どこまでも突き抜ける空。日差しは強く、風は柔らかい。
どこまでも続く一本道を馬で駆けてゆく。その道は緩やかな下り坂で眼下に木々が広がった。ミラは、右に大きく緩やかに弧を描く坂道を疾駆する。自慢の黒髪を強く風にたなびかせ、黒瞳は坂道の行く末を見つめた。
遠くの木々の合間に赤茶色の屋根や、周囲を一望する物見櫓に骨太な丸太を無数に並べた森との境界線、つまり壁面をが見えてくる。
ミラは「シラク村?」左斜め後ろを疾駆するグラドに確かめる。日差しの強さのせいなのか、黒瞳が随分ときらきらとして見える。しかし表情はどこか虚な印象も受けた。
「おう! あれがそうだぜ」グラドが叫んだ。酒は呑んでいない。
月詠の湖で拾われて以来、白の吟遊詩人とは会っていない。
なぜ自分が湖畔で倒れていたのか、その理由は聞かされていない。ただあの女性は「自分の思うように生きなさい」と云っただけだった。思うようにって何? その言葉を想い出す度に、そんな風に考えた。記憶もない何もない自分が思うようにって一体全体、どうすれば。
グラドもアイシャも優しかった。
口にしたことはなかったのだけれども、本当の両親のように思っている。だから、いつかやってくる別れの日の為に、叔父さん、叔母さんと呼んだ。本当の父親というものが居るのであれば、勿論のこと、会いたいしその胸に飛び込みたい。母にしたってそうだ。でも、どうなのだろう。本当にそうなのかミラは、邂逅の土壇場で心が揺らいでいた。
それが私の『思うように』なのか?
長い旅路は終わろうとしているのに、未だわからずじまいだ。
「どうしたミラ?」馬を並べたグラドがミラに訊ねた。
「ううん、なんでもないよ」とミラは努めて明るく答え「早く行こう!」と愛馬へ早駆けの合図を送った。
轟々と風が耳元で逆巻く。だいぶシラク村の全景が見えるようになってきた。緩やかな坂も、曲がりも、終わりを告げようとしていた。しかし、グラドが何故か目を細め顔を顰めた。
「速度を落とせ、ミラ」
いつになくグラドが真剣な声でミラを制止したのだ。右手を横に振り上げ手を何度も上下させ「なんか嫌な臭いがしやがるぜ」と手綱を握り直した。
一瞬の出来事だった。
視界が刹那の間に暗くなると、ドドドドド! とシラク村の方から耳をつん裂く轟音が轟いたのだ。黒煙が立ち昇り周囲を薄暗くした。赤や黒の繊条が黒煙の中を動き回りバチバチと遠く離れた二人にも聞こえるほどに鳴り響かせた。駆った馬はそれに驚き、大きく嘶くと両脚を天高く振り上げ、あわや二人を振り落としそうになった。
興奮した馬の動きに逆らうことなくグラドは何度もその場で回頭をし、なだめながら西の空に目をやった。ミラもそれに倣い空を見上げた。
黒煙の中へ見え隠れするそれに目を疑った。
木々の頭を悠に越える黒煙の中に見たもの。それは——
大蛇と呼ぶには大きすぎたそれは
「ありゃあ——世界蛇だろ。四つ首のヒドラ。随分と昔にアッシュが斃したんじゃなかったのかよ」
※
アッシュ・グラント達一行は、シラク村に到着をすると護衛をしてきた商隊——シャクールの一団を、ナウファルに引き渡したところだった。
通商ギルドを飛び出していったナウファルは東の広場でシャクールの姿を認めると駆け寄り、無事を確かめあった。しかし、そんな感動の場面もナウファルが切り出したシャクールの娘アスリーヤの安否に及ぶと、一変した。
親類の中でもアスリーヤの美しさは話題にのぼることが多かった。
