「四十内かいなの
「あ、十は多かったんだね」
実は四十内さん、話を回さないのに仕切りたがり。イマイチ気乗りしないが、美人さんにハナを引っ掛けたくもないので相槌を打つ。
「……えー、そしてその心は?」
「現代社会において、全く目撃されない犯罪は不可能よ。田舎でもなければ」
監視カメラで犯行時刻の現場周辺を確認する、リアリティとして一理はあるがミステリ的には実利がない。時代を科学捜査もカメラもない時代に設定するより、よっぽど現実に即している。
意外と真面目な理由だった。てっきり『田舎には娯楽がないのだから、スリルくらいくれてやるわ』くらいのことを言ってのけると思い込んでた。
「それは確かに道理だね。警察とかが介入してしまうと推理小説──というか探偵小説から少し外れるだろうし」
発達した科学技術は魔法と変わらないとは、SF作家の言った言葉だったか。著された時代を考えると、ノックスが
「壁に耳あり障子に目ありってことよ」
「嫌な視点だな……」
「壁に訳あり小児のメアリー」
「嫌な事件だな⁉︎」
メアリーが何をした。いやメアリーに何をした!?
彼女のことを聞く前に、四十内かいなの五戒は次の項目に進んでしまう。こいつ無敵か?
「二つ、犯人の名は判明していなければならない。通名、偽名でも可」
「あー……。それは大事だね」
この点に関しては、身をもって実感している。以前見かけたテレビドラマが『登場時間五分に満たない
「誰も犯人を当てられない作品は作れるもの。けれど通行人Aが通り魔でした、なんてつまらないでしょう」
得意満面のドヤ顔をいただいた。写真を撮らせてもらおうか
例のドラマを当てこするわけではないけど、予想しにくいポジション犯人自体はどう思っているんだろう。
「ねぇねぇ。四十内さんはさ、実は探偵が犯人でしたー! は許せる派?」
「信頼できない語り部というヤツね……」
目を落とし、頭の中の本棚を見返すように考え込む四十内さん。ややあってその
「矛盾なく行動と思考が一貫してるのならアリね。別人格とかは興醒めだけど」
「あー……。やっぱり匂わされてなかったり、読み取れるくらいの度合いで隠されてないと納得は難しいよね」
不意を突かれるのはいいけど、死角から刺してくるのは意味合いが変わる。そこはやはり、正々堂々と表立って裏切ってくれないと。
「行間を読み取るってのも読み手の技量というか、レベルによるから難しいけど」
「あ、それは次の項ね」
早とちりなわたしを制して、コホン、とわざとらしく咳払い。
「三つ、探偵は
言い終わると四十内さんは頭を抑える。せっかくの髪をおどろに乱して苦しむ。
「うぅ……正直この項に関しては頭が痛い、いえ頭が悪いわ」
「何も酷いほうに言い直さずとも……」
その思い切りのよさには頭が下がる。変なところばかり潔い。
「いわゆる"お約束"ってあるじゃない。覆面、双子が出たら入れ替わりとか。バラバラ殺人だと死人の数が見立てとズレるとか」
「あーあるね。ちょっとした口の利き方で初対面なのに犯人を確信してた探偵とか」
最初から怪しいと踏んでいたなら、もっと警戒しておけよとなるのもお約束。未然に防ぐのは警官の役目で、探偵は所詮人死がでた後じゃなければ活躍できないとも言うけど。
「そう。あるあるだからわかるし、注目する。けど、けどね、私は自分で気づきたい! 持ち前の洞察力と推理力で弾き出したい!」
四十内さんは、その不甲斐なさを机に叩きつける。あ、手を抑えてる。ちょっと痛かったんだ。
その灰色というか桃色の脳細胞では難しいだろうに。あ、でも恋バナから推理する探偵とか新しいかも。題は『
「でも、あまり考えずに読んで探偵の推理に関心もしたいのよ……。なんなら物語よりもこの二律背反について考えてるわ」
「一心不乱に二心だね」
四十内さん、だいぶ面倒な読者だな。その心に共感こそすれど、書き手の端くれとして怖い。拙作を披露するのはよしておこう。文法的な指摘を受けたら、怒りのままに筆を折りかねない。
「ただし、それこそ緩利さんが前述した"読み手のレベル"に依存しているから難しいわね。まさか知恵の輪やパズルのように、難易度を星で表すわけにもいかないし」
