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Ragnarok#7_ディープ・インパクト②




 白の吟遊詩人は、街の胸壁を後にすると<アスタロト砦>を目指し北へ伸びる下り坂を走った。白の軍馬を駆ることはしなかった。というのもアオイドスはできる限り、見かけた<外環の狩人>へ声をかけ、本当に死にたくなければシンクロオフをしろと云って回ったのだ。


 しかしだ。

 アオイドスが「駄目ね。皆、感覚が麻痺ってる」と溢した通りで、大概の<外環の狩人>は白の吟遊詩人を訝しげに眺め「あんたも、お宝を狙ってるんだろ?」と火事場泥棒よろしく、すっかり人の気配が消え失せた商店などへ雪崩れ込む者もいた。

 竜の咆哮から逃れた<外環の狩人>のなかでも、そういったの持ち主は、周囲に広がった惨状の中へ希望の光でも見たのだろうか。

 吟遊詩人に云わせれば、その光は刹那の価値である。だからこそ軽んじ、平然と奪うのだろうか。いや、ともすると彼らはに永遠の価値を見出していて、だからこそ執拗に収奪するのかもしれない。

 金に類する価値は幻想であると云うのにだ。


 目に余る蛮行に憤慨をした吟遊詩人は最初のうちは、それを制止し酷ければ魔導の蔦で<外環の狩人>を縛りもした。だが、あちこちで繰り返されたに、ほとほと疲れを見せたアオイドスは「屑は何処に居ても屑ね」と街道を外れ家屋の屋根へ脚を向けた。そして、たーん、たーんと軽やかに数軒の屋根毎に足を弾ませ、風が吹き抜けるよう砦を目指した。


 吟遊詩人の瞳は魔術の蒼を滲ませ、砦を中心に広がった悪夢のような光景を、はっきりと脳に映し出した。「酷いありさまね」アオイドスは顔をしかめて云った。

 すると右手——つまり東——に見えた<アスタロトの足跡通り>で、大きな魔力の膨らみを感じた。次の屋根を踏むまでの間、吟遊詩人はそちらへ意識を向けると、蒼の魔力の筋が南から北へ幾重も伸びた。

 何事かと少しばかり、通りを眺めると北へ伸びた筋と並走するように何人もの戦士が、アオイドスと同じよう屋根を伝い北へ疾駆した。彼らは緑に輝くを弓を携えていた。「ランドルフ?」とアオイドスは云ったが、直ぐに「違うわね。彼の部下ね」と、今まさにアークレイリ軍と激突をした<牙旅団>の勇姿を目にすることができた。


 そう思うと今度は、通りから少し離れた所から随分と甲高い音が尾を引いたのがわかった。ピイイイイイイ! と鳴ったのは北の戦士たちが好んで使う伝達手段<音鳴り石>だった。

 たーん、と屋根を踏み鳴らし次の屋根に跳んだアオイドスは眼下へ数十騎の騎士の姿を認めると、騎馬の進路を西の監視塔の方角だと踏んだ。そのまま監視塔を越え西農業地区へ雪崩こまれると多くの居住区が広がっている。だから、この場で叩いておくかとも考えたアオイドスであったが、西の監視塔には<鷹の目ホークアイ>が出張っていると、アークレイリ騎士にしては珍しく魔術師や魔導師を引き連れた一団を見逃した。

 「でも——まさかね……」それでも一抹の不安を拭い去れなかった吟遊詩人であったが、今まさに砦の尖塔から飛び立とうとする雪竜王ヴァノックの禍々しい姿を見ると、指を鳴らし宙空に顕れた節くれた杖を握り「行かせないわよ」と、今度は瞳を緑に輝かせた。





「おい、あんた達! 大丈夫か?」

 ショーン・モロウは、頭三つは大きな巨魔トロルの頸を左の剣で刎ねるのと同時に、相手の醜く固い皮膚をした右肩へ右の剣を叩き込んだ。巨魔トロルの身体は虚しく前のめりに倒れた。右肩を捕らえた剣は、宙にあったショーンの身体が旋回し着地するのに合わせ左下に綺麗に抜けていた。