ナウファルはそれに目をつけ、彼女と王都フロンの軍閥貴族ターヴィ・グラハム伯爵の息子との縁談を持ちかけていたのだ。何番目の妻でもよかろう。王都との道筋を持つことはナウファルにとって重要なことだった。
だが、その術が絶たれた今、怒りの矛先は弟に向けられ、その弟は云うに事欠き、助け出せなかったアッシュ達が無能だったのだとナウファルをけしかけた。
でっぷり男のナウファルは夏の日差しの中、顔を真っ赤にし汗を垂れ流し、ありとあらゆる罵声をアッシュに浴びせた。口角に泡をため、唾を飛び散らす始末だ。
真正面からそれを聞くアッシュはといえば、理不尽な叱責に堪りかね前へ躍り出たアドルフとエステルを黙って制し、ナウファルの言葉を受け止めている。
エステルはそれに「アッシュなんで黙っているの!?」と興奮気味に云ったのだが、アッシュは黙って頷き、エステルに微笑むだけだった。
そして空を見上げた。
アッシュはこの光景を遥か昔に見たことがあるのではないかと思い返していた。
しかし、それは一向に記憶の引き出しからは探し出せない。でも、それでも心の隅に燻る消失感、虚しさ、やるせなさ。それには覚えがある。
心の隅で燻る火種をアッシュは丁寧に拾いつめ、朧げな心象の型にはめ込んでいく。
記憶は引き出せない。しかし、ぼんやりとした頭の中の白紙は、心象の型に焚べられた火種に炙られ何かの絵を浮き彫りにする。
七色に輝く湖。祭壇。そこに寝転がる女と、それを貪る魔術師。
女は双眸から涙を流していた——痛ッ!
アッシュは鋭い頭痛に刺され顔を歪め、そしてぼんやりと口を開く。
「すまなかった。
何に謝ったの? エステルは目を丸くしアッシュの顔を見つめた。
確かに今、アッシュは「俺」と口にした。そしてここ数年の間は聞かなくなった口振りだったようにも思えた。茫然としたアッシュは空を見上げたまま、また黙ってしまったから、その真偽はわからない。
「そうだ! お前達が無能だからアスリーヤは——だが、それはもうどうでもいい。この落し前はどうつけてくれるんだ」
「あ、兄上、もうそれ以上は——」
弟のシャクールはここまでの道中でエステルの身分を、そこはかとなく勘付いてはいて——死んだと噂を耳にしていたはず——最初は黙って聞いていたが、さすがに行き過ぎた暴言に慌てふためき始めた。万が一にもエステルが、自分が知るエステルと同じなのであれば、おおごとだ。
「お前は黙っていろ!」とナウファルはそれにビシャりと蓋をしたが、それでも喰い下がる弟へ「なんだ、どうしたと云うのだ」と怪訝な表情を向けた。
そこへエステルは、ずいっと前に出ると「お互い、嫌な兄上を持つと苦労するわね」と声音低くシャクールに視線を投げた。
「でもね、うちの次兄は少なくとも人の命に敬意を払うわよ。長兄は知らないけれど」と、アッシュの腰に刺された狩猟短剣を素早く引き抜き手慣れた手つきで、くるりとそれを回し握りしめた。
それにアドルフは目を見開き「エステルさん?」と思わず声を挙げてしまう。
しかし、それは抑止にはならず赤髪の姫は、そばかす顔に今は鋭い目を光らせ、刃をナウファルの二重顎に軽くあてがったのだ。
「いいこと? ここに居るアッシュ・グラント、アドルフ・リンディ、ブリタ・ラベリ。彼らはあなたの弟の尻拭いをしたの。でも残念ながら、アスリーヤさんは
エステルが刃に少しばかりの力を込めると、ナウファルの顎下から細い赤い筋が流れていった。
「アドルフは云ったわ。娘さんを亡くしたのだから仕方がないと。でもね、あなた達の言葉を借りるのならば、それはね、私達にとってはどうでも良いことよ。わかる? あなたが、この落とし前を云々なんて理不尽を云うのなら——」