そればかりは無理な相談だなぁ。下手をすると、推理難度の星を作品評価の星ととられかねない。それに平易な謎を擁したミステリが駄作だとは思わない。
「実現は無茶だろうけど、わたしとしては難易度表示ありがたいな。自力で推理して読み進めるから、解けない謎は敬遠しがちっていうか」
これを聞いた四十内さん。したり顔、というかしてやったりの顔だ。
「ふふ、それについては次項にて補足アリよ」
「いい感じにパスを出しちゃったんだね」
次の話題に直結しているあたり、パスどころかオウンゴールの感が否めないが。
「四つ、謎は必ず解き明かされなければならない」
「そっか。抜け落ちてたけど大前提だねそれは」
謎を後に残してしまうと、ホラーの様相が濃くなる。後味の悪さを残すのはいいが、ミステリにおいて、咀嚼されていない謎は消化不良の感が強くなる。
「意外と多いのよね。小さな矛盾とか謎をそのままに大団円を迎える作品」
ぐぎぎ……と四十内さん。歯軋りするほどなのか。隅をつつきすぎて重箱が欠けていそうだ。実は消化不良ミステリが親の仇だったりするのかもしれない。
「何が大団円よ。全く円じゃないわ。細かな点が欠けていて、まるで砂を噛んだ歯車だわ」
ぷりぷりと憤慨する四十内さん。
手元にあるこの本を読ませたらコロコロと表情を変えそうである。……最後に怒って終わりそうなので、それは止しておこう。
「ここまでは概ね納得って感じかな。最後の一つでひっくり返るかもだけど」
「え?」
実にわざとらしく小首を捻る。顔のよさで押し通せると思うなよ。
「いやいや、五戒なんでしょ? あと一つは何なの?」
「それは誤解よ」
「言葉遊びで五にしたのかよ!」
薄々感じてはいたが。四十内さん、かなり向こう見ずの見切り発車をする。思い切りがいいというか、思いつきでいいというか。
「違うの。四だとすわりが悪くて一つ足したけど、あと一個が思いつかなかったのよ」
四十内さんが魔王になったら四天王に直轄の上司を置きそうだ。いっそ裏とか真といって四人追加するくらいはするかもしれない。
「そこはもう一つくらい頑張ろうよ。元が十個あるわけだから、その中から拝借するなりさぁ」
なんならそのまま流用してもいい。ここまで延々とケチをつけてきたが、現代でも語り草になっているのだから大したものだ。
「もう。そこまで言うなら緩利さんが最後の一つを考えてちょうだいな」
魔王四十内から投げられたので、仕方なく勘案する。
まず、既に述べられた四十内かいなの五戒を思い出す。
一つ、都心から離れるべし。
二つ、犯人の名は判明していなければならない。通名、偽名でも可。
三つ、探偵は詳らかに語らなければならない。
四つ、謎は必ず解き明かされなければならない。
やはり、こうして振り返ると先人の十戒を踏襲する部分が多い。むしろ『中国人が犯人であってはならない』とか『捜査に超能力を用いてはならない』などの項目の削ぎ落としが行われている。
ここは謎解きのギミックに主観において考えよう。犯人の素性ではなく、謎解きに必要なのは──。
「謎解きの前に手がかりは全て明示されてなければならない、とか?」
厳密に言うならばノックスではなくヴァン・ダインのほうの文言に近いけど、内容としては被るかな。
「……それを入れるのを忘れていたわ。前提を見落としていたというわけね」
まるで真相が判明したクライマックスかのように、芝居がかった口調で驚いてみせる四十内さん。
不敵な笑みを浮かべる。
「この調子ならまだイケるわね。緩利さんも五戒を作りましょう」
「戒めってほど格式ばったのは作れないかな……。ちょっと、
読者としてどうかと思うって要素は、指折り数えるくらいにある。つぶやきの内容を晒されるようなものだ。
「いいじゃないの、それでも。緩利沙咲の
わたし謹製の御禁制にどれだけ効き目があるだろうか。首を傾げたくなる。それを言うなら四十内さんの五戒だって、そうは変わらないか。
「厳めしい五禁と五戒、合わせて緩利沙咲の
「いやらしいご解禁に聞こえるから、わたしの名前は隠しておいてね」
それこそ誤解を招くってものだ。
今回の議決『いっそ十戒と言わずに増やして千本ノックス』