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第9話 崩れゆく幻想

達也はその場で凍りつき、端正な顔立ちが一瞬にして陰りを帯びた。


拓真は信じられないという表情で、勢いよく達也に向かって拳を振り上げた。「ひどすぎる!どうしてこんなことができるんだ!」


達也は手を出さなかった。


「やめて!」拓真がさらに暴れそうになるのを、私は必死に引き止めた。「拓真、やめて!ごめんなさい、全部私が悪いの!」


拓真は怒りを抑えきれず、「そんなはずない!君はあんなに優しい人なんだ!絶対、彼のせいだ!」と言い放つと、再び達也に殴りかかろうとした。「達也!今までお前と争ったことなんてない!権力も地位も全部お前のものだ!一体何がしたいんだ!」


達也は終始、ただ黙って立ち尽くしていた。


私は必死で拓真を抑えながら、声を振り絞った。「違うの、彼じゃない!私が彼を誘惑したの!私が薬を盛ったの!全部、私なの!」


拓真は動きを止め、振り返る。その瞳にはこれまで見せたことのないほどの衝撃が浮かんでいた。「うそだ……信じない!」


私は覚悟を決め、この茶番に終止符を打つ決意をした。「彼は天城グループの御曹司、あなたはただの跡取りじゃない。」


「ウェディングドレスの試着の日、あなたのお父様がもう次期社長を発表した。メディアも大騒ぎだったし、私が知らないわけないでしょう!」


「それがどうしたの?君は今までそんな地位やお金に興味なかったはずだろ?」


私は虚ろな笑みを浮かべ、澄んだ彼の瞳を見つめた。「たぶん、あなただけが信じてくれるんだと思う。」そう言ってから、私は達也の方へ目を向けた。自分がどんな人間なのか、もう分からなくなりそうだった。


達也もまた、複雑な表情で私を見つめていた。


「そんなはずない!絶対に違う!」

拓真は私の手を乱暴に振りほどき、ふらふらと後ずさる。


「信じない!信じない!うそだ、君は僕を騙してる!」


その絶望に満ちた顔を見ていると、罪悪感で押し潰されそうだった。でも、私は最後の一撃を与えなければならなかった。


「タクデザインはもともと天城グループの子会社なの。初めてデザインを提出したときから、私は……拓真の本当の立場を知ってた。」


その瞬間、拓真の瞳の奥の光が完全に消え、冷たい灰だけが残った。


この事実を知っている人はほとんどいなかった。私が知ったのも、つい最近のことだった。


「拓真、説明させてくれ。」達也が慌てて服を着ながら口を開こうとする。


「黙れ!聞きたくない!」拓真は叫び、部屋を飛び出して行った。まるで魂が抜けたような表情だった。


その姿に、胸騒ぎが走る。


私は慌てて追いかけた――

一瞬たりとも立ち止まることができなかった。


歴史は、あまりにも皮肉な形で繰り返される。


七年前、私は達也のベッドで目を覚ました。


初めての夜、私の戸惑いも若さも、あの嵐の夜、白いシーツの上で赤い花びらのように散った。


あの日、彼は薬に操られて、何度も私を求めた。いったい何回だったのか、もう覚えていない。


どうやって朝まで耐えたのかさえ、思い出せない。


そして、ドアが激しく開かれた。


父も、母も、優美も、理恵も……現れるはずのない人たちが一度に押し寄せてきた。


私は、妹・優美の恋人のベッドに薬をもって入り込んだ女――理恵への復讐のためだった、と。どんなに否定しても、言い逃れはできなかった。


「拓真!聞いて!」私は必死で彼の服の裾をつかもうとしたが、力強く振りほどかれた。


外は雨――冷たい雨粒が頬に痛いほど当たる。


七年前、母も同じように取り乱して外に飛び出した。父はショックでその場に倒れた。


私はどうすることもできず、慌てて服を着て母を追いかけた――まさか、あんなことになるなんて。


「拓真!」


目の前で拓真は車道へと駆け出す。車が稲妻のように行き交う中を。


七年前は、母がトラックにはねられた。


そして今度は、スポーツカーが拓真に向かって突っ込んでいく。


「だめ!やめて――!!」


過去と現実が、残酷に重なり合う。


七年前、母が宙を舞い、地面に叩きつけられて命を落とした。


そして七年後――


「拓真!拓真!やめて!」スポーツカーがすぐそこまで迫り、私の指はもう少しで彼の服に触れそうだった。


その瞬間、何かに取り憑かれたように、私は一緒に死のうと突き進んだ。


「拓真――!!」背後から達也が追いすがり、私の体を強く引き戻した。そのまま彼の胸に倒れ込む。


「ギィィ――!!」


耳を裂く急ブレーキ音が雨の中に響く。


車は何とか止まったものの、拓真ははね飛ばされ、フロントガラスに叩きつけられてから、力なく地面に崩れ落ちた――


冷たい雨の中、あたり一面に鮮やかな赤が広がっていった……

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