 巨躯が大地に沈むと、剣が引いた軌跡から酷く生臭い黒ずんだ鮮血を吹き上げた。よく見れば身体は斜めに切断され血を噴くと分断された。


 ショーンが、その巨魔トロルを斃さなければ肉塊になっていたのは、目の前で腰を抜かした——もしくは巨魔トロルに、こっぴどく叩かれ立ち上がることのできない狩人の戦士と女魔導師の二人だっただろう。

 すっかり立ち上がることも、ままならない狩人へ「格上とやる時は、下手に頸を狙うと直ぐに足元を掬われるんだ。それこそ足元がお留守になっただろ?」とショーンは笑ってみせた。

「ああ、助かったよ」へたり込んだ戦士はショーンが差し伸べた手に引き上げられると、女魔導師に肩を貸した。

 二人は北の砦に向かう途中だった。

 しかし街のあちこちと入り込んだ魔物に取り囲まれたのだ。

 自分達を取り囲んだ魔物は三十は居ただろう。最初は数匹の土鬼ノーム鉱石喰らいドゥエルガルを相手にしていた筈なのだ。だが、気が付けば四方を取り囲まれ、いつの間にかに姿を現した巨魔トロルが振り上げた錆びた大剣に膝を折った。そして、あわや絶命の危機に瀕したところをショーンに助けられたと云うわけだ。


「あんたら、北の砦に向かうつもりだったのか?」

 双刀の剣術士は、そう云うと今度は屋根の上から矢を射かけてきた数体の鉱石喰らいドゥエルガルへ短剣を投擲し、見事に眉間へ突き立てた。「で? そうなのか?」


 相棒から癒しの魔導を施されながら戦士は「ああ。あんたも緊急レイドに参加するんだろ? あそこで死んでいたら参加できないところだった——助かったぜ」と、どこか腹落ちのしない感じを滲ませたが、そう云った。

 恐らく、負った傷が呼び込む痛みに違和感を感じているのだろう。ショーンは眉をへの字に肩を竦ませると「痛いよな、それ? でもまあ、それでも大分軽減されてはいるようだけれどな」


「なんの話し?」女魔導師が云った。

「北には行くなって話さ。んで、大人しくシンクロを切れって云ってるんだ」

「助けてもらったのには礼を云うぜ。でもな、そこまで云われる筋合いはないだろ、おっさん」戦士はショーンの言葉に態度を緊張させると、凄んでみせた。


「ああ、そうだな。筋合いはねえな。だけどな、お前みたいのでも、死なれたらコッチの仕事が増えるんだ。手間をかけさせんなクソガキ」

 ショーンは二刀を腰に戻すと、次には短剣を呼び出した。戦士の胸ぐらを掴むと短剣を首に突き立て「それにな。俺はおっさんじゃねえ。お兄さんだ」と凄んでみせた。


「やってみろよ。俺たちの血盟が黙ってないぞ」

「あのな。薄々わかってんだろ。この状況がどうもおかしいって——なあ、ええっと、ああ、ジセル。あんた……ロジェの傍に居るのか? 居るなら、騙されたと思って一回シンクロを切ってコイツの身体を確かめてみろ。背中が血だらけの筈だ……」


 ショーンはそう云うと、ロジェと呼ばれた戦士を、女魔導師——ジゼルの方へと突き放した。「とにかくだ。緊急レイドだかなんだか知らねえが、緊急なのはお前らの命だ。いいか? 俺みたいな素敵なお兄さんの云うことはきいておいて損はないぞ」

 珍しくショーンは焦っていたようだ。

 それもそのはずだろう。

 視界の外から大きく禍々しい影が蠢き、生暖かい風が吹き荒れたのだ。


「お行儀良く座ってらんねえかな、あの蜥蜴様は」

 小高い丘に見える<アスタロト砦>。

 その尖塔に座した雪竜王ヴァノックが六翼を大きく上下させると、今まさに飛び立とうとしていた。「これ以上、狩人をぶっ殺したら本当に洒落にならねえんだ。今でも大騒動だってのに……お!」

