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#4−4:支配の兆し



✦✦✦ 《影の制圧》 ✦✦✦


 周囲の異変に気がつきもせずギオルは自信に満ちていた。


「よし、いける! このエリアは、もう制圧したぞ!」


 だが、背後の仲間たちの悲鳴が響いた。


「な、何だ?! 一体何が――」


 振り返った彼の目に映ったのは、

 仲間たちの影が黒く歪む光景だった。


「……なんで……誰も気づけなかったんだよ……!」


 彼の心臓が凍りつく。

 影から伸びる黒い手が、次第に彼自身の影にまで忍び寄ってきた。


「仲間が……影で消えるだと? 見えねぇ化け物なんて、どう戦えってんだよ……!」


 彼は影を踏みしめようとした。

 だが、それが“底”のない深淵だったと気づくのは遅すぎた。


 ギオルが影に飲み込まれていく。

 残された空気には、沈黙と恐怖だけが漂っていた。


 ヴァルテスは、その様子を目を細めて見つめていた。


 ヴァルテスの眉がわずかに動く。


(Kの“影”……召喚じゃない。これは、意志を持った“存在”だ)


 ヴァルテスの知識でも、説明がつかなかった。

 理屈が通じない、“未知”の力――。

 その前では、どんな準備も無力だった。


「……俺の手番か。」


 彼は静かに呟き、雷撃を放つ準備を始めた。

 ヴァルテスは大型の雷撃を放ち、戦場全体を震わせた。


「これが俺の魔法だ!」


 ギオルの敗戦の姿を見た後では勝利を確信できるわけもなかった。

 ただ力を誇示することで何かを期待したその瞬間、足元に異変を感じた。


「……この感じ……来たな。やはり、影……!」


 彼は次第に自分の魔力が奪われていくのを感じた。


「な……魔力が……消えていく……?」


 ヴァルテスの声が震えた。何かが、力を根こそぎ奪っていく。


 目の前が暗くなる中、ヴァルテスは声を絞り出した。


「……一体、何者だ……!」


 その言葉を最後に、彼の体は影の中へ消えていった。

 ヴァルテスもまた敗れた。


 音が消えた。

 空気の密度すら変わったかのように、戦場が静まり返る。


 残るは、吸血鬼のザーヴァただ一人。


「お前……ただの召喚者じゃないな……!」


 ザーヴァは牙を剥き、最後の力を振り絞って闇を纏う。


「ならば、影をも喰らい尽くす――!」


 しかし、その瞬間――。


 Kが影鬼を送り込んだ瞬間、影の流れがピタリと止まる。

 まるで、ザーヴァの影そのものが“意志”を持っていたかのように。


 ……いや、それだけじゃない。命じた通りに動いてはいる。だが、あの“間”は何だった?


