眼鏡は基礎にして奥義。
眼鏡職人の、とある流派の教えだ。
こつこつ眼鏡を作る職人の流派があって、
眼鏡職人のカケルンは、
小さいながらも店を持てるまでになった。
景気が少しずつ上がってきているという噂を聞く。
何があったのか、カケルンはよくわからないが、
景気のいい話ならそれに越したことはないし、
装飾品の眼鏡が売れることもあるだろうと、
やや楽観的にとらえている。
店に誰かがやってくる。
「カケルンさん、いますか?」
丁寧な言葉、中性的な容姿。
彼なのか彼女なのか、一見してわからない。
「あ、ハルカ先生」
カケルンは店の奥から出てくると、
ハルカにぺこりとお辞儀した。
「ご無沙汰しています。先生」
「元気そうで何より。どう?商売は?」
「まぁ、そこそこ」
「それならよかった」
ハルカは微笑む。
ハルカは、眼鏡職人の師範代とも言える存在だ。
カケルンの先生という立場くらいにある。
「カケルンさんは気がつきましたか?」
「…なんでしょう?」
「みんながお金を使うようになっているということです」
「ああ、その恩恵にあやかれればいいなと」
「恩恵、ですか」
ハルカはちょっと難しい顔をする。
「何か?」
カケルンはちょっと不安になる。
「お金は、無限にあるものではないと、私は思うのです」
「まぁ、それはそうですね」
「お金を使い果たしてしまったらどうなるのか…」
ハルカは言葉を区切る。
カケルンは想像する。
みんながお金を使いきった世界。
散財を極めきった世界。
それは一体どんなものなのだろう。
なかなか想像できないが、恐ろしい予感がした。
「何事も程々が一番だと、私は思うのです」
「そうですね、先生」
「ですから、景気の上がりに惑わされず」
「はい」
「今までどおりに良い眼鏡を作ってください」
「わかりました、先生」
カケルンはうなずく。
ハルカもそれを認めてうなずいた。
ハルカはカケルンの店を出る。
ハルカは思う。
金が回るのはいいことだと。
でも、回る金が尽きてしまったら、と。
一介の眼鏡職人にできることなんて少ないけれども、
金の流れが本当に停止してしまう、
恐ろしい想像を、振り払うことができなかった。