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第54話 集結!アルプトラオム


 カフェテラスでリアムと朝食をとり、ついでにそのまま二人で買い物を済ませたらあっという間に時刻は昼。

 帰宅して宿舎の玄関ドアを開けたリアムが、驚きに小さく声をもらした。



 「あら、リアム――! 相変わらず今日も可愛いわね――!」

 「うわわっ、だからいきなり抱きつかないで下さいってば少佐!」



 買い物袋を落としかねない勢いでリアムに突進してきたに、唯舞は一拍分、理解が止まった。



 (……少、佐?)



 目の前にいるのは緑色の髪を高めのポニーテールにした妖艶なだ。

 垂れ目がちな深緑色の瞳に目の下の泣きぼくろ。艶めいた唇もなんとも色っぽくて。


 だが、唯舞の軍服と同じ、上襟下襟ともに広めのジャケットの奥……胸元までボタンの外された襟付きシャツから見える膨らみは女性特有のものではない。

 なんならちょうどいい感じに鍛えられた、大胸筋。そう、大胸筋なのだ。ならばあれは胸の谷間ではなく、谷間は谷間でも大胸筋の谷間なのだ。



 (男、性?)



 脳内がパニックになっている唯舞に、あら、と美女? が目線を向けてくる。

 その甘やかな流し目を浴びた唯舞は、珍しく一瞬でぽんっと顔を赤くさせた。



 「貴女がイブちゃん?」

 「は……はい……っ」



 リアムを雑にほっぽり出して唯舞に近付いた美女? はにっこりとあでやかに微笑む。

 甘いけど決して嫌じゃない香水の香りがふわりと漂って、アヤセ相手でも繕えた唯舞の表情が、彼女? の前では崩れそうになった。



 「初めましてね。私がカイリ・テナンよ。よろしくね、イブちゃん」

 「み、水原唯舞です……! よろしくお願いします……っ」



 こうして見れば確かには男性だ。喉ぼとけもちゃんとあるし、骨格も違う。

 だが立ち振る舞いがあまりにも女性的で、そしてなによりも美しくて、唯舞は動揺のあまり日本名を名乗ってしまう。

 そんな唯舞を見てカイリは笑みを深めてぎゅっと抱きしめた。



 「!?」

 「やだ、顔赤くしてイブちゃん可愛いわね~大丈夫よー取って食いはしないわ」

 「カァァイィィリィィィ!」



 抱きしめられたのも束の間、聞き慣れた声がべりッと乱暴にカイリから唯舞を引き剝がす。

 見上げればそこにいたのは鼻息荒い、いつものエドヴァルトだ。



 「も――! 帰って早々唯舞ちゃんをたぶらかすな! お前のその色気は女の子には毒なんだよ!」

 「あらヤダ、ごめんね? エド。いつも女の子達奪っちゃって」

 「ホントだよ! なんで毎度毎度女の子をかっさらっていくんだよお前は!」

 「仕方ないじゃない。こんな男くさい奴らより私のほうが魅力的なんだもの」



 ね、とカイリに微笑まれれば唯舞も反射的にこくりこくりと頷いてしまう。

 それを見たエドヴァルトは絶望だと言わんばかりに頭を抱えた。



 「くそ……唯舞ちゃんまでカイリにやられた! これだから会わせたくなかったんだ……! ずっと前線にいて帰ってこなけりゃいいのに……!」

 「やだエドったら酷いわね。あんな所にずっといたら乾燥でお肌が死ぬじゃない、あぁいう男っぽい荒業はアンタ達がしなさいよ」

 「ふざけんなこの戦闘狂! お前が誰よりも前線が似合うだろうが! オーウェンもカイリを止めろよ!」

 「あぁ? お前、カイリだぞ? 俺が止められるワケねーじゃねぇか」

 「そこを止めんだよ! なんの為に筋肉ついてんだよ!」

 「そりゃイイ女を抱くためだな」

 「なんなのもうお前まで!」



 地団駄を踏む勢いのエドヴァルトを、唯舞はもの珍しげに眺めた。

 アヤセやリアムの時とは違う、そう、すごくやりとりが何だか新鮮で。


 カイリに気を取られていたが、ソファーには体格も筋肉も最高に仕上がった筋骨隆々の精悍な男が昼間から酒を煽っている。短く切りそろえられた髪は赤桃色ビビットピンクで赤い瞳がとても野性的だ。

 彼は唯舞に視線を向けると軽く手を上げた。



 「よぉ、嬢ちゃん。オーウェン・リンドレアだ。エドが迷惑かけただろ、悪かったな」

 「なんで迷惑かけたことが前提なんだよ! っーか俺の酒を飲むな!」

 「ミーアが飲んでいいって言ってたぞ?」

 「いいわけあるか! とっとと返せ!」



 肩息荒くオーウェンから酒を取り上げると、エドヴァルトは疲れたようにそのまま別のソファーに沈み込んだ。



 「……帰って早々、相変わらずうるさいなお前らは」

 「あら、あーちゃん! ランディ、もう引継ぎ終わったの?」

 「うん。というかうるさ過ぎだよ大佐。部屋まで声が聞こえてた」

 「えぇぇぇ……なにこれ全部俺が悪いのー?」



 げんなりするエドヴァルトの声を無視して、一階奥の部屋からアヤセと一緒にやってきた儚げな金髪の青年はそのまま唯舞の元までやってきて手を差し出す。



 「初めまして、僕はランドルフ・テナン。一応、リアムの先輩」

 「あ、唯舞・水原です。よろしくお願いします」



 会釈をすればランドルフは小さく目を見開いたが、うん、と返事を返してくれた。

 アルプトラオムで彼のような物静かなタイプはなんだか珍しい。


 そうしてこの日、唯舞は初めてアルプトラオム全員と顔を合わせることになったのだ。



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