「あいか、牽制頼む!」叫んだ進也は駆け出した。
「あいよ!」かわいくも威勢のいい返答の一瞬後、火球がいくつも飛ぶ。進也の進行方向、迫るゴーレムの四本腕の二本に激突。腕の勢いが減じて、進也はゆうゆうとそれらを回避した。
魔力暴走が近かった柚季の処置を終えて、三人は、ダンジョン最奥部の一室へと入った。すると地鳴りがして、壁からゴーレムが出現し、戦闘が始まっていた。
ゴーレムの腕の、二本がなおも迫る。進也はガントレットで覆った左手を振るった。
ガギン。鈍い音がしたが、ダメージはもらわなかった。ゴーレムの左パンチの軌道を変えた形だった。
残った右が、唸りを上げて降ってくる。前に跳んで前転。すんでのところで回避し、ゴーレムの股をくぐり抜ける。
素早く振り向くと同時に、右拳を振るった。左スネの裏にぶち当たり、ゴーレムはぐらりと進也側にバランスを崩す。
すかさず右アッパーを振り抜いた。背中にヒットし、ゴーレムの身体はふわりと浮いた。するとバシビシッ。ゴーレムの腹側から衝突音がした。視認はできないが、音から判断するに柚季が二本のブーメランを命中させたのだろう。
(ここだ!)進也は全力のストレート。こちらに倒れてきていたゴーレムの背面に、クリーンヒットする。
ズゥゥン! 地響きのような轟音がして、ゴーレムは崩れ落ちた。
「橘さん、グッジョブ! 助かったよ!」叫びながら進也は、ゴーレムを注視し続ける。慣性でわずかに動いていたが、やがて完全に動きを止めた。
すると柚季が、そろそろとゴーレムに近づき始めた。まだ警戒している様子で、形の良い眉をわずかにひそめている。
カタリ。不自然な物音がゴーレムから聞こえた。進也は背筋がゾッとする。
ゴーレムが立った。信じられないぐらいすばやい挙動だ。機能停止が迫って、リミッターが外れでもしたのだろうか。
両腕を頭上で組んだ。すぐさま振り下ろす。直下には柚季の頭。
進也は駆けた。右手で柚季を突き飛ばす。
柚季は転んだ。しかし、危険領域から逃れた。
すぐに進也は、左手を頭上にかざした。
ゴギガン! ただならぬ音が自分の左腕と頭蓋から響いた。すぐに激痛が来る。気が変になりそうな痛みだった。
(がっ!)進也は耐えきれず。地に膝を突いた。あまりのダメージに立ち上がれず、身体を地面に投げ出す。地面からの特大の反発力を受けた両足も、骨が折れたとしか思えない違和感があった。
進也が苦しんでいると、頭上でドガバシ! ドオゥンンン! と何回か音がした。直後にゴトッと音がして、視界の端にゴーレムの左手が入る。
両脇と膝裏に何かが触れた。人の腕の感触だった。次に進也は、自分の身体が浮き上がる感覚を得る。あいかと柚季が、協力して自分を運んでいるようだ。
運ばれた進也は、十歩ほど離れた場所で下ろされた。視線の先では泣き顔のあいかが、グスグス言いながらカバンからビンの容器を取り出していた。
あいかはフタを開き、中の液体を振りかけてきた。緑色の光の流れが、進也の身体に降り注ぐ。
だんだんと腕、頭、両足の痛みが引いていき、身体に力が戻った。
回復した進也は、立ち上がった。視線の先には、バラバラになったゴーレムがいる。進也が殴打された直後のあいかたちの連撃で、完全に崩壊した様子である。
(何とか勝てたか。しかし、危なかったな)ほっとした進也は、顔を仲間のほうに向けた。
ぎゅっと、誰かが右手を握ってきた。あいかだった。
「ぐすっ……。よかったぁ、無事だったぁ」とあいかは心底、安心した様子だった。よほど心配だったのだろう、大きな両目は涙でいっぱいで、鼻を何度もすすっている。
安佐北あいかは十六才。進也や柚季の一つ下で、身体は小さく華奢である。栗色の髪はセミロングの長さで、ゆるくふわふわと小さな顔の周囲に広がっている。愛らしい目は人懐っこい印象で、全体的に小動物感がある女の子だった。
「本当にごめんなさい。私が油断したばっかりに、香坂君がひどい目に遭って……。というか香坂君、いつもそんな感じで……。もうなんて言ったらいいか」
目を伏せたまま、柚季が申し訳なさそうに謝罪してくる。
「いや、別にいいよ。一番、丈夫な俺が、盾役になるのが適材適所だし。あと二人は、魔力の暴走だなんだで精神すり減らしてるだろうしさ。他で辛い思いは、できるだけさせたくないってのもあってだな」
進也は、思いを率直に口にした。あいかと柚季はふうっと、微笑を浮かべた。心配の色はまだ感じられたが、それ以上に強く感じるのはいたわりと感謝だった。
「まあ何にせよ、今回も乗り切れて良かったな。みんな待ってるだろうし、帰るか!」
進也は、努めて明るい声で言った。あいかと柚季は応じるように、笑みを大きくする。