ゆるやかに閉まる玄関ドアは
「……っ、ふ……」
昨日から泣いてばかりだ。感情が表に出にくいのが自分の強みでもあったはずなのに。
ぐっと手の甲で口元を覆ってなんとか耐えようとするけど、強張った体の力は中々抜けなかった。
「唯舞」
アヤセの声が
「……今日はもう休め。明日と明後日は元々
「……。はい、ありがとうございます」
アヤセはエドヴァルトが落とした土産の紙袋を拾い上げてカウンターに置くと、そのまま唯舞のスーツケース片手に、行くぞと声をかけて二階への階段を上っていく。
彼の背中を追いながらも、唯舞の涙は中々乾くことがなかった。
階段を上り、部屋の前まできた唯舞はロックを解除して、ひとまず礼を言おうと振り返ったところでふいにアヤセに抱き寄せられ戸惑う。
前回と同じように、片手で肩口に抱かれるとふわりとアヤセの香りがした。
「……中佐?」
横目で彼の様子を窺ってみたけど、アヤセは何も言わないし表情も分からない。
ただ何度か唯舞の頭を抱いている左手の指先が、宥める様にトントンと響いた。
(もしかして、慰めてくれてる……のかな)
レヂ公国での事を思い出す。
自分に出来ることは?と聞かれて、そばにいて欲しいと伝えたのは昨日のことだ。
アヤセはそれを覚えていてくれたのだと思うと自然と表情が緩んだ。
(ミーアさんの言ってた身内待遇かなぁ?)
ふふっと唯舞の雰囲気が綻んだことを感じてアヤセはゆっくりと手を離す。
赤くなった目元のまま、唯舞はふわりと笑った。
彼女の感情が薄いなどと思ったのはもう、遥か昔の事のようだ。
だって今の彼女はこんなにも――
「ありがとうございます、中佐」
「……あぁ」
スーツケースを唯舞に手渡せば、就寝の挨拶を残した唯舞は小さく微笑んだまま扉の向こう側に姿を消した。
静かになった廊下に佇むアヤセは一度だけ自身の左手を眺める。
自分の髪質とは違う、唯舞の髪の感触が今もそこに残っていてなんとも不可思議な気分だ。
ただ、あれ以上泣かせずに済んだ事には小さく安堵し、彼女の残り香があるこぶしをそっと握る。あの様子ならば一人にさせても問題ないだろう。
「あれ!? やっぱり中佐だ! 下にスーツケースがあったからもしかしてって思ったんですけど。戻ってくるの早くないですか?」
「……リアム」
階段を上ってきたリアムが驚きの声を上げる。
確か前も似たような状況があったなと思いつつもアヤセは歩み寄って、すれ違うように一階へ向かった。
「昨日、リドミンゲル皇国の襲撃にあった。留まってもレヂ公国に被害が出る可能性があったから大公閣下とも話して先ほど戻ってきたところだ」
「えぇぇぇ!? 襲撃ってイブさんは無事なんですよね?!」
「誰にもの言ってるんだ。当たり前だろう」
土産があると一言言えば、リアムはとんぼ返りするようにアヤセの後をついてくる。
カウンターに置きっぱなしにした紙袋を手渡せばリアムは元気な礼と共に中を見て目を輝かせた。
「わー! これ、公国のベリーフィナンシェじゃないですかー! しかも特産のレヂベリー! え、まさかこれ、中佐が選んだんですか!?」
「……俺じゃない」
「ですよね! さすがはイブさんですっ!」
「……」
唯舞がお土産として選んだのは公国名産のラズベリーやストロベリーが使われた焼き菓子・フィナンシェだ。
バターの豊潤な香りとベリーの甘酸っぱさが大変人気らしく、リアムもエドヴァルトも甘い物が好きだからと選んでいた。
何故そんな事を知っているんだとちょっと思うところもあったが、そこは何も言わずに財布役に徹したアヤセは褒められるべきだろう。
「あ、そういえば少佐たちから24日の夕方には戻ってくるって連絡ありましたよ」
「……そんな時期か」
前線にいる残りのアルプトラオムのメンバーが戻ってくる。
普段は別々に行動することが多い彼らだが、
なので必然的にあちらに行っていたアルプトラオムも全員戻ってくることになるのだ。
早速ベリーフィナンシェを食べて幸せそうにしていたリアムが満面の表情で笑った。
「今年はイブさんもいますし、楽しいパーティーになりそうですね、中佐!」
「……はぁ」
リアムのその言葉にアヤセは頭痛がしそうだった。
なぜなら
いい歳して毎年アルプトラオム全員に全力で祝われるというアヤセにとっては悪夢のような一日なのだ。