この場であなたを殺すことが、少なくとも、それは私がつけられる落とし前よ。
最後の言葉は終ぞ口を突くことはなかった。
肩に触れる馴染みのある手の厚さに温度を感じたからだ。それはアッシュの手。それ以上は口にしては駄目だとエステルに静かに云うようだった。
「エステル、ありがとう。もう大丈夫です」
すっかり
「ナウファルさん、そういうことなので僕たちはもう行きます。あなた達にはあなた達の事情があるのでしょうが、彼女の云う通り、それは僕達には関係のないこと。行き掛けの駄賃でしたし、シャクールさんから提示頂いた報酬も勿論要りません。それで良いですね?」
ナウファルは腰を抜かし、地べたに腰を落とすと噴き出した汗を拭うことも忘れ、鋭く自分を見下ろすアッシュの視線を受け止めていた。しかし、幾許かの時間が過ぎるとナウファルは顔を歪め、足をジタバタとさせ「お前らお前ら! 俺を誰だと思っている!」と裏返った声で絶叫する。
今となってみれば村の東広場には随分と人だかりができており、この騒ぎを見守っていた。いや、今晩の酒場での話題にと野次馬に集まった酒豪達の方が多かった。それを知っているナウファルは自分の面目は丸潰れとなり、地の底に堕ちたことを悟ると、今度は自分の地位が揺らいだことに怒りを覚えたのだ。
明日迎える朝とは、この醜聞が村中を駆け巡った後の朝ということになる。
夢が潰える瞬間とは、いつでも、こうやって夢に誠実さを欠いた時なのだ。
夢に活かされ夢に鼓舞され前を向く。大志とは夢とは達成するものではなく、死ぬまで肩を組み共に歩く唯一無二の友であるのだ。
ナウファルは決定的に今、その友を裏切ったのだ。
嗚呼、ここまでか。
絶叫したナウファルであったが、もうそれ以上は口を閉じ空を眺めた。
遠くで何かが突然に轟音を立てたような気がした。
どうなのだろう。それは音をたて崩れ去る心の残響か。はたまたは描いた未来を打ち砕く、自分の中に巣食った悪魔の高笑いなのか。いずれにせよ、仰いだ空を覆い隠す何かが目に入ったのだ。あれはなんだ? ナウファルはぼんやりとした目で周囲も見回した。
弟が何かを叫んでいる。取り巻きの人々は蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。
逃げろ?一体これ以上、何から逃げろと云っているのだ。
逃げられる先はもうどこにも無いだろうに。
もう一度、空を仰いだ。
ナウファルが最後に目にしたのは、空から降ってきた崩れ去った建物の一部だった。
※
ミネルバ・ファイヤスターターは肉塊が消え去るのを見届けると、今では共に立ち並ぶ狩人と聖霊に視線を戻し、周囲を見渡す。
奇妙な僧兵共は相変わらず姑息と自分の挙動に注意を払いながら、何やら唱えている。魔導師は更にその輪の外で傍観を決め込んでいる。ああ、もっと混沌としてちょうだい。殺し合いなさい。阿鼻叫喚の光景を私のために繰り広げなさい。さあ、早く!
ミネルバは心中そう口にしていくと、どんどんと目を見開き、瞳孔を絞り、今一度閉じた口をだらしなく開いていく。
すると、その言葉の絶頂と共に、ライラ達ではなく僧兵に向かって跳んでいったのだ。ミネルバは空中でくるりと一回転をすると、それを迎え撃った僧兵の目の帯を引き裂き抱きついた。そして、息を瞬時に深く吸い込み首筋へ喰らいつく。
それでも声を挙げない僧兵は、ミネルバを振り払うように身を翻したのだが、突然に差し込んだ陽の光に均衡を崩したのか、別の僧兵に身体を当て転げてしまった。
嗚呼!
