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第四回議題「決して雄麗でない百舌の溶喙」

第四回議題「決して雄麗でない百舌の溶喙」

四十内あいうちさん、オカルトの話をしようよ!」


「……これって、される側はこんな気持ちなのね」


 何なの、この逆転現象は。それこそオカルトめいてるのだけど。


 放課後、珍しく積極的な緩利ゆるりさんに手を引かれ、ファミリーレストランへ来ていた。イタリアンを提供しているチェーン店で、疎い私でも聞いたことのあるお店だった。


 校則には違反しているけれど、緩利さんが楽しそうだし目を瞑りましょう。誰かに見られでもしたらそいつの目を潰せばいいわ。


 緩利さんはドリンクバーで注いだりんごジュースを置くなり、冒頭のように浮かれだした。いつもクールぶっているから、ふわふわと浮ついた緩利さんはかなり新鮮。眼福ね。


「まぁ、わかったわ。今日の議題はそれなのね。けれど、オカルトと一口に言ってもそれぞれじゃないの?」


 私は詳しくないけれど、と付け加える。


 あまりそういうジャンルが得意ではない。決して怖いだとか、気味の悪さに震えてしまうとかではない。えぇ本当に。


 反対に、緩利さんはその手の話が好き。どうも聞きかじりだけれど、ホラー漫画は少女漫画と関わりが深いらしい。なんでも少女向けの雑誌にホラー黎明期ともいえるゴシックホラーが掲載されていたとか。ある意味ではホラー好きな緩利さんは乙女らしいとも言えるわね。


