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第五回議題「少女とオジサンは多趣味」

第五回議題「少女とおじさんは多趣味」

緩利ゆるりさん、今回は少女趣味が議題よ」


 少女、四十内あいうちさんはそうのたまった。


 例の如く放課後の美術室。座りながら声の主を見ていた。冷めた諦観ていかんの滲んだ目である。涙が滲んでいないのは幸いだろうか。いや辛いだろう。


 もはや幽霊部員よりも部活に出てきている四十内さん。あまりの神出鬼没ぶりは学校の怪談にいそう……というか、もういたりする。まことしやかに語られている『完璧な生徒がいる』の正体だ。実情がこんなでも、超のつく模範生徒として知られているから。


 それはそれとして、部活の邪魔をしないでほしい。放課後くらいしか二人で話せないからという気持ちはわかるし、なんだか快いんだが。


「ロリコンのカミングアウトとは恐れ入るね。今すぐゲットアウトだよ」


 迷い込んだ犬にするようにシッシッと手で払う。英語成績も最高評価であるはずの四十内さんは、構わずわたしの席まで来て、嘆息する。


「違うわ、勘違いしないで。ロリコンの話をするつもりはないわ」

「あぁ、なんだよかった」


「ロリの話をするのよ」

「違わない⁉︎ 」


 ややポーズとして大袈裟に驚くが、にべもなく四十内さんは続ける。


「一昔前は女の子がちょっと趣味に手を出したらそれがブームになっていたじゃない」


 やや言葉にトゲを感じるが、的を射ている。昨今のキャンプ女子、サウナ女子など話題にのぼっては消えていった○○女子を想起せずにいられない。花火や彗星のようといえば聞こえはいいが、一発屋だ。根付かずに一過性のブームでしかなかった。


「ライムとかフローとか知らなくても女子ラッパーになれるじゃない? コード知らなくても女子高生がギター持ってるだけで再生数伸びるみたいな」


「言葉のトゲに致死毒まで塗ってるの?」


 四十内さん、唐突に音楽の界隈を刺すのはやめて欲しい。


「きっとバンドとかありきたりなのはダメね。それでヒットするようなのは、ただの実力よ」


 実力で勝ち取ってもこの言い草なのは不憫でならない。実に不毛な話だ。は地力があったから流行ったで、。何かがあるのか。もっとしたを過ごそうという気はないんだろうか。


「……ま、言わんとするところはわかるよ。同じテクニック持つなら、女の子のほうが注目されそうだし」


 男の子でも、そうでない人とイケメンだったら、そりゃあ美形のほうが伸びるだろう。特定の趣味を否定する気はあまりないが、少数派であるには違いない。どうせなら見目麗しい美形を見たいのが人情だ。わたしも四十内さんが明眸皓歯めいぼうこうしにして沈魚落雁ちんぎょらくがんの顔整いでなければ、少し関係性が変わっていただろう。


 笑いのセンスとか好きだから、友達になってたのは間違いないけど。今の面白美人という枠じゃなかったかも。


「女の子無双も今は昔、最近はオジサンのほうが人気になっているの。一人でお酒飲んだりご飯食べたり」


 四十内さんは忌々しげにつぶやく。一人でご飯を食べるオジサンに親でも殺されたのだろうか。そんなことしそうな雰囲気があるのは、国民的漫画のスピンオフくらいだが。


 しかし、世相に疎いと言っている四十内さんも知っているあたり、それだけ一般に膾炙しているということだろう。かくいうわたしも大晦日はずっと見ていた。大して知らないアーティストばかり列挙された歌番組より、ずっといい。