叫びながらミネルバは転げた僧兵の首筋から顔をあげると、次にはその男の黒装束を引き裂き裸体を晒し再び叫んだ。
「この私に怨嗟の声を捧げなさい! 私は強欲の獣、魂の隅々までを喰らいつくしたいの!」そしてミネルバは手刀を掲げ、寝転んだ僧兵の胸にそれを埋めたのだ。ゴポゴポと嫌な音が聞こえた気がする。
窪んだ胸から噴き出る鮮血を浴びミネルバは恍惚とし、手をゆっくりと引き抜く。
そこには未だ脈打つ心の臓が握られ、幾つかの管も心臓に纏わりつき身体から引きずり出される。それはまだ心臓がその身体のものだと証明をしていたが、ミネルバは管を更に手刀で薙ぎ払い斬り落とした。
強欲の獣は全てを捧げろ、怨嗟の声に至るまでの全てをと云っていた。
それが意味する全てとは、文字通り何もかもなのだろう。
だから、痛みの絶叫を挙げることもなかった僧兵に苛立ちを覚えたのだろうか。
とうとうミネルバは脈打つ心臓を掲げ握り潰すと、それを喰らったのだ。
※
「うえぇぇ」
苦悶の声を挙げたのはライラだった。口を抑えその場に座り込んでしまう。
それを横目に見たロアは「ライラ・リンパル。どうしたのですか? 大丈夫ですか?」と、静かな顔で訊ねていた。
「ご、ごめんなさい。こんなに生々しいとは思わなくて」
ライラはミネルバの常軌を逸した蛮行から目を背けロアに答え「あなた、あれを見て大丈夫なの?」と訊き返す。
「ええ、私達聖霊はご主人様の趣味? いいえ計算に合わせて余計なレンダリングを致しません。ですので、あれが生々しいかと訊かれると、ちょっと何を云っているのか分かりません」
ライラは、そこはかとなく下に見られているような気持ちになり、眉を引き上げロアを見据えた。だがしかし、純粋そのものなロアの瞳にそれには他意はなく語彙の問題なのだろうと納得させられた——ライラの頭に『天然』の二文字がよぎった。
「ところで——ご主人様って誰よ?」ライラは気を取り直して別に気になった言葉へ質問を投げかける。
「ええ、乃木
「ちょっと待って」
「はい?」
「なんで実名がエンコードされないのよ?」
「ああ、だって私は選ばれた種族ですから」
「めんどくさ。まあいいわ。それでそのご主人様は生きているの?」
「勿論。もっともちょっと特殊な状況ですけれどね。ご主人様は鈍臭いのですよ。っと来ますよ!」
※
ミネルバは血塗れの姿でゆらりと立ち上がると、瞬く間に動き出す。
残りの僧兵二人の首筋に喰らい付き躯を投げ飛ばすと、今度は——今では赤黒い輝きだけとなった瞳をゆらゆらと燃やし、ライラとロアを目掛けて一足飛びに跳んで来たのだ。
ライラはロアの前に出ると、ミネルバの手刀を掴み投げ飛ばす。
それに強欲の獣は宙で身を翻し、地を蹴り前傾姿勢のまま再び飛び掛かってきたのだ。ライラは、この刹那の挙動に面食らい、片手半剣を振り上げるのが間に合わず、思わず柄頭でミネルバの顔面を撃ち据えた。
それに勢いを殺されたミネルバは、立ち尽くすと頬を抑え「私の顔に傷を付けたわね、この雌豚。許さないわよ」と腹の底から声を挙げる。
「あんたね、人のことを豚豚豚豚って失礼よ、強欲婆が」
売り言葉に買い言葉。
ライラは心底不機嫌にそう云い退けると、ロアを背に数歩分を後ずさる。すると、横目に魔導師レトリックの姿が見えた。ライラはそれに目を向けると「ちょっとあんたも手伝いなさいよね。何をか弱い女一人に闘わせてるのよ」と苦言を投げつる。
「か、か弱いって誰がですか」レトリックは随分と困り顔でそう云い返すとライラに合わせ、自分も後ろに飛び退く。