「ふふふ。その通りだよ四十内さん」


 なぜかしたり顔。緩利さん、何があなたをそうさせているの。


「今回はね、都市伝説をメインにしちゃおうかなと思ってます」


「そう。都市伝説、ね」


 "今回は"という言葉を敢えて聞こえなかったフリをする。新鮮な緩利さんを見られるのはいいけど、毎度このテンションでこられてしまうとおかしくなってしまいそう。


 そんな私の憂苦ゆうくをよそに、緩利さんは勢いづいたまま快哉かいさいを叫ぶ。


「四十内さんは都市伝説で何が可愛いの? 」


「……かわいい?」


 都市伝説って怖がるものじゃないの? 私が不勉強なだけなのかしら。今の緩利さんこそ都市伝説そのものに見える。


 好きなオカルトを聞いてくる怪異。ありそうね。答えられないと、それこそ奇怪な死を遂げるのでしょう。そしてその事件が都市伝説として語られていく……。


 もし、これを含めるなら緩利さんあなたと答えられるのに。


「そうね、有名どころだと口裂け女、とか?」


 本当は目の前の口出し女のほうが好きだけど、とは口が裂けても言えないわね。


「あーいいねいいね。人面犬と並ぶスターだねぇ」


 どうやら正解だったようね。人面犬と並ぶ、なんて散歩でもしているのかしら。その地域、あまり治安はよくなさそう。


 緩利さんは童顔なほうだけど、こんな風にカラカラと笑うとより幼く見える。


 本意ではないけれど、これもいたいけな彼女のため。言い出したくもない口を利く。緩利さんとのお話は好きなのに、こんなに口が重たいなんてね。


「緩利さんは何が好きなの? きっと私は知らないけど、あなたが好きなもの、知りたいわ」


「ん〜、よくぞ聞いてくれました」


 ……これからはお見合いでご趣味は? の代わりに定番の質問にすべきね『好きな都市伝説は?』。ここまで相手が喜んでくれる質問も、そうはないはずよ。


「わたしが好きなのはね、怪人系全般!」


「……ごめんなさい、誰一人わからないわ」


 オカルト界隈には、そういうカテゴリがあるらしい。もしあったとして、人面犬に人権はあるのかしら。せっかくの会話だけど、話の横道ばかりが気になる。


「怪人の中で、今だとアツいのは八尺様かな? 」


「あぁ、それなら聞いたことがあるわ。たしか大きい女の人よね?」


「そうそう。そうなんだよね。ぽっぽっぽって喋る麦わら帽に白のワンピース、つややかな黒髪で長身の女性!」


 むぅ………。おおよそは私ね。四捨五入すれば完全に私と言えるわ。明日から竹馬にでも乗りながら、鳩の真似でもしようかしら。


 いえ、それはそれとして街の噂になりそうだから自重しましょう。校則的には問題ないけれど、想像したらかなりシュールね。朝っぱらから鳩真似竹馬女が登校する様は。周りは住宅街だし、下手をすると警察に投降するほうが早そうだわ。


 少し惜しいけれど『竹馬の友は八尺様計画』を投げ捨て、緩利さんに訊ねる。


「その八尺様? がなぜ今アツいのかしら。都市伝説ならむしろ納涼に努めるべきでしょう」


「それはね、今度アニメ化するんですよ、これが!」


 取り出されるは一冊の漫画。


 タイトルは『裏書葉書ウラガキハガキ』とある。表紙は、ラジオブースだろうか。咥えタバコのまま壮年の男性がハガキを眺めている。


 裏返すと簡素なあらすじが数行書かれていた。…………要約すると、オカルトメインのラジオコーナーの話ね。リスナーからハガキが来るのだが、その中には稀に裏書として注釈の入った"いわゆる"本物のハガキが来る。それに対する取材、放送をしていく。


「ラジオ番組が舞台で、調査パートと解説の放送パートで進んでくんだけど……。それの第一回がね、八尺様モチーフのお話なの」


「あら、存外に面白そうね」


 話の補助としてのオカルトは大歓迎。超能力、村の言い伝えなんかがミステリと入り混ざってるのなんか最高ね。たとえば不気味な童唄の見立て殺人なんて、探偵あるあるじゃないかしら。


「でしょー? 今度貸すね。持ってくるから」


 さらりと校則違反を予告されたわ。まぁ、こうもお熱な緩利さんに、冷や水を掛けてまで水を差すつもりはないけれど。


 しかして謎は解けた。緩利さんのハイテンションは、この漫画のアニメ化決定によるものだったのね。


 以前、緩利さんもオタクであると判明した回があったけど、納得ね。作品を全く知らない相手にこの熱量はオタクのそれ。


 私が黙っている間も、ずっと作品を語っているもの。キャッチボールを投げ捨てた会話の豪速球ね。死球デッドボールでも四球フォアボールでも私がボックスから逃げられない。


「今回ばかりはミステイクね」


 まさか、ここまでオカルトにゾッコンだとは思わないもの。


 アグレッシブな緩利さんもいいけれど、私に聞き役は向いてない。こう押し倒したい緩利さんも捨てがたいけれど、ボケ倒したい欲求が抑えきれないわ。


「え? ミステイク?」

「いえ、ミスティックと言ったのよ。神秘的とか畏怖を抱かせるという意味で」


 折よく店員さんが料理を配膳してくれる。ちょうどいい道切りだ。


 私のところにキノコとホウレン草のパスタ。緩利さんにはドリアとミネストローネが運ばれる。


 温かい食事は、そこにあるだけで食欲をそそる。緩利さんも話の千本ノックを打ち止め、スプーンを取る。猫舌の彼女は湯気の立つスープを一口運ぶなり、熱っと漏らした。


 私も一口。うん、お財布にもお腹にも優しい。じんわりと体の芯があたたまる。


「そういえば、四十内さんのオススメあったりする? ホラーで」


 食い気に興を削がれたらしい緩利さん。正気を取り戻すとたちまち回しだすあたり、彼女生来の気質を感じる。


「難しい注文ね。人にお薦めするのって。特に、相手のほうがその道に明るい場合は」


 心当たりがないわけでもない。あくまで二重否定の形というのが、心許なさを表している。挙げた作品が既知であったら、作品批評に逃げるのはやぶさかでないが、どうせなら新しい知見を提供したいものね。


