「四十内かいなのあるあるコーナー。オタク編」
値踏みする目つきで教壇に立つ四十内さんと、チョークを三本使ったせいで三重に強調された『四十内かいなのあるあるコーナー』の文字を見る。あるあるコーナーにしては凛とした佇まいで演説めいている。
「一般学生の
「一昔前のラノベだなぁ」
多かったらしいからね。
「ほのぼの学生ライフ〜最強スキル放課後会話チートで好感度カンスト余裕です〜」
「時代が追いついたね」
そのタイトルだとわたしが攻略されているのだろうか。むしろ攻略する側だと思ってたんだけどな。
「えー続きまして、ストーリーあるある。まずライトノベルから」
「そんなネタ見せみたいな感じで進めていくんだね」
実は四十内さん、結構お笑い好き。天丼にみせかけたダル絡みはお手のものだ。ダル絡みに見せかけた天丼は苦手なんだけど。
「現代日本に現れる異形の敵。それと人知れず戦う謎の組織」
「あーありますね、妖怪とか神話生物が相手なんだよね。だいたい」
お約束だねぇ。すごく都合のいい
「日本刀を携えたセーラー服の黒髪ロングの美少女」
「きっと炎系の能力者なんだろうね」
それは少し抜けているが仕事熱心な子で……。脳内で、目の前の黒髪ロングの美少女に日本刀を持たせてみる。四十内さん、平成のラノベヒロインとしての風格がある。
「必要に迫られ、キスで契約する二人……」
「『私だって嫌なのよ! だって初めてで──本っっ当……最悪!』って顔真っ赤にしてるヤツだね」
嫌がっていたにしては、のちのち主人公に距離近い女の子が現れると『私にあんなことしておいて……』みたいに少し曇るヤツ。
ここまで立板に水が如く発表されると、明確なモデルがありそうですらある。というか、アニメでそんな感じのを見たような覚えがある。ここでタイトルを明言できない自分が少し恨めしい。
「異能力を育てる教育機関がある」
「あ、別パターンのもやってくんだね」
現代のローファンタジーからハイファンタジーに切り替わった。存外、引き出しがあるらしい。
「炎の上位精霊と契約している実力者であるやんごとなき身分の赤髪ヒロイン」
「亡国の王女様とか、没落してたりする名家だったりね」
他人に厳しく、自分にはもっと厳しい誇り高い子。きっと規律に厳しい青髪の委員長、負けず嫌いな金髪のお嬢様もいるのだろう。
「落ちこぼれのレッテルを貼られている主人公が偶然に着替えを見てしまう。からの決闘」
「めちゃくちゃ私闘なのに学園が場所も仕切りもやるんだよね。担任の美人教師が『おもしれーから。それにアイツにとってもいい経験になる』とか言ってね」
のちに
いや、一昔前のアニメ? 高い解像度に、その先の展開まで幻視した。決闘は主人公が勝ち、鼻っ柱を折られた赤髪の子は執着する。けど、主人公は『いやアレは君の勝ちだよ。まだ自分は実力不足だってわかった』とか宣って火に油を注ぐ展開。
「変わりまして、なろう小説編」
「新しめのほうも精通してるんだね四十内さん」
本当にコントめいてきた。部室からイーゼルと大きなクロッキー帳を持ってきたい衝動すらある。
「職業は
「勇者とかより目につくねぇ。もはや気を衒ったほうが王道展開だよ」
薬師とかテイマーみたいなサポート系もやたら人気がある。そろそろ向こうの国王もまた賢者かと呆れてそうだ。
「一緒に転生してきた男のほうが目立って活躍する。が、その後転落する」
「序盤の悪役にするために、ヘイト買いすぎて悲惨な末路を辿りがちだね」
その他の描写より渾身の力を込めて書く人もいると聞く。個人的にはそういったキャラも、もうちょっとコメディリリーフにしてくれると嫌悪感なく読めるのだが。
「獣人の奴隷少女を飼う」
「マスターとかご主人様って呼び方するロリなんだよね。ここまでくると奴隷商は異世界人に売れるからって別で在庫管理してそう」
いくら子供だからと、着の身着のままの主人公がすぐに身請けできるくらいの値段で売られるものだろうか。いやらしい話、女の子なら幼くとも需要もありそうだが。
「以上。ご清聴、ありがとうございました」
そういう芸風なのだろうか。委員長キャラの美人が、飛び道具的にニッチなあるあるを論じて終わる。流行りそうであり、逸りすぎでもあり……。とりあえず、ねぎらいの拍手。
イマイチやる気のない拍手に手をあげて応えつつ、隣の席へ戻ってきた。
「自戒も含めていうけど、昨今の作品はテンプレに頼りすぎな気はするね。フレームは決まっていて、その他の小手先で戦ってるというか」
ワナビの端くれとして、切腹しながら不特定多数を切りつけている。ワナビに刃物とは昔の人はよく言ったものだ。
「定型は楽なのよ。私のネタだってフリップ芸の骨子よ。他のネタも完全なオリジナルとは言えないわね」
他のネタもあるんだ。
ネタ帳があるなら参考までに拝読したい。というか演ってほしい。
「ま、定型は流行るね。ネットミームが流行るのだって、真似とかアレンジが容易なものばかりだし」
画像で感情表現、お決まりの語録でやりとり、観るアニメは似通った設定。
減点を恐れてはみ出さなくなった文化の定型。それこそがオタクを無気力なお客さんにした正体かもしれない。
だとすると、そんなものを我々みたいな一女学生が変えられようもない。
「私達だけでも独自性に重きを置きましょう。きっと他にも同志はいるはずよ」
「うん……そうだね。娯楽が氾濫する令和の世に完全オリジナルなんて夢だけどさ、それをやろうとする心意気が大事だよね」
妄執的に好きなものを詰め込んでも、どうしても書き手の手癖が出てオリジナリティになるものだ。無作為だと思っても筆者の味がでる。意外とそれに気づかずに
まったくどうして故意は盲目。
「なんて、わたしにしてはちょっと偉そうなこと言っちゃったね」
「そうね。少なくとも課題を写しながら言う言葉ではないと思うわ」
「…………あ」
盗人猛々しいというか、居直り強盗のような図々しさに間の悪い思いでいっぱいいっぱいになる。
気恥ずかしさに急かされ、課題を写しきるまで、そうはかからなかった。
今回の議決『オタクは自分が思っているよりも、ほんの少しオタク』