逢魔ヶ
七不思議もあと一つを残すところとなり一区切りついたところで、自販機でジュースを二本買い(四十内さんの分もわたしが出した)、改めて部室に戻ってきた。
「七つ目、やまいくん」
「ヤマイ…山井くん? 」
誰だろう。花子さん太郎くんに並ぶようなキャラクターだろうか。
「改めて忠告だけれど、この話は少し長いわ。大して興味がなければ聞き飛ばしていい。それでもよければ話すけれど、いい?」
間髪入れず頷く。せっかく世にも珍しい
「この話は母から聞いたの。調べもついてるわ」
スマホの画面をこちらへ突きつける四十内さん。液晶に躍る失踪の文字。地方誌の記事だろうか。刊行は三十四年前だ。
「細かい点はどうか判別つかないけれど、事件が実際にあったのは間違いないわ」
そう言って、四十内さんは語り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ことの始まりは三十年、いえ、そうね、今から話す大元の部分はもっと前かしら。母もその時いた先生から聞いたらしいから、きっとずっと前のことよ。
学校に裏山があったの。……そう、今は拓けて、住宅地になっているわね。当時はロクに管理もされていなくて、かなり荒れていたらしいわ。
そう、管理をされていないということは、そこを見回る人もいなかったのよ。だから秘密基地という年頃でもないけれど、似たような有様だったらしいの。ヤンチャな子が連れ立って、放課後に遊びに行っていたみたい。当時は今ほどファーストフード店やコンビニなんてなかったでしょうしね。どころか、時代を鑑みれば、あったかどうかも微妙ね。
そんな折だったわ。仲間内の一人が
今みたいに全国で取り上げるようなニュースではなかったけれど、それでも当時話題になったそうよ。最初こそ家出だろうと言われていたけど、次第に風向きが変わりだしたの。
『あいつ、
仲間の一人が言いだしたの。もちろん蛇玉と言っても、花火のじゃないわよ。
彼曰く、そんなのがいた──あったらしい。生き物とも判別つかなかったから、そんな言い方になるけれど。まぁ、名前の通りの見た目だったみたい。
──蛇の交尾って知ってる? 二匹が絡み合うようになるのだけれど、複数でそれが起こると、絡まったコードみたいになるの。……えぇ、その様が蛇が玉になったようだから蛇玉と呼んだのでしょうね。
それのせいだと、彼は言うのよ? それが関係あるのか、蛇に襲われたっていうのか、みんな非難したわ。けど彼は撤回しなかった。ただ震えるばかり。
けれど、実際に友達が一人いなくなってるんだもの。それは茶化せる話でないわ。だから、彼は本心から言っていたんだと思う。
──ここまでが、大前提ね。うんと昔にあったと語られていた七不思議の、いわば元ネタ。ここからが本編よ。
その昔、この学校には新聞部があったのよ。……えぇ、そうね。今はもうないわ。結構、部長によって特色がガラリと変わるらしくて、色々あったみたいよ。その代はオカルト好きな部長さんだったの。……名前は多々
ある時、その多々良って部長さんが言ったの。
『あっ、小椋くん。原稿見たよ、いいねぇ。最後に現場見たら直ぐ本チャンで書こう』
彼女は顎でしゃくって机の上を指して、そう言いだしたの。そこには何枚かの原稿があったわ。
最初に話した内容が書かれていたわ。男子の失踪事件と蛇玉の話ね。かなり詳細に調べられていたので、小椋さんは感心したそうよ。
いやぁ
そう、そのレポートは小椋さんが書いたものではなかった。ということは、もう一人の部員である有田さんの手によるものに違いない。
ここで部長さんの名前が挙がらないのは、まぁ彼女の普段を知ってるからね。彼女、口と頭は回るみたいだけど、取材なんかはサッパリだったみたいで。ヒラの二人に任せきり。口だけ達者なのも困ったものね……なに? その目は。別に他意はないわよ?
