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第七回議題「七不思議」

第七回議題「七不思議──上」

 校舎の階段。見上げた踊り場で妖しく笑う、黒髪の君。夕陽に照らされた長髪をおどろになびかせてこちらへ翻る。


「七不思議、というのがあるらしいわ」


「お、今回はオカルト回かな? 俄然がぜんとしてやる気が出てきたよ」


 七不思議。特定の場所にまつわる七つの不思議な事柄を指す。毎度気後れしていたが、オカルトとあれば話は別だ。


「えぇ、馬鹿らしいので全部否定していきましょう。緩利ゆるりさん」


「唖然とする続きがでてきた⁉︎」


 そんなちゃぶ台返しがあってたまるか。


 トン、トントンと一段飛ばしで階段を降りてきた四十内あいうちさんに抗議の目を向ける。


 わたしの恨みがましい視線を受け流し、そのまま歩き出した。さっさと行くぞと背中で語られたため、慌てて追いかける。


「というか、七不思議ってこの学校の?」


「そうよ。この学校の。今でこそ廃れたみたいだけれど、昔はあったみたい」


 オカルトのような暗い話には明るいほうだと思っていたが、過去に七不思議があったなんて聞いたこともなかった。わたしには友がいなかったから。


 いや、いなくはない。クラスに話す子はいるし、目の前の四十内さんだって友達みたいなものだし。


「にしても七不思議かぁ。せっかく四十内さんが集めてきてくれたんだから、壊すのはよそうよ」


 七つも集めたのに願いの一つも叶えてくれないけど、だからといって粉砕するのは偲びない。


「…………仕方ないわね」


 四十内様への願が叶って、お許しがでた。しみじみと目を閉じて噛み締める。実は四十内さん、かなり強情。定例の四十内議会から逃れられた覚えがない。そんな相手から譲歩取ったのだから胸を張っていいはず。


「っと、とと」


 先導していた四十内さんが足を止めたせいで、つんのめった。


 なんとかぶつかることもなく、倒れずに耐え、顔を上げると見知った我が部室びじゅつしつだった。


「って、美術室なんだ。てっきり七不思議の現場に行くものかと」


「相手が空想だもの。机上の空論で論破──いえ、なんでもないわ」


 言うなり扉を開ける。……また普段使わないほうの戸を開錠していたみたいだ。


 鞄を下ろし、席につく。一つの机を挟んで対面する。むぅ、思った以上に顔が近い。


「ノートを」

「はいはい」


「ペンも」

「はいはい」


「いちごジュース」

「バイバイ」


 お嬢様なのに人にタカるな。スクールバッグを片手に立ち上がるも、四十内さんに腕を掴まれて席へ戻される。


 わたしに一瞥いちべつもくれず、ノートに七不思議を書き連ねていく。


「さてと、こんなところね。順に取り上げていくわ」


 ノートを覗き見るが、あまりピンとくるものはなかった。定番と呼べるものが二、三あるが、身の回りどころかネットでも見聞きしない見出しが多い。


「まず一つ目、トイレの花子さん」

「あー、まぁそうか。定番だね」


 誰でも聴いたことのある怪談、お約束といえばお約束か。学校の怪談としてもメインを飾れるくらいの格はある。


「二階の女子トイレ、二番目の個室を二回ノックするとおかっぱの女の子に引きずり込まれる」


 うん、よく聞く内容だ。決まったトイレの個室でノック、または呼びかけると赤いスカートのおかっぱ少女が出てくる。トイレの中に沈められたり、首を絞められるなんてのも見たことがある。


「これについては散々考察もされてるし、あまり説明はいらないわよね」


「そうだね。強いていえば"二"なのが少し珍しいかなってくらいで」


 大抵は"三"のはずだ。三階の三番目の個室を三回ノックして呼び出す。まぁ本当に大した違いではないんだけど。もし意味のある数字合わせなら、四次元ババアよろしく四づくめになったほうがそれらしい。