「それにしてもご立腹だね。お腹空いてる?」


「空いてるどころか業腹ごうはらよ」


 四十内さんは平手で天板を叩き、気炎を揚げる。


「これは由々しき事態よ。我々も、少女の地位向上のために立ち上がらんという時が来ているのよ」


 ……とりあえずペンを置くことにした。ノルマとしての作品は既に描き上げているし、そう掛かり切りになるものでもない。


「今回は我々が何をすべきかを考える会よ」


 ついにとしてくくられてしまった。あまり乗り気ではなかったが、その言葉に腹をくくる。


 立ち上がり、横の椅子を持ってくる。四十内さんも腰を据えるなら席が欲しかろうという優しさだったが、既に腰を下ろしていた。


 わたしの座ってた席に。

 おい。


 抗議の視線をやるも、涼しい顔である。座れば牡丹になるあたり、物言う花なのだなと改めて実感する。立てば劇薬、歩く姿は焼け野原なのはご愛嬌。


「オカルトマニアの緩利さんなら、お墓を回るのがいいんじゃないかしら。お供え物とカップ酒で一杯ひっかけるような、墓場はかば放浪記ほうろうき


「未成年飲酒と不謹慎で満貫狙ってる?」


 ドラ次第で伸びそうではあるが。悪名は無名に勝るを地で行こうとしないで欲しい。


「腹を、切った……?と困惑する誤読ごどくのカルテ」


「シンプル医療ミスになったね! 医療ミステリになりきれないね!」


 見知らぬ誰かの腹と共に『女子がやるだけでヒット』という前提が切除されている。なにも女の子が執刀したところでドジっ子で許されていい範疇じゃないだろうに。


 わたしがメスのような鋭さで切り捨てるなり、四十内さんはぷりぷりと怒りだす。


「もう、文句ばかりじゃない。却下するなら代替案を出してほしいわ」


 ぐ、と言葉に詰まる。これは議会なのだからごもっともだ。否定するだけして、発言しない人間に議席はいらない。


 いや、別に喜び勇んでこの席に座っているわけじゃないんだけど。


「かといって、オジサンと同じことをしても二番煎じが否めないしなぁ」


「フッ、何かに相乗りするようじゃ覇権は取れないわね」


 鼻で笑われた。さっきまで既存のコンテンツに箱乗りしていた人間がよく言うよ。心の内で愚痴ってから頭を切り替える。


 まず新規性めあたらしさがなければいけない。


 いまさら女子がお菓子作りだのをしても、それだけで話題にはならない。四十内さんは実力や努力でなく、単にそれだけで人寄せができる要素をお求めなのだ。


 新規性は意外性に似ている。男子のイメージが強い分野に参入すべきか。よりジェンダーレスに格闘技、不良……。


「トレミーの四十八の星座を司る女子高生が、カーストトップである黄金制服ゴールドセーラーを目指す物語で……」


聖闘士セイントセーラーね。48という数字もアイドル売り狙ってそうで狡辛こすからいわ」


 タイトルと狙いまで見透かされていた。四十内さん、結構昔の漫画もお読みになるようで。金字塔というのは時代を超えて愛されているのだな、と改めて実感した。


 動画サイト、ドラマなど娯楽が氾濫はんらんする今の世で新しいジャンルなぞ、そうは見当たらないものだ。人気作の主人公を女の子にするだけだと、安易なスピンオフに成り果てる。それも試行錯誤の一矢ではあるのだろうが、明後日の方向へ消えていくのが関の山だ。


 大きな伸びと共に足を組み替える。腕ぐりの部分に引っ張られ肩が軋む。深呼吸をすると、甘ったるい匂いが鼻腔に広がった。


 隣を見るとパックのいちごミルクを飲む四十内さん。何か静かだなと思ったらストローを咥えていたからか。


 ……おしゃぶりで静かになる赤ちゃんと何が違うんだろう。


 時を置いて口を離し、甘い吐息を吐く。


「ダメね。もっとその要素だけ取り入れておけば、一定数当たるようなのじゃないと」


「氾濫してるってだけで言うなら、異世界ものとか? 女の子だと大体乙女ゲーとか悪役令嬢になってるけど」


 かつてオタクだった人間としては、名付けが似通ってどれがどの話だったかの判別もつかない。人に訊くにしても『あの悪役令嬢モノで、王子が聖女と結婚するからって婚約破棄されるヤツ』と言って目当ての作品が返ってくることがあるだろうか?


「乙女ゲーは寡聞かぶんにして存じ上げないけれど、悪役令嬢はなんとなくわかるわ」


「おっ、自信満々だね」


 自信を喪失しているのを見た覚えがないけど。見えている落とし穴だって面白そうだから威風堂々と踏み抜く人だ。


「ちょっと! キチンとなさい。まだ埃が残っているじゃない」

「おっ、それっぽい」


「鏡よ鏡、答えて。この世でいっとう美しいのは誰?」

「おお! ちょっと女王感強いけど、いい感じだよ今のところ! 」


 すごい。いつもなら前フリしてからすぐボケてくるのに! 今日の四十内さんはもしかすると、もしかするかもしれない。


「パンがなければ決起をすればいいじゃない」

「あぁ〜ダメだったね。ケーキまでもうちょっとだったのに。自分から革命の火をつけちゃったもん」


 王政はそこまで来ていたのに。最後の良心が残ってたのかな?