ともかく、小椋さんは普段よりも気合いが入った下調べに驚いたの。彼もオカルト好き部長の元にいて、それなりに調べてきたの。もちろん、蛇玉の話も知ってはいたわ。
けれど、知らない点がいくつもあったのよ。見た目は蛇を何匹も集めて丸めたよう。見つめていると徐々に大きくなる。
──そして、名は
と、まぁそんな具合に微に入り細に入りまとめられていたわ。
そうこうしている間に、有田さんが部室に来た。彼は彼女に『おう、お前すごいな! いやこんなにシャガンケってのを調べあげるなんて!』 と、労うのだけど──。
『何の話かしら? それは次の記事かしら。まぁそれはお疲れ様』
なんて言うのよ、彼女。
おかしいわよね。自分は当然やってない。だとすると自然、有田さんが知らないとおかしい。部長はアレですものね。けれど言われてみれば、件の草稿は有田さんの字でもなさそう。
この時点で、嫌ぁな予感がしていた。なんか嫌だ、気味悪い。そんな感じでね。
『一応現場でも見に行こうか。ホラ、近場だしさ』
ゲラ──原稿を清書して、校正も入れたあとの見本刷りのことを言うのだけど──それも完成したことだしって、多々良部長がそう提案したの。
乗り気でない小椋さんと、何も知らない有田さんを引き連れて、早速裏山へ。
小椋さんも渋々ながら向かったわ。ギュッと星が描かれたキーホルダーを握りしめてね。かなり胡散臭いお守りだったけど、五芒星は
その日は風が冷たくて、まだ明るいのに妙に寒気がしたの。
なぜだか馬鹿に静かだった。生徒だってまたま部活がある時間なのだから、当然いるはずなのに。
蛙の声がどこからか聞こえてくる。普段から聞こえていたのか、少し気が立って過敏になっているのか。その時の小椋さんには区別がつかなかったわ。
記事のネタ探しで方々を行く皆も、ここは避けていたの。けれど不思議なことに、今日は有田さんも多々良さんもズンズンと奥へ進んでいったの。
突然、足を止める。何もなく、なだらかな山に囲われた、すり鉢のように窪んだところで。……えぇ、何もなかったのよ。その瞬間まではね。
小椋さんはハッと気づいた。
小高くなった丘にポッカリと空いた穴、その暗がりの奥にそれはいた。
何十匹じゃとても足りない、大量の蛇が絡まったようなおどろおどろしい塊。緑色ののたうつ触手が、艶のある粘液に塗れた体を震わせていた。
そして、その奥に爛々《らんらん》と輝く巨大な眼を認めた。
あっ、と思った時には一番近かった有田さんが絡め取られていたわ。彼女が声をあげる間もなく、手と足がかろうじて見えるくらいに巻きつかれていた。
『う、うぅぅううああああああ!』
やっとのことで叫びをあげて、お守りを投げつけたわ。……まぁ効果はあったかわからないわね。そのまま多々良さんを連れて逃げだしたから。
後日、警察沙汰になり裏山は立ち入り禁止。懸命な捜索活動も虚しく、有田さんが帰ってくることはなかったわ。……そうよ、それが話の前に見せた地方誌の記事ね。
ちなみに、新聞部はその後、入部希望者もおらず人数不足から廃部になったわ。
そこでやっと、小椋さんの中で点と点がつながったわ。
元々がおかしかったの。
そう、まだ居たのよ、部員が。その人が、きっとそのもう一人がシャガンケを調べていたのよ。そして跡形もなく消えた。あらゆる記録からもすべて綺麗さっぱりとね。
それはそうよね。だって例の原稿、多々良さんも有田さんも、小椋さんだって心当たりがないのだから。
『きっと、まだいるんだよな。いなくなったヤツってさぁ……』
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「やまいくん、これにてお
後日談だとかの細かい話もあるけれど、それは蛇足というものね。と四十内さん。
はぁ……と知らず感心半分呆気半分の溜め息が漏れていた。良くも悪くも、どこか素人臭さの漂うネット怪談の読後感に似ている。わたしは、怪談に
「行方不明になった生徒がいて、当時は蛇の化け物のせいだって噂が流れていた。時を経てそれを調べた新聞部がその蛇玉に遭遇し、部員が一人犠牲になった。けど、振り返って考えると明らかにもう一人消えている……」
改めて話をなぞると、荒唐無稽がすぎて嘘臭い話である。それに、聞き終えた今も大きな疑問が残っている。
「結局誰だったの、ヤマイくん……」
蛇玉の名前にしては、人名すぎる。てっきり最後は行方不明だった生徒がでてきて、それがヤマイくんだというオチだと予想していたが。
「あら、人名じゃないわよ?」
あっけらかんと四十内さんは言ってのける。そして置いていたシャーペンを手に取る。
「区切りが違うのよ。ヤマイくんでなく、
七不思議を書き連ねていたノートにシャーペンを走らせる。『山』『遺訓』。
「
ゾッと冷たいものが走り、背筋を伸ばす。
「お、おぉ。いいね、なんか。オカルトっぽいどんでん返し、嫌いじゃないよ」
消えていたもう一人、語り部の名前、タイトルと三段階にオチがありすぎて落ち着かない話だった。
「ま、お約束的なものね。かなりテンプレートを詰め込んだ話にも思えるわ」
空々しげに切り捨てる。やはり四十内さんがホラー・オカルトを好まないというのは、楽しめないというのが本音らしい。本当は『じ、実は……怖いの』系だと少し疑っていた。
「……これ、聞いた人のもとにその蛇玉が……みたいな流れじゃないよね?」
「まさか。そうじゃないわ」
その言葉に胸を撫で下ろす。
「はぁ〜、よかった。怖いのは好きなんだけど『聞いた人のところに……』系のは苦手でさ」
不幸の手紙とかカシマさんはズルだ。話の内容というより、身の危険を感じてしまう。
あり得ないと頭でわかってはいても、その片隅に『もしかして……』がチラつく。現実でその"もしかして"にハマるシチュエーションに陥ると、もうどうしようもない。
時計をチラと見れば、話し始めてから二時間近く経っている。熱中するあまり気がつかなかったが、もうとっくに帰る時間だった。広げていたノートを閉じ、ペンケースも鞄に放り込む。
「ただ、話さないといけないわ」
「え? 」
四十内さんの言葉に、ノートを片していた手が止まる。
「言ったでしょう? 彼らを語り継ぐための話だと。聞いた以上は話さないとならないわ」
「え……?」
わたし、知らないうちに巻き込まれてた?
今回の議決『五芒星万能説、立証』