「――……ッ!?」
目の前に現れたフード姿の男らを前に
コートは握りしめたまま、目を大きく見開いて、呼吸が一度止まった。
「唯舞!」
「!」
強張った体にはっと酸素が戻って思わず停止していた呼吸が戻る。
唯舞に伸ばされた手は決して届くことなく氷壁と氷柱に弾き返されたが、連携で一か所を攻め立てられれば氷壁がわずかに削られた。
「ち……!」
アヤセは忌々しげな視線を目の前の男に向ける。
決して配慮というわけではないが、唯舞の前であまり血を見せる気にはならなかったというのに。
だからこそ、こうしてちまちま相手をしていたのだが、このままだと埒が明かない。
負けることなどはないが、不意でも突かれて唯舞を奪われたら元も子もないのだ。
「唯舞、目を閉じろ! 俺がいいというまで開けるな!」
それだけ言えば唯舞は反射的に目を閉じた。
氷壁はまだ問題ない。
ならば――
アヤセは瞬時に自身の背後を狙うように空に四本の氷剣を作り上げると、視線を逸らすことなく唯舞の周りに群がる敵に向かってノールックでそれを撃ち放った。
いくつもの濁った声と共に頸椎から喉を貫くように氷剣が突き刺さる。五
どさりどさりと倒れる音を背後で聞きながら、手元のグリップを握り直して目の前の男に向かい合えば、彼はひどく冷めた目をしていた。
「やれやれ、本当に愚かしいのは一体どちらなんでしょうか」
「くどい!」
逆架裟斬りの要領で斬りつけた氷剣は風圧に阻まれ、リーダー格の風の
こうなった以上、生き証人を作るわけにはいかなかった。
一刹那で編み込んだアヤセの
氷は男の体を容赦なく貫き、翼を失った鳥のように地面に撃墜した彼は真っ白な衣をじわりじわりと赤く侵食させていく。
ひゅうひゅうと喉が鳴って、肺に重篤な損傷を受けているのは明らかだった。
「ふ……ふふふ……」
男は空に向かって手を伸ばす。
落ちた衝撃で体の内も外も粉砕しているというのにまるで痛みがないかのように楽しげに笑う。
「召喚……の、儀は……やはり、成功……していたのだ……ッが……は……ぁこれ、で……救われる……我らの信仰が……星と大、地よ……わが祖……国に……幸あらんこ、と……ぅぉ……」
吐血にむせながらも男の声色は明るかった。
隙間風のような細い呼吸音は次第に枯れていき、最期に大きく目を見開いたかと思ったらぱたりと重力のまま腕がこぼれて男はもう二度と動かない。
「…………人の人生を犠牲にした救いとは笑わせる」
アヤセは男の亡骸を一見しただけですぐさま唯舞の元に向かった。
氷壁に守られているとはいえ彼女の周りにも四体の遺体が転がっているのだ。
見えていなくとも、音や臭いでどんな惨状かは理解しているだろう。
「…………唯舞」
びくりと唯舞の肩が震え、周囲には鉄くさい臭いが僅かに漂っていた。
「まだ、目は開けるな。場所を移動するから触れるぞ」
アヤセにしては珍しく許可を求めれば、一拍置いてから唯舞が小さく了承の意を示す。
先ほどとは違い、背中と膝裏に手を差し入れてゆっくり抱き上げれば、遠くから近づいてくる人の気配と声に、コート越しの唯舞の頭が不安げにアヤセの肩口に寄せられた。
「――やはり、アヤセ君だったか」
声の方角に視線をやれば、アヤセの想定通り、レヂ公国治安維持部隊を引き連れたアーサーの姿がある。
本来ならば一国の大公である彼が来る必要などないのだろうが、今回は小規模とはいえ氷の
本来、一般的な氷の
アーサーは周囲の惨状を見るなり、苦々しく苦笑した。
「リドミンゲル皇国か……イブさんは無事かい?」
「外傷的には問題ありません。…………申し訳ありません、アーサー様。一応市街地は離れたのですが」
「うん、分かっているよ。街から離れてくれてありがとう。リドミンゲルが間諜を紛れ込ませていたのは分かっていたことだから私のほうで片付けよう。ただ、少し話を聞かせてくれるかい?」
同意に頷いたアヤセは唯舞を抱いたまま、アーサーの後に続く。
道すがら彼は周囲の片付けと遺体の処理を指示し、そのまま草原の先に止めておいた車までアヤセと向かうと、アヤセ達と共に居城まで戻っていった。