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第10話 沈みゆく裁き

東京都中央病院、ICUの前。

私は冷たいベンチに崩れ落ちるように座り込んだ。

瀬川達也は少し離れた場所で、指に煙草を挟み、深く吸い込んでいる。

彼が煙草を吸う姿など初めて見た。暗がりの中で赤く揺れる火が、彼のきりりとした横顔を浮かび上がらせ、ひどく孤独に見えた。


私たちの間には、言葉もなく重苦しい沈黙だけが広がる。

私は顔を上げることもできず、恐怖に震えながら固く閉ざされたICUの扉を見つめていた。


七年前、同じ扉の向こうで私は母を失った。

それから、果てしない苦しみが始まったのだ。


どうして? どうして私じゃなかったの? 罪を犯したのは私なのに。

なぜ神様は、いつも無実の人ばかりを罰するの?


ほどなくして、華やかな服をまとった婦人と、威圧感のある中年の男性が慌ただしくやってきた。瀬川達也が小さく「父さん」と呼ぶのが聞こえた。

ぼんやりと顔を上げると、瀬川拓真の秘書がその婦人に小声で何かを伝えていた。婦人はそのまま私の方へと歩み寄る。


「あなたが藤原晴子? 拓真が結婚したがっていた女性なの?」

彼女は上から私を見下ろし、まるで情け容赦ない裁判官のように私を審判する。


「私……」私は唇を噛みしめる。「申し訳ありません、明美さん。そんな身分ではありません」


「達也さま! 達也さま!」

甲高く耳障りな声が近づいてくる。藤原優美、あのしつこい女がやっぱりやってきた。今夜もまた騒ぎを起こすつもりなのだろうか。


藤原優美は私など見えていないかのように、まっすぐ達也のもとへ駆け寄る。

「藤原晴子に会いに行ったって聞いたけど? どうして拓真がこんなことに?」

達也の顔が一気に冷え込む。

「誰に聞いたんだ?」

「私……」優美はすぐに声を落とし、今にも泣きそうな顔で彼を見上げる。これが彼女の常套手段だ。


明美さんはそのやり取りを聞くと、すぐに達也へと詰め寄った。

「達也、なぜここにいるの? さっきから様子がおかしいと思っていたのよ。拓真がこんなことになったのに、ここで何をしているの? あなたはもう家の跡取りなのよ、まさか……」


「私のせいです! 私が全て責任を取ります!」

私は思わず大きな声を上げ、達也が口を開くのを目で制した。

この家の事情に、これ以上彼を巻き込みたくなかった。


その時、ICUの重い扉がゆっくりと開いた。皆が一斉に駆け寄る。

私は茫然と後ろに立ち、聞きたくない現実から耳を塞ぎたかった。


「患者さんは脳内出血です。今のところ命は保たれていますが、脳幹の反応が非常に弱く、いつ目を覚ますかは分かりません…」


「パシッ!」

鋭い音とともに、頬に激しい痛みが走った。

耳鳴りがして、頭が真っ白になる。


医者の言葉は……つまり、もう戻らないということ?


明美さんは完全に取り乱し、

「責任を取る? あなたに何ができるの? この疫病神! もし拓真が目を覚まさなかったら、あなたに命で償ってもらうから!」


その場は騒然となった。私は何度も何度も頬を打たれ、やがて誰かが明美さんを強引に連れ出すまで、ただ耐えるしかなかった。


私は膝から崩れ落ち、ICUの冷たい床にひれ伏した。まるで世界に見捨てられたかのようだった。

鏡のような床には、乱れた髪と破れた服でみじめな自分が映っていた。


背後で誰かが近づいてくる。分かっている、まだ彼だけはここに残っている。

私はとっさに振り返り、達也の足にしがみついて泣き崩れた。

「どうして? どうして私を止めたの? どうして拓真と一緒に逝かせてくれなかったの? 私がどれだけ苦しんでいるか、知っているくせに……どうして? 達也……私、あなたと出会わなければよかった……」


達也はゆっくりとしゃがみ、冷たい指先で私の顎をつかみ、顔を無理やり上げさせた。

私は絶望しか残っていない目で彼を見つめる。


「誰だって苦しみの中でもがいて生きている。死ぬことはただの逃げだ。お前に死ぬ資格なんてない。お前が死んだら、その罪は誰が償うんだ?」


「俺だって……お前に出会ったことを後悔してる……」

「藤原晴子、お前が俺に負わせたものは、一生かかっても返せない!」


「この先、お前が俺の手の中から逃げられると思うな」

「絶対に、お前に――心の痛みも、絶望も、すべて味あわせてやる。生きていることが苦痛になるほどにな」


彼は私の手を振りほどき、きっぱりと立ち去っていった。

残されたのは、凍りつくような静寂だけだった。

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