「二階のお手洗い、みんな避けるんじゃない?」


「んー確かに美術室に近いけど、どうだろね」


 そこまで噂が広まるかは甚だ疑問。わたしも知らなかったくらいだし。


 むしろ、普段よく使うトイレが使いづらくなったような……。


 どこか物恐ろしさを感じながらも、次の話へ進む。


「二つ目、理科室の人体模型。夜になると人体模型が現れるという」

「走りだしたりね、これも定ば……ん?」


 ふと思いだす、授業で何度も使った理科室の風景。黒板。横に広い流し。独特の黒いテーブルと、そこに備えつけられた蛇口とガス栓。ガラスの薬品棚──。


 どこかで一度見たことがある気もするが、靄がかった記憶で定かでない。


「あれ、ウチの学校って人体模型あったっけ」

「ないわ」


 ないじゃん。


「ないなら真偽も何もなくない……?」


 審議中止ものだよこれは。


「早とちりしないで。噂が流れた当時から人体模型はなかったのよ」


 やにわに打ち切ろうとするわたしを、手で遮る四十内さん。


「正確な記録だとかをあたったわけじゃないけれど、母が言うには人体模型が導入されたことは過去一度もないわ」


 人体模型のない学校。珍しくもない、のだろうか? 恐らくゼロではないだろうが。


「なのに、噂だけがあるのよ。歩く人体模型を見たって噂だけが」


「おぉ……なんか怪談っぽくなったね」


 存在しないはずの人体模型。そんなもの、走りださなくとも、ただ理科室にあるだけでも怪異だ。


「真面目に考察するなら、そうね。歩く人体模型って話はポピュラーだから、それを輸入した感じかしら」


 最近は見かけない──そもそもわたしも実物を見たことはないが──二宮金次郎像や肖像画などの、動かないはずのものが夜毎に動きだす。実に怪談のステレオタイプである。


 そういえば、各地の小学校から姿を消した二宮金次郎像は今どうしているのだろう。列をなして深夜徘徊していたら、もはやB級ホラーの映像だが。二宮金次郎像vsゾンビ。いや、より捻って二宮金次郎像vsゾンビシャークとか? 最終決戦は学校のプールかもしれない。


「二つ目も消して、次。三つ目、完璧な生徒」

「先生、自分正体知ってます」


 目の前にいます。


「トイレの花子さんや人体模型よりも、これをじっくりと調査すべきじゃないかしら? 」


 両手を広げる四十内さん。


 ……きっと男子なら喜び勇むか、顔を赤くしてドギマギしてしまうシチュエーションなんだろう。


 きっと、クラスの他の子がこうして無防備を晒していても笑って流せる。


 今、同じようにできないのは何故だろう。四十内さんの目がそうさせているのか。それとも、わたしのせいなのか。


 早く何か口にしなくてはいけない。


 こんなのちょっとしたからかいで、いつも通りのことなのだから。袖にあしらっていいに決まってる。なまじ美人だから裏があるように疑ってしまうだけで、四十内さんは鐘のような人なんだから。そりゃあ見てくれは立派に見えるし、打てば響くけども。その中は至っての人なんだから──。


「………………保留でお願いします」


「うん、よろしい」


 答えを出さなかったわたしに、四十内さんは何故か満足気だ。


──本当に、なんでだよ。


「では気を取り直して。四つ目、体育倉庫の鏡」

「あ、それは見たことあるかも。たぶん準備室にある、大きな姿見? みたいなやつだよね」


 たしかにある。入って左手側にボール籠があり、マット運動とか跳び箱で使うマットが幾重に畳まれている。その更に奥、人の背丈を越すくらいの鏡らしきもの。


 らしきもの、と但し書きがつくのはそれが裏面しか知らないから。なにせ奥に追いやられている上、すぐそこが体育館のステージへ上がるための階段にピッタリと合わせられている。逆側から覗き込むこともできないから、表を誰も見たことがない。


「あの姿見、昔は美術室にあったらしいの。卒業生が寄贈したとか。ただ自分が映らない時があったらしくて、その映らない鏡を見た精神が別人みたいにおかしくなるそうよ」


「……鏡の世界みたいな話なのかな。鏡の中の自分が出てきてしまっている、みたいな」


 鏡に映らない自分、別人のようになる精神とくれば、入れ替わり。鏡で自分を演じている"何か"が自分に成り代わるという怪異。そんな風に聞こえる。


「真相のほどは、どうかしらね。いわれは用務員さんに訊いたらすぐだったわ」


「おぉ、聞き込みもしたんだね」


 裏取り済みとは恐れ入る。こういうところは真面目な子なんです。


「アレ、装飾が金属製で相当に重いらしいわ。フォークリフトの、手動? といえばいいのかしら。それで無理やり出すしかないのよ。運びだすのも骨だし、そのままにされてるの」


 四十内さんが言っているのは、おそらくハンドリフトのことだろう。薄暗がりのせいでわからなかったが、それほどに重いのか。リフトを使うならトンにも迫る重量なのかもしれない。


