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第41話 日いずる国、黄金の国ジパング


 車の中でコートを取られ、アヤセから目を開けていいと許可が下りた唯舞いぶはそっと瞼を持ち上げる。

 なんだか、熱に浮かされたように視界がぼんやりとしていた。


 もやめいた頭の中に浮かんだ形容しがたい最期の呻き声と地面に崩れ落ちる音、そして風に吹かれて鼻に届いた鉄のにおいを思い出して唯舞は顔を陰らせる。



 (……分かってる。ここは、日本じゃない……)



 深く息を吸って、深呼吸するように吐き出せば半透明の意識はクリアになった。

 ――分かっている。ここは戦争が日常化した世界で、唯舞は今、帝国軍に……最前線部隊でもある特殊師団アルプトラオムに所属しているのだ。

 非戦闘員とはいえ、いつか人の生き死にに関わる時が来ることは分かっていたことだ。


 気遣ったアーサーが別室で休むかい? と提案してくれたが、唯舞は首を横に振り大丈夫です、と伝える。

 あまりにも非現実的過ぎて理解が追い付いていないというのが正解かもしれない。



 「……その本はどうしたんだい?」



 謁見室ではなく、談話室に通された唯舞達がソファに腰かけたところでアーサーが尋ねてきた。

 唯舞の胸元には無意識にも抱きしめるように純白の本が抱えられている。



 「……古本市で見つけた、封本です。今まで何年もの間、封印が解けずに古本屋を転々としていたものらしく、彼女が封印を解きました」



 一瞬反応の遅れた唯舞をフォローするようにアヤセが口を開き、慌てて同意を示すように唯舞もこくりと頷く。



 「封本、か。それはまた不思議な縁もあったものだね。……イブさん、その本を見せてもらう事は可能かな?」



 思案するようにアーサーが唯舞に視線を向ければ唯舞はどうぞと本を差し出した。

 背表紙には一切何も書かれず、表紙に赤い丸と大きな山、そして花びらの散る木が描かれている異国情緒めいた純白の本は、タイトルと思われし場所に"日いずる国、黄金の国ジパング。その名は?"という言葉が記されているだけだ。


 一国の大公でもあるアーサーにもまったく理解出来ないが、思えばこれを見た時も同じ感想を抱いたなと二人に悟られぬよう懐かしげに本を眺めた。

 かつてアーサーがこの純白の本を見たのは、かれこれ、13年も前のことである。



 「……何のことか私にもさっぱりだね。もしやこれは異界……いや、イブさんのいた世界の事かい?」



 アーサーの言葉にアヤセの視線も唯舞に向いた。

 はいと小さく答えた唯舞は少しだけ訂正を加える。



 「正確に言えば、私が住んでいた国のことです。今はそう使わない古称ですが……」

 「なるほど。ではこの封本は、本当にイブさん以外の同郷の人間が残したのだね」



 ありがとう、と返された本を唯舞は大事そうに受け取った。

 自分以外の過去の異界人が残した、今一番、唯舞の知りたい情報を秘めていると思われる本である。



 「……その表紙にも意味があるのか?」



 アヤセの言葉に唯舞は少しだけ切なそうに微笑んで、まだほんの一カ月ちょっとしか離れていない祖国を懐かしむように表紙を撫でた。

 手描きで描かれた表紙は、決して上手いとは言えないけど味があって、なにより温かみがある。



 「全部……私の国を象徴するものなんです」



 描かれていたのは太陽を模した日の丸に富士山。そして一本の桜の木だ。

 季節はまだ冬に入ったばかりだというのに、この薄桃色の花びらを唯舞はとても恋しく思ってしまった。

 あの日までは冬が過ぎ、春になれば当たり前のようにみんなでこの花を見られるのだと、そう思っていたから。

 そう考えたら涙が浮かんで、唯舞は耐えるように一度口をつぐんでから深呼吸した。


 この世界にも、あの薄桃色の木は存在しているのだろうか。

 もしも、もしもこの世界でもあの美しくも儚い花を見つけてしまったら。


 その時はきっと、人目もはばからず泣いてしまうような…………そんな気がして。



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