 言葉尻に感嘆を漏らしたのは、白い影を見たからだった。

 白い影——白の吟遊詩人はショーンから少しばかり遠くの屋根から大きく最後の跳躍をすると、握った杖を大きく振りかぶるところであった。





「まだ、あんな所で油を売ってる」

 アオイドスは最後の跳躍で強く革の長靴を鳴らし、眼下に流れた景色に見知った影を見かけると呆れ顔で云った。

 だが、その気になれば、あの双刀の剣術士は立ち所に砦の中庭へ向かうことが出来るだろう。そう思えば、吟遊詩人は自分の仕事を粛々とこなすことに集中をした。

 宙をほぼ弓形に跳んだ吟遊詩人は、生暖かい風が跳躍の慣性を奪うのを確認すると雪竜王が飛び立つ寸前の姿を捉え大きく杖を構えた。

 すると緑の風が吟遊詩人を包んだ。

 雪竜王が巻き起こした風に跳躍を殺された筈であったが、魔力の風がアオイドスを運び、遂には数多くの狩人が焼死をした砦の中庭へ送り届けた。「酷い……」

 アオイドスは続けようと想った言葉を呑み込み、かぶりを振ると「行かせないわよ」と杖を両手で握り直し瞼を静かに落とした。


 吟遊詩人は瞼の裏へ嫌と云うほどに焼き付けた雪竜王の姿を浮かべる。


 蒼白く輝く無数の鱗。それは挙動に合わせ透き通ると、体躯の裏に流れる緑や赤や青の無数の筋を見せた。

 首と胴の区別は、どうだろう腹を膨らませた蛇のような体躯で明確には判らなかったが、細長く前に突き出た鼻面を目にするまでに小袋のような膨らみがある。

 雪竜王が体躯をもたげ、死の雪混じりの炎を吐くときは小袋が青白く輝き顎下まで膨らみを見せる。膨らみが限界に達すると眼下で騒ぎ立てる<外環の狩人>達の、凍え焼け爛れた姿が数多く産み出された。

 <竜の息>を放つときは、その小袋の膨らみが膨れた腹にも広がり青白く輝く。


 四脚のうち、前の二脚は腕のようだったが尖塔へ座す時は全ての脚で蜷局とぐろを巻く巨躯を支えた。もっとも、そんな非常識な図体が比較的に小さな脚だけで支えられる筈もない。

 アオイドスは、その非常識を支えると思しき六翼を強く瞼の裏へ浮かべた。

 翼と云うにはあまりにも柔らかで、巨大な海月くらげを砦程に引き伸ばしたようで、大きく緩やかに波打つ羽衣を想像した。

 翼が大きく動けば「ひょおおおんひょおおおん」と奇妙で惚けた音を鳴らし、蒼や緑の粒子を撒き散らす。きっとその一連の動きが巨躯を支えるのだ。つまり魔力で身体を支え、そして空を翔ぶ。だからだろう。雪竜王が飛び立つときには不自然に生暖かい風を巻き起こす。魔力の奔流が引きつれる爆風と同じものだ。


「よし——」

 アオイドスは、ゆっくりと瞼をあげた。「——悪いのだけれど、その気色の悪い蜥蜴面をどけてもらえるかしら?」

 クカカカカ、クカカカカ——かつての雪竜王は言葉を持った。だが、今アオイドスの眼前にまで降ろされたヴァノックのからは、そんな奇妙な鳴き声が聞こえた。これではまるで獣だ。


「無惨なものね。

 おおかた<傲慢>に唆された。そんなところなのでしょ? 何を代償に人で在ることを捨てたのかしら。

 そうね——ヴァノックの元型アーキタイプは気高き獣だったし、神と呼ぶに相応しかった。でもね、アッシュは彼をそう呼ばなかったし、その役目を与えなかった。何故だか判る?