 ザーヴァの影が、不自然に停滞した。何かが抑え込んでいる――そんな直感が走った。


 ザーヴァの目が細められる。

 まるで、何かを仕掛けていたかのように。


「……なるほど。こいつも、“影”に触れたことがあるか」


 ザーヴァの唇が歪むと同時に、Kの足元で影が微かに揺らぐ。

 次の瞬間、Kの影が逆に引きずり込まれる感覚がした。


 Kは目を細めた。影を操る力――それは、自分だけのはずだった。だが今、その確信が揺らいでいた。

 命令は通る。だが、その動きが意志か従属か――K自身にも、まだ判断がつかない。


「なっ……?!」


 ザーヴァが驚愕する間に、影がひとりでに広がる。


「遅い」


 Kの静かな声と共に、闇が弾けた。


 影から無数の黒い手が溢れ出し、ザーヴァの腕を絡め取った。

 もがく彼の足元は、じわじわと黒い沼に沈み込んでいく。


 影鬼が動いた――そう思った。

 ……けれど、その動きに微かに“ズレ”があった。

 あれは命令違反? 違う。

 まるで、“命令の裏”を読もうとするような……意図を試す“沈黙”だった。


 もがくザーヴァの身体が、じわじわと影の中へ沈んでいく。

 彼の力を奪い尽くした影鬼は、まるで満足したかのように静かに収縮した。


 ザーヴァが最後の力を振り絞り、Kの影に干渉しようとする。

 その動きは、まるでKと“影”そのものに挑むようだった。


 しかし、その瞬間――影鬼がザーヴァの影へと絡みつく。

 影が波紋のように広がり、闇が彼の足元から、じわじわと這い上がっていく。


「……戦士のはずだろ。なぜ剣を抜かない?」


 Kは、何も言わなかった。ただ、目を細めて――。

 ただ、影が流れるように彼の手元を包んだ。


 ザーヴァは舌打ちする。

 Kの立ち回りには、剣士特有の"型"がない。

 まるで、初めから剣を使う気などないかのように。


「……そうか、お前には、剣など不要か。」


 影が波紋のように広がる。

 闇がザーヴァの足元から、ゆっくりと這い上がっていった。

 フードの男が、一拍の間を置いて、Kの勝利を宣言した。


 Kは、静かに拳を握った。

 あの影が示したのは、ただの勝利じゃない。

 勝った、というより、“ルールごと上書きした”――そんな感覚すらあった。



✦✦✦ 《市場のざわめき》 ✦✦✦


「影の魔王」――その異名が独り歩きを始めたとき、市場という名の闇が静かに揺れた。

 その影響力に反旗を翻すように、快く思わない者も出はじめた。


 闇市場の投資家たちは、彼の名に注目し始める。


 投資家エンヴィルは、魔導スクリーンに映るKの戦術をじっと見つめていた。


「面白いな……影鬼。ただの召喚術じゃねえ。市場の流れを変えかねん」

「……だが、それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からん」


 隣にいた投資家リヴィエンが、スクリーンを指さして鼻で笑った。


「はっ、影を操る? 見た目は派手だが、ゼグラント派が黙ってると思うか?」

「影鬼なんざ、胡散臭えの一言だな。リスクしか見えねえ」


 マルダスが腕を組み、ゆっくりと頷いた。


「……確かにな。敵対買収を仕掛けるかもしれん。だが、そう簡単にはいかねえだろうよ」


 別の投資家が低く笑った。


「Kの影術が広がれば、市場の秩序が変わる。だが……秩序はそう簡単に変わるものか?」


 リヴィエンが目を細め、静かに言った。


「市場の本当の流れは、公式な数値じゃなく、裏で動く金の流れで決まるものだ」


 マルダスが苦々しく呟く。


「影鬼が制御不能になれば、Kだけじゃなく“魔王市場”全体が揺らぐ。

……って言ってるそばから、買い増ししてる奴もいるがな」


 リヴィエンが鼻で笑い、琥珀色の液体を回す。


「投資に必要なのは“力”じゃなくて、“信用”だ。

暴れる刃を握るには、それなりの保証がいる」


 隣のマルダスが低く呟いた。


「だが──あの影術、召喚とは別物だ。

 意志を持って動くような……“存在”に見えた」


「だったら余計に怖いな。

完全に制御できるかどうか、それだけが鍵だ」


 エンヴィルが、グラスの縁を叩いた。


「ったく……歴代の魔王候補とは違うな。だからどうした?」


 リヴィエンが肩をすくめる。


「市場に“影”だって? そんなの、笑い話にもならねぇ」


「違うな」マルダスが低い声で否定する。


「問題はそこじゃない。Kが影鬼を制御できる保証がねえ。

そんな不安定なものに投資するほど、俺たちは酔狂じゃない」


「ふん、つまり“制御できなきゃ” Kも終わりってわけか」とリヴィエンが腕を組む。


「……どうやって確かめる?」


 エンヴィルはグラスを揺らし、琥珀色の液体を見つめた。

 少し間を置き、口角を上げる。


「方法は一つだ。次の試合で、影鬼を自在に操れるかどうかを見る」


 マルダスが笑い、グラスを傾けた。


「つまり、重要なのは“支配の安定性”ってことだ。

強さだけじゃ、投資には値しない」


 リヴィエンがスクリーンを指しながら言う。


「まったくだ。力を持つのはいいが、それを制御できなければ意味がない」


 マルダスが静かに言った。


「影鬼をどこまで操れるか……次の試合で、ハッキリするな」


 その場の投資家たちが、一様にスクリーンを見つめる。

 闘技場の映像が映し出される中、彼らの思惑が交錯していた。

 だが、その裏で、別の動きも進行していた。


 別の投資家が軽く笑った。


「確かに、その危険性が彼の評価を分けるだろうな。

しかし、それも込みで見極めるのが我々投資家の役目というものだ。」


 一方、市場の隅では、別の会話が繰り広げられていた。


「……影鬼が暴走すれば、制御不能になる可能性もある。

うまくKを誘導し、自滅させる策を講じるべきだ」


「既に裏でKの対抗馬を用意している。

次の試合で影術を使わせないよう仕向ける手筈だ」


 彼らの間で議論が交わされる中、Kの名前は確実に市場全体に響き渡り始めていた。



✦✦✦ 《支配の胎動》 ✦✦✦


 控室でその様子を静かに見つめていたセリアが、Kに目を向ける。


「投資家たちの注目を集め始めたわね。ただし、味方ばかりとは限らないわ」


 草レースでのKの勝利を受け、闇市場の動きも活発化していた。


「“影術”を使える人材を探す動きが加速してるわ。

Kの戦いを見て、市場は動き始めたのよ」


 セリアが魔導端末を操作しながら言う。


「あなたの勝利が……市場のパワーバランスそのものを揺るがし始めている」


「ただ……影鬼の動き、完全に命令通りとは限らないわね。時折、判断を“待ってる”というより……命令そのものを試してる気さえするのよ」


「でも、これだけでは終わらない。次の戦いで、それを確固たるものにしなければ」


 映像に映る“影の奔流”を、Kは黙って見つめた。

 足元の影が微かに揺らいだ。

 まだ足りない――そう感じながら、彼は小さく頷いた。


 市場に俺の名が響いている。けど、勝ち続けなければ、それもすぐに消える。

 それに、市場の流れすらも、影で支配できるはずだ。


 これは、ただの勝利じゃない。

 影の力で、市場そのものを――塗り替える。ここからが、本当の始まりだ。


 それだけを告げた。






 【次回予告 by セリア】

「勝ち方は、見せ方。

でもね……価値になるかどうかは、“市場”が決めるのよ。勝ったからって、勘違いしないで」


「次回、《影の値段》――数字がついた時点で、それはもう“商品”よ。あなたも、影も」


「セリアの小言? そうね……“値がつく”ってことは、“切り捨てる目安”が決まるってこと。

ただし、影に“心”があるなら――話は、少しだけ面倒になるわね」




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