✦✦✦ 《影の制圧》 ✦✦✦
周囲の異変に気がつきもせずギオルは自信に満ちていた。
「よし、いける! このエリアは、もう制圧したぞ!」
だが、背後の仲間たちの悲鳴が響いた。
「な、何だ?! 一体何が――」
振り返った彼の目に映ったのは、
仲間たちの影が黒く歪む光景だった。
「……なんで……誰も気づけなかったんだよ……!」
彼の心臓が凍りつく。
影から伸びる黒い手が、次第に彼自身の影にまで忍び寄ってきた。
「仲間が……影で消えるだと? 見えねぇ化け物なんて、どう戦えってんだよ……!」
彼は影を踏みしめようとした。
だが、それが“底”のない深淵だったと気づくのは遅すぎた。
ギオルが影に飲み込まれていく。
残された空気には、沈黙と恐怖だけが漂っていた。
ヴァルテスは、その様子を目を細めて見つめていた。
ヴァルテスの眉がわずかに動く。
(Kの“影”……召喚じゃない。これは、意志を持った“存在”だ)
ヴァルテスの知識でも、説明がつかなかった。
理屈が通じない、“未知”の力――。
その前では、どんな準備も無力だった。
「……俺の手番か。」
彼は静かに呟き、雷撃を放つ準備を始めた。
ヴァルテスは大型の雷撃を放ち、戦場全体を震わせた。
「これが俺の魔法だ!」
ギオルの敗戦の姿を見た後では勝利を確信できるわけもなかった。
ただ力を誇示することで何かを期待したその瞬間、足元に異変を感じた。
「……この感じ……来たな。やはり、影……!」
彼は次第に自分の魔力が奪われていくのを感じた。
「な……魔力が……消えていく……?」
ヴァルテスの声が震えた。何かが、力を根こそぎ奪っていく。
目の前が暗くなる中、ヴァルテスは声を絞り出した。
「……一体、何者だ……!」
その言葉を最後に、彼の体は影の中へ消えていった。
ヴァルテスもまた敗れた。
音が消えた。
空気の密度すら変わったかのように、戦場が静まり返る。
残るは、吸血鬼のザーヴァただ一人。
「お前……ただの召喚者じゃないな……!」
ザーヴァは牙を剥き、最後の力を振り絞って闇を纏う。
「ならば、影をも喰らい尽くす――!」
しかし、その瞬間――。
Kが影鬼を送り込んだ瞬間、影の流れがピタリと止まる。
まるで、ザーヴァの影そのものが“意志”を持っていたかのように。
……いや、それだけじゃない。命じた通りに動いてはいる。だが、あの“間”は何だった?
ザーヴァの影が、不自然に停滞した。何かが抑え込んでいる――そんな直感が走った。
ザーヴァの目が細められる。
まるで、何かを仕掛けていたかのように。
「……なるほど。こいつも、“影”に触れたことがあるか」
ザーヴァの唇が歪むと同時に、Kの足元で影が微かに揺らぐ。
次の瞬間、Kの影が逆に引きずり込まれる感覚がした。
Kは目を細めた。影を操る力――それは、自分だけのはずだった。だが今、その確信が揺らいでいた。
命令は通る。だが、その動きが意志か従属か――K自身にも、まだ判断がつかない。
「なっ……?!」
ザーヴァが驚愕する間に、影がひとりでに広がる。
「遅い」
Kの静かな声と共に、闇が弾けた。
影から無数の黒い手が溢れ出し、ザーヴァの腕を絡め取った。
もがく彼の足元は、じわじわと黒い沼に沈み込んでいく。
影鬼が動いた――そう思った。
……けれど、その動きに微かに“ズレ”があった。
あれは命令違反? 違う。
まるで、“命令の裏”を読もうとするような……意図を試す“沈黙”だった。
もがくザーヴァの身体が、じわじわと影の中へ沈んでいく。
彼の力を奪い尽くした影鬼は、まるで満足したかのように静かに収縮した。
ザーヴァが最後の力を振り絞り、Kの影に干渉しようとする。
その動きは、まるでKと“影”そのものに挑むようだった。
しかし、その瞬間――影鬼がザーヴァの影へと絡みつく。
影が波紋のように広がり、闇が彼の足元から、じわじわと這い上がっていく。
「……戦士のはずだろ。なぜ剣を抜かない?」
Kは、何も言わなかった。ただ、目を細めて――。
ただ、影が流れるように彼の手元を包んだ。
ザーヴァは舌打ちする。
Kの立ち回りには、剣士特有の"型"がない。
まるで、初めから剣を使う気などないかのように。
「……そうか、お前には、剣など不要か。」
影が波紋のように広がる。
闇がザーヴァの足元から、ゆっくりと這い上がっていった。
フードの男が、一拍の間を置いて、Kの勝利を宣言した。
Kは、静かに拳を握った。
あの影が示したのは、ただの勝利じゃない。
勝った、というより、“ルールごと上書きした”――そんな感覚すらあった。
✦✦✦ 《市場のざわめき》 ✦✦✦
「影の魔王」――その異名が独り歩きを始めたとき、市場という名の闇が静かに揺れた。
その影響力に反旗を翻すように、快く思わない者も出はじめた。
闇市場の投資家たちは、彼の名に注目し始める。
投資家エンヴィルは、魔導スクリーンに映るKの戦術をじっと見つめていた。