 この世界を魔女に蹂躙されないよう、あなた達を産み出した。だからね彼にとってのヴァノックやオルゴロス、エキトル。あなた達は、すべからく彼の仲間だった。だけれど、アッシュは失敗をした。私はその姿を明確には見てはいないけれど、ロアはその刻を鮮明に記録していた——彼の後悔と共にね」


 相変わらず奇妙な鳴き声を漏らし、かぶりを傾けるような素振りを雪竜王は見せた。アオイドスは、竜の巨大な鼻面へそっと手を添えると「だからね、今のあなたと云う存在を許すわけにはいかない」

 私はあなたを知らない——アオイドスは小さく呟いた。「この世界は私の世界ではない。でもね……ああ、ごめんなさい。やっぱりいいわ。アドルフに怒られちゃう」吟遊詩人は小さく笑ってみせた。


 雪竜王は吟遊詩人が最後に溢した言葉へ——理解をしたようには見えなかったが——苛立つよう奇妙な鳴き声を大きく挙げ頸をもたげ、ギロリとアオイドスを見下ろした。


 そして竜は再び大きく六翼を動かした。

 先ほどよりも大きな風が巻き起こった。

 純白の外套がばたばたと旗めく。

 それに合わせ吟遊詩人の脚元へ緑の渦巻が浮かび上がり、大きな円環を描いた。「云ったでしょ。許さないって」


 アオイドスは静かにそう云うと、杖を大きく動かし宙空へ円を描く。

 杖の頭は緑の線を宙にひくと軌跡は消えることなく、次第にぐるぐると回転を始めた。最初はゆっくりとした回転であった。そのうちに緑の速度が増すと、バチバチと音を立て始め青く輝く線もそこへ混じった。「引きずり降ろしてあげる」

 アオイドスは、そう小さく云うと高速回転をする大きな円を杖の頭で器用に動かし地面へそっと降ろした。


「後は頼んだわよ、色男」





「あんたによく似た女魔術師は、空に浮かんで大物を縛ってたな——なんか関係あんのか? ってないわけないな!」


 通りから白い影——アオイドスを見たショーンは砦へ急いで向かっていた。どうやら難なく砦に到着をしたのだろうと気楽に考えたが、雪竜王がアオイドスの姿を追うように頸を降ろしたのに気がつくと「くそ!」と短く吐き捨て急いだのだ。

 胸壁を離れる際、アオイドスが施した身体強化が、思いのほか効いているようで、先ほど宙を素早く軽やかに跳んだ吟遊詩人と同じく屋根伝いに移動ができた。

 そして最後の跳躍の刻には、眼下で吟遊詩人が何やら魔術とも魔導とも判らない、魔力の発露を見せたのだ。

 アオイドスの言葉が頭にも響くと、魔力の発露は中庭いっぱいに大きな円環を描き、耳を覆いたくなる程の轟音と共に大地を揺らした。

 ショーンが口にした言葉が意図したところ。

 それは、その円環が大地を揺らし無数に吐き出した、一つの輪が人の体躯ほどもある鎖が雪竜王を引きずり降ろしたことに起因した。


 大地が吐き出された大鉄鎖。無数の鎖は決して無闇やたらにそうではなかった。

 吟遊詩人が想い描いた雪竜王の姿は、綺麗に大鉄鎖が巻かれ大地に繋ぎ留められている。無数に吐き出されたそれは今や吟遊詩人の想い通りに竜を縛るため、大蛇が獲物に喰らいつくよう、無数の姿を伸ばしたのだ。


 ショーンは凄まじい音をたてながら飛び出した鉄鎖と並走し、いや並び翔ぶと次には器用に鉄鎖へ足を降ろした。

 そしてショーンは剣を二本抜き放ち、前傾姿勢で疾駆する。その姿は豹のように軽やかで、ぐんぐんと伸びる鉄鎖が波打てば、それに身体を合わせ決して足を離すことはなかった。

 とうとう全ての大鉄鎖が竜を縛ると、アオイドスは杖を振り上げ「落ちなさい!」と、今度は杖を重々しそうであったが、勢いよく振り降ろした。

 ヴァノックはそれに苦悶の鳴き声を荒げ、かぶりを夜空に振り上げ踠いた。突き上げられた顎がばっくりと開き、苦悶のひと鳴きごとに青白で赤々とした閃光を撒き散らすと、夜空で固まり身を寄せ合った暗雲達の姿を斬り裂き、月の姿を覗かせる。そして、最後には大きな音をたてヴァノックの巨躯が<アスタロト砦>へ落とされた。