「私はあくまでも魔導師ですよ。僧兵じゃないので戦力に数えないでもらいたい。ましてや、あんな化け物——ライラ、気をつけてください! 前を!」
※
嗚呼——そうね。
想い出したわ。この飽くなき欲望の出発点。叶わぬ想い。結末を迎えない為の弛まぬ
魔女は云っていたわね。
あなたは、見目麗しい白銀の狐。強欲な狐。魔女の婿が抱いた羨望への渇望。ただひたすらに愛情を求めた結果だと。
だから私は——。
※
ミネルバは反芻するよう去来する想いを何度も確かめる。
最後には自身を肯定することはなく全てを受け入れた。それは自身に対する寛容か。それとも放棄なのかはわからない。しかし、どうやらその答えを得るのはこの場ではなさそうだ。ミネルバの瞳は瞳孔を戻し静かだった。
そして「余計なことをしてくれたわね魔導師。揺り返しがくるわ」と聞こえるか聞こえない程の微かな声を挙げた。
※
レトリックの声にミネルバへ向き直ったライラは息を呑んだ。
先ほどパナヨティスの肉塊が消え去った宙へ、忽然と黒点が現れ何処かからか空気が派手に抜けていく轟音が鳴り響いたのだ。ミネルバはそれに「ライラ・リンパル。生き残ったのならばまた合間見え、死合いましょう」と下卑た顔をすると、忽然とその場から姿を消してしまったのだ。
「ちょっと! ミネル——」
ライラが、ミネルバを呼び止めるよう手を伸ばそうとしたその時だった。轟音を響かせた黒点が、突然と急速に急激に広がると飛び出して来たのは周囲の家屋よりも、木々よりも遥かに背の高い四つ首の大蛇であった。
大蛇のかぶりの一つは、目にも留まらぬ速さで首を伸ばすと突き出されたライラの左腕を喰い千切り、彼女を家屋のひとつに吹き飛ばしたのだった。
とうとう全身を黒点から露わにした四つ首の大蛇は、溶岩を体内に秘めた禍々しい姿を震わせ、そこらじゅうの家屋、木々、塔を薙ぎ倒した。それはひょっとすると、大蛇の居場所を得るための随分と自分勝手な胎動だった。
かたや吹き飛ばされたライラは、自身の血に塗れ、瓦礫の中で半ば気を失う寸前だったのだが、大蛇が吐き出した息の熱さに肌を燻られ、堪らず覚醒をした。
ごっそりと二の腕から持っていかれたライラは「ぁぐうう」と苦痛の呻きを漏らす。
腕の付け根を抑え瓦礫の山を降りたのだが、襲いかかる体内からの電撃痛に耐えかね転げ落ちてしまう。
「ライラ・リンパル。しっかり」
駆けつけた聖霊ロアは、ライラのなくなった腕の跡を目にすると「部位欠損。早く再生をしないと気を失ってしまいます」と静かにライラに云うのだが、それどころではないライラはようやく「腕は?」と短く答えた。
「ええっとあそこです」ロアが指差したのは、ライラの腕を喰いちぎった、大蛇のかぶりだった。「もう、最悪」ライラは恨めしそうに飄々としたロアを見つめそう云った。
※
なんだって云うのですかアレは! 回帰の法が魔導災害を引き起こした? いや、聞いていたのとはまるで違いますね——ではアレは一体……。導師フェルディア、あなた達は一体何をしようとしているのですか……。それにこの
どさくさに紛れ、魔導師レトリックは、まだ打ち崩されていない家屋の影に飛び込み、四つ首の大蛇からだいぶの距離を取った。
何もかもが裏目に出ているように思え、気が滅入ってしまっていた。
それにこの騒動だ。
自分は一体、なんのためにこの引き金を引いたのだろうか。
そこはかとなく、心の拠り所を無くしたような気になりレトリックは物陰の壁に背を預け座り込んだ。そして、ゆっくりと黒煙に塗れた空を見上げた。
「ああ、お前達。私はどうすれば——」