「噂の真偽はさておき、あの鏡には近づかないほうがいいわね」


 四十内さんは普段よりも声のトーンを一つ下げて、声を密めかせる。


「昔、用務員の方が下敷きになって死にかけているみたいだから」


「急に物理で来るなぁ……」


 実際そちらのほうが怖い。


 七不思議の調査のために体を張り、倒れてきた鏡に潰される。ミイラ取りがネズミ捕りにかかるような、ゾッとしない話だ。


「五つ目、廊下の足音。自分以外にいないはずなのに、自分の後ろを足音がついてくる」


「あ、聞いたことあるな、これ。クラスの子も言ってたよ」


 部活で帰りが遅くなり、職員室に鍵を返した帰りに追従する足音。そして振り返っても誰もいない、と。


「誰もいないような時間なら静かだろうし、案外反響音だったりするのかもね」


 学校のリノリウム床はローファーで歩くとかなり硬めの音がでる。昔の校舎のように板張りなら、床の軋む音や家鳴りなんかもあって一層不気味だろう。


 不気味な夜の校舎をおっかなびっくり歩いているなら、風の音一つで震え上がるというもの。身近で音が鳴っただけで噂になっても不思議でない。


「まぁこれは順当に、遅くまで学校に残っている生徒への戒めでしょうね」


「元も子も夢もない……」

「元が根も葉もない話じゃない」


 真に血も涙もない。四十内さんは美少女型のロボットかマシーンかもしれない。そのまま四角四面に、機械的に進行する。


「六つ目、美術室の絵」


「美術室に七不思議? 聞いたことないな」


 入り浸っているわたしが遭遇してない時点で、信憑性はかなり疑わしい。


「なんでも、関わってはいけない絵が一枚残ってるらしいわ」


「一枚残ってる? 元々は何枚もあったの?」


 連作だろうか。オカルトで絵というと、仏教絵画の九相図くそうずが思い浮かぶ。あと連作ではないが、三回見たら死ぬ絵とか。


「みたいね。何枚か処分したけど、その後放っておかれているみたい」


「さすがに嘘っぽいなぁ。ちょっとだけ残す必要がないでしょ」


 捨てたら戻ってくるような人形と違って、処分はできる。なのにわざわざ後生大事に取っておくなんて、都合のいい話だ。


「捨てた人が精神をやられたの。病院に入る前、言っていたの。『どこへ行ってもアイツらが見てくる。変なガキが見てくる』って」


 そのあとすぐに病院に入ったそうよ、と四十内さん。


 言葉に詰まってしまったのは、一つ心当たりが浮かんできたからだ。記憶の暗いところに沈んでいたものが。


「……それってさ、もしかして『うかみ』って小さい女の子の絵だったりする? おかっぱの」


「さぁ? 子供の絵らしいけれど、そこまでは聞いてないわね。まさか、捨てたの?」


 えぇ捨てたよ。捨てました。古い棚にあって、誰も使ってないって言われたらそりゃあ私物化しますよ。


 美術室の整理はわたしが入学してから直ぐのことだから、一年は経っている。


 不要な物の処分について許可を得ていたのに、事後報告した顧問の顔が引き攣っていたのはそういう理由だったわけか。さすがに新入生が勝手をやりすぎたかと反省した日もあったのだが。一年を経て氷解した。


 言ってよ。


「はぁ〜……何はともあれガセネタでよかったぁ……」


 平穏にそっと胸を撫で下ろす。そんな昔にやらかしたならとっくに祟りがなければおかしい。つまりは大事ないんだろう。


 怖い話は好きだけど、怖い体験はそこまでしたくない。心の底からビビリだから、恐怖するから好きなんだ。


「どうして、そう思うの?」


 四十内さんの鋭い眼差しが舌剣ぜっけんの響きを伴って突き刺さる。


──だって、今わたしは何ともないから。


 答えられない。先のやり取りで喉でも深く抉られたように、口は開いても言葉が続かない。


「見えていないだけで、すぐそばにいるかもしれないじゃない」


「……またまた。脅かしっこナシだよ、四十内さん」


──コツコツコツコツコツコツコツ


 すぐ横の廊下からの足音。


「今の足音は「早歩きの人だね!」


 足音でなくノック音にも聞こえたけど、気のせい気のせい。


「けど扉のガラスには何も「きっと小さい人だったんだね!」


 きっと放課後で晩に差し掛かっている時間だけど、小学校低学年の子でもいたんだろう。背のせい背のせい。


「あぁ。小さい人って花子さ「の、飲み物! 喉渇かない? わたし奢っちゃうよ⁉︎」


「あら、いいわね。どのいちごジュースにしようかしら」


 果たしていちごジュースにバリエーションがあるのだろうか……。


 本日の議会、議決まで会期延長。

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