「少し女王になりきりすぎたわね」

「いやもう最後は革命軍になっちゃってたからね」


 役に入り込むタイプなんだね四十内さん。


 まぁ、四十内さんはともかく、悪役令嬢は難しそうだ。わたしみたいなモブが悪役令嬢に転生したところでなぁ。いや、それはそれで需要がありそうか。


「異世界転生だとバトルが多いのかな。スローライフも増えてるみたいだけど」


 やはりチートスキルとか魔術で無双していくほうが爽快感もあるはず。


「バトルは、無理ね。今から鍛えていたら時間が足りないわ」


 ガッツポーズの要領でぐっと上腕に力を入れる四十内さん。手を伸ばし、揉んでみると反発することなく指が沈む。非常にたおやか。


 ジッと恨めしそうな視線を注がれる。あなたもやりなさいという圧に耐えかねて、同じように力を入れてみる。


 ……こねられてない? 筋肉を確かめるというか、撫でるような手つきがこそばゆい。腰を浮かせてまでする必要があったんだろうか。


 ひとしきり揉みほぐし、満足したのか座り直す。そして咳払いを一つ。


「関係ないけれど、二の腕の柔らかさって胸に近いらしいわよ」


「セクハラって同性でも成立するからね?」


 わたしから揉んだ手前、訴えたところで僅かに不利だろうか。うーん両成敗。


 大人しく自分の腕をつまむ。四十内さんのほっそりとした腕に比べ、肉付きが良すぎるきらいがある。


「……たしかにこの腕でバトルは難しいかも。ちょっと、ちょっとだけお肉がね」


 ほんどにごく僅か、ほんの少しだけ贅肉がね。四十内さんがモデル体型すぎるだけで、わたしくらいが普通なんだけど。それを加味しても若干、微妙に腕がぷにぷにってだけだからね。


 四十内さんは嘆息して一括。


「これはアレね。無能力で無力だけど知恵と工夫で戦うしかないわね」


「うわー。なんか粉塵爆発がでてきそうなお話」


 好きだけど。そういうの。


 閃きと勝負勘でなんとか追い縋るヤツ。敵が強いほど油断があってつけ込む隙がでてくるお約束だね。


「意外と人気でそうだけれど、どうかしら?」


「一定の需要はあるけど……。やっぱ使い勝手悪くても能力はあったほうがいいよ。まったくの無能力は先細りしちゃうって」


 頭脳戦と立ち回りで勝つのはカッコいい。が、それ一辺倒だと飽きがくる。ワンパターンな勝ち筋で白星を拾えるなら、主人公が賢いというより、敵が馬鹿に見えてくる。


 良さを浮き彫りにしようとするあまり、他を下げすぎて穴が空いてしまうのだ。


畢竟ひっきょうするに地味な超能力がないと無理ね」


 つれない四十内さん。身も蓋もないようだけど、とどのつまりはそういうことになる。


「たとえば、自分の体温を自在に操ることができる。これで己の体を常に41°Cに保ちつつ、相手に抱きつくことで死に至らしめる」


「華がないね……」


 体温で敵を排除する熱殺蜂球、たしかミツバチだったか。自己の体温が一定になるから、密着する相手は次第に死に近づいていく。


 発火の一つくらいすれば見栄えもするだろうが、ボヤにもならぬ。なんとも儚い。


「華なんて必要かしら? オジサンだってアクションしてないのだから、女子だって動きがなくていいじゃない」


「そうかな?」


 女の子自身が花なのよと言われたら、返す言葉もないのだが。


 むしろ最近は殺陣だとか、アクションの作画が売りの作品が増えている気もする。


「画的に寂しいなら、無駄に作画を開放すればいいのよ。オタクはそういうの好きだし」


「足下見過ぎだよそれは」


 それはそうなんだけど。


「まぁアニメだとかドラマだとそういうことができるけど、それ以外だと無理だね」


「そうだねぇ。魅力的な創作物の溢れる世に、会話だけで保たせられないよね」


 絶望的なまでに躍動感がない上、ストーリーラインも作れず、変にシリアスだすと雰囲気もぶち壊しになる。それはもう詰みだね。


 今回の議決『少女とかオジサンにこだわるもんじゃない』

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