 何が思い当たったのか、緩利さんはハッとした表情でこちらに向き直る。


「……あ、もしかして四十内さんってあんまり得意じゃない? 怖い話」


「そう、ね。怖いわけじゃないけれど、好んで読むジャンルではないわ」


 フォークを遊ばせるように、クリームパスタをくるくると巻きつける。まだお腹いっぱいに食べ切ってもいないのに、なにか心の中に薄暗いものが重たくとぐろを巻いている。パスタを口に運ぶ。この心中の不安も、こんな風に食べてしまえたらいいのにね。


「あー……。わたしちょっと高まりすぎたね。早まりすぎたというか」


「いずれは染め上げるつもりだったのね……」


 むしろ私は今の今恐怖に染まったわ。いや、それはそれで楽しいのかもしれない。墓場で運動会も卒塔婆そとば抜刀斎ばっとうさいもアリね。


 想像したらただひたすら不謹慎な小学生男児ねこれは。昔、雨の日の下校時に見たことがあるわ、却下。


「うん、あんまよくなかったよね。好きじゃない人に無理やり話すの。ごめん」


──あぁ、そんな顔をしないで緩利さん。


 ふと顔をあげると彼女は顔を曇らせていた。胸にあるのは、押しつけがましく捲し立ててしまった自責の念でしょうね。とても素直な人だもの。


 お優しい緩利さんに、そんなことを突きつけてしまえばこうなるとわかっていたのに。そんな自分が嫌になる。この有様に蔽目へいもかし、大息たいそくを吐く。


「怖い話が嫌いなわけではないのよ。なかなか好きになれないの。だから、いくつか教えてもらえる? 」


 ポカンと口を開けたままになる緩利さん。手に握られたスプーンも相まって、緩利の餌待えまちって感じね。アンコウの餌待ちよりずっといいわ。


「えっと、大丈夫? 気にしてもらわなくてもさ、いいからね」


「いえ、きっと誤解しているわ。怖くないのよ。だから驚かせるようなのは、あまり面白くなくて」


 最近のホラー映画でも、大きな音を立てられれば当然驚くけど、そんなのネタバラシされているブラクラとあまり変わらないわ。それをすんなりとホラーとして受け入れるのは、さすがに抵抗がある。このスルスルと入るクリームパスタとは大違い。


「ん〜……。スプラッタとかスラッシャー映画が苦手? って感じかな。なら"これ"かなぁ」


 先の『裏書葉書』を両手で立たせる。固唾と飲み慣れないリンゴジュースを呑んで、緩利さんのプレゼンに耳を傾ける。


「やっぱ調査パートがあるからさ。完全オカルトじゃなくて、枯れ尾花もあったりとか。四十内さんはミステリ好きだし、とっつきやすいと思うよ」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花。真実は案外陳腐なものである。ふと思ったけど、幽霊が宙に浮いてると思ったがよく見ると縊死体いしたいだった、なんて場合はどういう恐怖になるのでしょうね。


 何気に緩利さんが私のミステリマニアを覚えていたのに身動ぐ。喜びというより、心恥ずかしさのためでしょう。


「なるほど、それなら読めそうね」


 前述したように、オカルトに見せかけた推理物は好きだ。舞台が島や田舎の村だと、それだけで少し浮ついてしまう。


 昨年の宿泊研修先を捻じ曲げて、何もない島に変更させたのはいい思い出ね。


 あんなことになるとは思ってもみなかったけれど。変態女赤須賀いやしの犠牲になった佐原さはらくんの分まで、幸せに生きなくてはならない。


「私向けの作品だというのは理解したわ。読んでみるわね、貸してくれるみたいだし」


 ほどよく冷めたらしいドリアを食べている。盗み食いのように私のほうを窺う必要はないけど、期せずして上目遣いになっているので指摘はしない。


「あとは、そうだね。これも漫画だけど『千三せんみつ高校オカルト研修部』とか」


 嘘臭い高校の嘘みたいな部活のお出ましね。オカルト研究でなく、研修なのね。


「オカルト研修、その名の通り祓い屋になるための活動をする部活でね。ただ今のところ、幽霊を消滅させるような霊能力者はでてきてないんだ」


「全員偽物なのかしら? 」


 だとしたらカウンセラーや霊感商法の手合い?


