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第39話 襲撃と接触(2)


 ぎゅっとアヤセのコートを掴めば、ふわりと彼の匂いに包まれる。

 アヤセの戦っている姿を見るのは……正確に言えば、戦闘というものを間近で見るのはこれが人生初めてのことだ。


 映画フィクションなんかじゃない。切り裂くように肌を掠める突風は紛れもない現実リアルだ。

 思わず後ずさりしそうな右足を叱咤するようにコートを強く握りしめる。



 『大丈夫だよ、イブ』

 『そうだよイブ。心配しないで、今日のマスターはすごく理力リイスに溢れているから負けないよ』



 宥めるようにふわふわの毛玉達は唯舞いぶの頬に顔を寄せた。綿毛のような毛並みは温かくも柔らかくて少しくすぐったい。

 元気に目を輝かせたノアがぎゅっと前足に力を入れたかと思えば、唯舞の周囲を円を描くように幾本もの先の鋭い氷柱が大地から突き上がって、戦闘からこぼれた全ての攻撃を跳ね返す。



 『うん、お陰で僕らの調子も絶好調! 今度はちゃんとイブを守るから安心してね!』

 「…………今度は?」

 『っノア!』



 まるで以前、あったようなノアの言いように、叱責するようにブランの声が飛ぶ。

 次の瞬間、唯舞の問いは激しい戦闘音の中に消えてしまった。


 リドミンゲル皇国の精鋭部隊は、リーダー格とそれを補助する二人の男を除いて微動だにしていない。

 恐らく任務で一番重要なのは唯舞を自国まで連れ帰ることだから、残りの二人は、ただひたすらに唯舞を攫うチャンスをうかがっているのだろう。

 ゆえにアヤセは三人を相手に戦闘しつつ、残りの二人にも気を張る必要があった。



(しつこい連中だな。しかし、これ以上威力は上げられない)



 アヤセの実力ならば敵を圧倒することは容易だ。だがそれは、戦闘が許された最前線区域の話であり、力を最大限発揮できる場があることが大前提なのだ。

 ザールムガンド帝国ならいざ知らず、ここは完全中立のレヂ公国の自然公園でありそれを破壊することは例えアヤセであっても許されない。


 ザンッとまるで瞬間移動でもしたような速さで目の前にリーダー格の男が迫る。

 アヤセを下から覗き込むように現れた彼は、布の向こう側で気味の悪い笑みを浮かべているのか三日月の瞳で間合いを詰めてきた。


 その機動力を見るに彼が風の理力リイスを操るのは間違いようがない。アルプトラオムで言えば管理官ランドルフ・テナンと同じ属性にあたり、お陰でその機動力の厄介さはよく分かっている。


 アヤセは前方に氷壁を展開して、そのまま追撃するように氷柱を撃ち放った。

 咄嗟に真後ろに飛ぶ男の前に補助役の一人が躍り出て、横一列に薙ぎ払えばパラパラと氷の粒が空中に舞って空に溶けていく。



 「……さすがは悪夢アルプトラオム。幾度も我が軍を押し返すだけのことはあります」

 「そうだな、ここが前線ならば一気に片付けて終われるんだが」

 「勘違いしないで頂きたいのです、我々に戦闘の意志など微塵もございません。ただ異界人聖女様でもあるかの御方にご帰還頂きたいだけなのです」

 「実にふざけた言い分だな。その異界人とやらが帰還するとしたら元の世界だろう。自国の為だけに他の世界に干渉するなど愚かしいにもほどがある、子供でも分かりそうなことだ」



 侮蔑の言葉を捨てればぴくりと男の表情が僅かに歪んだ。何か言いたげではあったが全て飲み込むように彼は目を閉じる。



 「惑星や精霊に尊崇の念を持たずに、理力リイスの乱用をしているザールムガンドの方に言われると実に遺憾ですが、まぁ良いでしょう。交渉は決裂のようです。元々、我らの目的は聖女様おひとり。聖女様さえ我が皇国にお戻りになれば、世界は救われるのですから」

 「…………なんだと?」



 自国リドミンゲルではなく、世界が救われるのだと男は語った。

 それを疑問視したアヤセの問いに男は何も答えない。


 横に並んだ補助役に合わせるよう、今まで微動だにしなかった残りの二人が動き出す。

 ふわんと部隊全員を覆うように風の理力リイスが付与されれば、リーダー格の男はアヤセから目を離さないまま、一列に横並びになった残りの部隊に対して静かに口を開いた。



 「全ては母なるイエットワーのために。――聖女様をお連れしろ」



 ひりつく戦闘独特の空気がアヤセの肌を刺す。

 来る。音が後から追随するほどに早く。

 それを分かっているからアヤセは全身一部の隙なく理力リイスを纏わせた。


 そしてアヤセが理力リイスを纏った次の瞬間、リーダー格の男以外の全員が解き放たれた疾風のごとく、唯舞の目の前に迫っていた。


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