「あなたの知っている魔術師は——答え合わせは、この贋作を屠ってからで良いかしら?」

「ああ、勿論さ! 美人さんの秘密は大好物なんだ——」


 宙から引きずり落とされたヴァノック。

 その巨躯があった宙にショーンの姿はあった。

 引き裂かれた雲が落とした青白い月の光がショーンとヴァノックの間へ線をひいた。

 大鉄鎖に縛られ六翼の自由を奪われたヴァノックであったが、尻尾と前の二脚は健在だ。憎々しくショーンの姿を見たヴァノックは、片腕を伸ばし鋭く研ぎ澄まされた爪で捕えようとするが、双刀の剣術士は、それを器用に踏みつけ、膝を大きく曲げた。「——ぜ!」と、吟遊詩人への回答の続きなのか、気合いの一声だったのかは判らない。が、兎にも角にも声を挙げると、自身の身体をヴァノックの顔面に向けて蹴り出したのだ。


 引き伸ばされた刻が流れた。

 大弓から撃ち出された矢のようだったショーンだが、身体を大きく捻り、肘を少しばかり畳むと二刀を平行に構えた。

 ヴァノックが苦し紛れに放った左腕がショーンに迫った。「随分と器用に動く蜥蜴野郎だな!」そう云うとショーンは、あわや身体を捉えようとした竜の左手を、捻った身体を弾くように戻し、剣で斬りつけた。

 奇妙な鱗を喰い破り二刀が肉に突き立てられた。

 ショーンはそこへ体重を乗せ、身体を抱え込むように畳むと勢いを殺さず、剣を押し出すように先程とは逆の方向へ身体を捻った。

 竜の腕はそれに弾かれ、再びショーンの身体が宙へ浮かんだのだが再び竜の腕を足に捉えると「もう、一丁!」と、やはりヴァノックの顔を目掛け身体を弾きだしたのだ。


「本当、非常識な戦闘ね。私が出る幕、あるのかしら? ——」


 そもそも、このような巨躯との戦闘なぞ現実世界であっては想像することすら難しいだろう。そのような前例は無いのだから。仮に有るのだとすれば、それはディスプレイの向こうか銀幕の向こうだ。

 アオイドスは肩を竦め杖をしまった。そして指を鳴らすと、今度は小ぶりな杖を手にし雪竜王が踠き苦しむ砦の本丸——だった場所へ駆け出した。「——あんなのが、現実世界に出ていったら、それこそ大騒ぎ……それは、考えすぎか」





 雪竜王ヴァノックが、吟遊詩人の大鉄鎖に縛られた頃——南から市街へ入ったフリンフロン軍は<中央城塞>を越えた。

 先陣を征く元帥カイデルは、北の轟音に目をしかめたが「ダフロイト警備隊が連れた貴族たちの護衛に一個中隊を向かわせろ西から出て、サスカチュワンで匿うのだ」と周囲を見渡し的確な指令を下した。

 同じ頃、カイデルが危惧した他国の要人への被害。それを最小限に止めるべく、ルカが放った魔力の狼との合流を果たそうとランドルフ隊は西へ向かった。北はクリストファー達に任せておけば大丈夫だろう。

 確かに西区画は比較的に戦火が及んでいない。だが、雪竜王の魔力に惹かれ雪崩れ込む魔物のことが気になったのだ。西区画には大きな水場——湖と呼ぶには小さかったが——がある。

 英雄譚で語られたヴァノックとの戦いでは、その水場から大量の魔物が湧き出し、人々へ甚大な被害を与えたことも語られたのだ。


水魔馬ケルピーの大群に出会したら——ルカの狼だけでは護りきれないだろうな」

 西中央の街道で一個中隊を率いたランドルフは右斜前方へ広がった、小湖を目にした。「ん? 向こうで戦端が開かれているのか? ——ルカからの報告は?」

 こちらから見れば対岸に位置する湖畔で戦闘が進行する形跡——土煙や青白い閃光が飛び交う様子だ——を認めたランドルフは、傍に佇んだ魔術師へ訊ねた。「いいえ、そのような報告は何も」


「だとしたら、不味いな」

 ——ランドルフ隊は街道を外れ、湖畔を目指した。




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