「ううん、本物もいるにはいるんだけど『破ァー!』みたいなのはいないだけ。霊が見えるけど、避けたり鎮めたりするのが主だね」


 あぁ、霊と遭遇しても基本的に抗う術はなく、逃げる手段を模索するということね。変にバトル展開にしないのは好感が持てる。


「フゥン、なんだかCoCのシナリオみたいね」


 よほど戦闘に偏ったシナリオでもなければ、探索者は基本無力だ。真相を探りつつ、神話生物の召喚を阻止したり、脱出がメインになってくる。


「CoC? ゲームか何か?」


「そうね。クトゥルフの呼び声をモチーフにしたTRPGよ。……意外ね。緩利さんなら知っているものと思い込んでたわ」


 ある時期ミ=ゴも杓子も方々《ほうぼう》の作品に出張していたから、てっきりクトゥルフ神話はオタクの共通言語だとばかり思っていたわ。


「いや、名前は知ってるんだよね。メジャーな神様? とかさ。ただ、とっつき辛くてなかなか……」


 ちょっと逃げてきたところなんだよね、そういう緩利さんの言葉尻は弱い。


「まぁ海外の小説だものね。興味があるなら、有名な作品は漫画版もあるわ。まず、それを読むといいわ」


 何も、小説群を原語で網羅しなければならないということもない。なんなら、リプレイ動画で作品の雰囲気を楽しむだけというのも悪くない。


 しかし、期せずしてお薦めできたわね。緩利さんの注文にも結構即しているんじゃないかしら?


 これで肩の荷も降りたというものね。


「話は戻るけれど、緩利さん向けの作品だと何があるの? 少し参考までにね」


「ん、今だと『フォローハウリング』ってバトル物だね。狼男とか吸血鬼とかが戦う漫画」


 人造人間とか怪物の王族もいそうね。真面目な話、昨今の少年漫画も幽霊やら殺し屋みたいな、暗い要素が多い。そんなことだから、ちょっとしたエッセンスとしても人気は高いのでしょう。


「本当に怪人が好きなのね」


「あー……そうかも。人に似てる部分があるけど、ちょっとズレてるのが惹かれるのかな」


 だから四十内さんとご飯食べているのかも、と緩利さんは付け加えた。


 ふふ、どういう意味かしら。いみじくも的を射ているのが遣る瀬ない。


 ふと悪戯を思いついた。緩利さんへ向けていた目を細め、さがな目を向ける。


「もし、私が怪人になったら推してくれる?」


 ここは一つ口裂け女に倣って、私キレイかしら? と詰問してみよう。お優しい彼女なら、この底意地の悪さも茶目っ気として受け取ってくれるはずだ。


「それは、ちょっと嫌かな」


 悪巧みが表出する前に裏切られる。行き場を失った言葉をジュースで飲み下す。


「隣にいて欲しいよ、四十内さんにはさ」


────。


 私は席を立ち、緩利さんをソファの奥へ押すようにして隣に座り込む。


「あら、隣にって言ったじゃない。今」


 心臓が悲鳴をあげている。血濡れになったように顔が熱い。恋愛映画や青春を謳う本でなく、スプラッターの様相ね。


 慌てふためく緩利さんを見て苦笑する。こんなにも心が甘ったるいのだから、バランスは取れているでしょう?


 りんごジュースのほのかな酸味が、少しだけ好きになれた。


 今回の議決『私が幽霊だったら、鼓動に気づかれず、もっと重ねられるのにね』

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