口を飲み込んだ瞬間、Kの手が芯を奪い取り、掌底で眼窩へ突き立てる。


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、膝が鳩尾をかすめながら男の頭を跳ね上げ、芯をさらに脳奥へ押し込む。


 音もなく、男が崩れる。


 Kは、床に転がった林檎の皮を見て、一言だけ呟く。


「……赤りんごは俺も好きなんだ。もう喋れないだろうけどな」


 誰も反応しなかった。

 殺意すら、データの一部に過ぎなかった。


 Kは椅子へ戻る。セリアはなにも言わなかった。

 ただ、その笑みに、少しだけ――戸惑いの色が混じっていた。


 Kは静かに頷いた。


 スクリーンが静かに消え、Kは立ち上がる。

 “戦い”はまだ終わらない――今度の戦場は、言葉と数字で命を奪い合う場所だ。




✦✦✦




 【次回予告 by セリア】


「命令か意志かもわからないまま動いてるなら……、

そんなやつに、自分の影すら任せられないわよ」


「次回、《影鬼――俺の中にいるもの》――指先が触れたのは、命令でも殺意でもない、“目覚め”だった」


 初任務、初めての暗殺。

 けれどKが刺したのは標的だけじゃない。

 自分の中に潜む“もう一つの存在”……それが静かに、扉を叩いたのよ。

 影鬼はただの道具か? それとも、意志を持ち始めた“鏡”なのか。

 命令に従うだけのはずの影が、初めて“選んだ”その瞬間――市場の価値基準が揺らぐ。


「セリアの小言? そうね……

市場じゃ、“意志を持つ道具”ってのは、面倒なのよ。

放っときゃ暴れるし、手懐けたつもりで噛みつくこともある。

……でも、そういうのが、一番お金を呼ぶのよね」

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