「面白いな……影鬼。ただの召喚術じゃねえ。市場の流れを変えかねん」
「……だが、それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からん」
隣にいた投資家リヴィエンが、スクリーンを指さして鼻で笑った。
「はっ、影を操る? 見た目は派手だが、ゼグラント派が黙ってると思うか?」
「影鬼なんざ、胡散臭えの一言だな。リスクしか見えねえ」
マルダスが腕を組み、ゆっくりと頷いた。
「……確かにな。敵対買収を仕掛けるかもしれん。だが、そう簡単にはいかねえだろうよ」
別の投資家が低く笑った。
「Kの影術が広がれば、市場の秩序が変わる。だが……秩序はそう簡単に変わるものか?」
リヴィエンが目を細め、静かに言った。
「市場の本当の流れは、公式な数値じゃなく、裏で動く金の流れで決まるものだ」
マルダスが苦々しく呟く。
「影鬼が制御不能になれば、Kだけじゃなく“魔王市場”全体が揺らぐ。
……って言ってるそばから、買い増ししてる奴もいるがな」
リヴィエンが鼻で笑い、琥珀色の液体を回す。
「投資に必要なのは“力”じゃなくて、“信用”だ。
暴れる刃を握るには、それなりの保証がいる」
隣のマルダスが低く呟いた。
「だが──あの影術、召喚とは別物だ。
意志を持って動くような……“存在”に見えた」
「だったら余計に怖いな。
完全に制御できるかどうか、それだけが鍵だ」
エンヴィルが、グラスの縁を叩いた。
「ったく……歴代の魔王候補とは違うな。だからどうした?」
リヴィエンが肩をすくめる。
「市場に“影”だって? そんなの、笑い話にもならねぇ」
「違うな」マルダスが低い声で否定する。
「問題はそこじゃない。Kが影鬼を制御できる保証がねえ。
そんな不安定なものに投資するほど、俺たちは酔狂じゃない」
「ふん、つまり“制御できなきゃ” Kも終わりってわけか」とリヴィエンが腕を組む。
「……どうやって確かめる?」
エンヴィルはグラスを揺らし、琥珀色の液体を見つめた。
少し間を置き、口角を上げる。
「方法は一つだ。次の試合で、影鬼を自在に操れるかどうかを見る」
マルダスが笑い、グラスを傾けた。
「つまり、重要なのは“支配の安定性”ってことだ。
強さだけじゃ、投資には値しない」
リヴィエンがスクリーンを指しながら言う。
「まったくだ。力を持つのはいいが、それを制御できなければ意味がない」
マルダスが静かに言った。
「影鬼をどこまで操れるか……次の試合で、ハッキリするな」
その場の投資家たちが、一様にスクリーンを見つめる。
闘技場の映像が映し出される中、彼らの思惑が交錯していた。
だが、その裏で、別の動きも進行していた。
別の投資家が軽く笑った。
「確かに、その危険性が彼の評価を分けるだろうな。
しかし、それも込みで見極めるのが我々投資家の役目というものだ。」
一方、市場の隅では、別の会話が繰り広げられていた。
「……影鬼が暴走すれば、制御不能になる可能性もある。
うまくKを誘導し、自滅させる策を講じるべきだ」
「既に裏でKの対抗馬を用意している。
次の試合で影術を使わせないよう仕向ける手筈だ」
彼らの間で議論が交わされる中、Kの名前は確実に市場全体に響き渡り始めていた。
✦✦✦ 《支配の胎動》 ✦✦✦
控室でその様子を静かに見つめていたセリアが、Kに目を向ける。
「投資家たちの注目を集め始めたわね。ただし、味方ばかりとは限らないわ」
草レースでのKの勝利を受け、闇市場の動きも活発化していた。
「“影術”を使える人材を探す動きが加速してるわ。
Kの戦いを見て、市場は動き始めたのよ」
セリアが魔導端末を操作しながら言う。
「あなたの勝利が……市場のパワーバランスそのものを揺るがし始めている」
「ただ……影鬼の動き、完全に命令通りとは限らないわね。時折、判断を“待ってる”というより……命令そのものを試してる気さえするのよ」
「でも、これだけでは終わらない。次の戦いで、それを確固たるものにしなければ」
映像に映る“影の奔流”を、Kは黙って見つめた。
足元の影が微かに揺らいだ。
まだ足りない――そう感じながら、彼は小さく頷いた。
市場に俺の名が響いている。けど、勝ち続けなければ、それもすぐに消える。
それに、市場の流れすらも、影で支配できるはずだ。
これは、ただの勝利じゃない。
影の力で、市場そのものを――塗り替える。ここからが、本当の始まりだ。
それだけを告げた。
【次回予告 by セリア】
「勝ち方は、見せ方。
でもね……価値になるかどうかは、“市場”が決めるのよ。勝ったからって、勘違いしないで」
「次回、《影の値段》――数字がついた時点で、それはもう“商品”よ。あなたも、影も」
「セリアの小言? そうね……“値がつく”ってことは、“切り捨てる目安”が決まるってこと。
ただし、影に“心”があるなら――話は、少しだけ面倒になるわね」