タクデザインは瀬川拓真――いや、今となっては瀬川さんと呼ぶべきだろう――が自ら立ち上げ、独自のデザインスタイルでファッション業界にその地位を築いたブランドだ。
私は、デザイナーとして、最初は彼の数多くいるクライアントの一人にすぎなかった。
タクデザインが天城グループ傘下だと誰も知らず、私もまたその事実を知らされてはいなかった。ある日、分厚いデザイン画を抱えてタクデザインに向かった私は、うっかり瀬川さんとぶつかってしまった。
彼は腰をかがめて優しく私を支え、その目元と口元には、春の日差しのような温かい笑顔が浮かんでいた。
あの日、私はまるで新しい扉を開け放ったような気持ちになった。その扉の向こうには、まぶしい光が溢れていた。
その後、私は彼にスカウトされ、持ち前の才能を認められてデザイン部門責任者の座に就いた。
しかし瀬川さんが倒れてしまってから、私は毎日、病院と会社を行き来する日々を送っていた。私たちにはまだ終わっていない大きなプロジェクトがあった。彼が意識を失っても、私は彼のためにやり遂げると決めていた。少しでも時間があれば病院へ駆けつけ、彼のそばで目覚めを待ち続けた。
そんな日々が、ひと月以上も続いた。
そして――
その日も、私はいつものようにオフィスでデスクワークに没頭していた。突然、聞き覚えのある嫌味な女の声が響いた。
「今日から私がこのデザイン部門の責任者よ。皆さん、藤原優美です。よろしく」
私は彼女を一瞥し、鼻で笑ってすぐに作業に戻った。
「藤原さん、聞こえてる?」優美が苛立った様子で続ける。「それから、このオフィスはもう私のものよ!」
「このプロジェクト、あなたにできる?」私は机の上の複雑な図面を彼女の前に放った。彼女の力量など、よく知っている。
優美は私を睨みつけ、顔を強張らせた。
「彼女にできるかどうかは関係ない。」その時、瀬川達也の冷たい声が響いた。「重要なのは、君が降格になったということだ。今からこの部署の責任者は僕。そして君はただのデザイナー、オフィスの掃除やお茶出しも担当してもらう。」
「辞めることはできない。契約はまだ残ってるからね。」彼は皮肉な笑みを浮かべた。
「でも……拓真さんのプロジェクトは……」私は食い下がった。
「君が心配する必要はない。」達也は優美の腰に腕を回しながら言った。「君の次の課題は、世界に一つだけのウェディングドレスをデザインすることだ。」
「私はクラシックデザイン専門で、ウェディングドレスなんて経験ないわ。」私は冷ややかに返した。
「できなければ、この業界で生きていくことは諦めるんだな。」彼は私を見ることもなく言い放った。「猶予は一ヶ月だ。」
「達也さん、嬉しい!」優美は甘えるように達也の腕に寄り添いながら、「私のためにデザインしてくれるの?」と無邪気に聞いた。
「どうだ、嬉しいか?」達也は優しく彼女の鼻先をつまんだ。
「もう、やだぁ。分かってて聞くなんて!」優美は満面の笑みで、私に勝ち誇った視線を投げかけた。
「それが嫌なのか?」達也は不敵に笑い、突然優美を抱き上げて私のデスクの上に座らせた。
二人の親密な様子を見ていると、胃がねじれるような不快感が胸を締めつけた。思わずその場を離れようとした。
「待て!」達也が鋭く制した。「机の上のもの、ちゃんと片付けてから行け。」彼は一瞬間を置き、鋭い目で私を射抜くように見つめた。「そんなに辛いのか?図面、ぐちゃぐちゃにしてるぞ。」
手元を見ると、無意識のうちに設計図を握りしめ、しわだらけになっていた。まるで今の私の心そのものだった。
あの日、彼に言われた冷たい言葉が脳裏をよぎる。
私の心を痛め、砕き、絶望の淵に追いやった。
私は胸の痛みを必死で抑え、黙って荷物をまとめ始めた。動揺で手に汗をかき、何度も物を取り落としそうになりながら、ようやく準備を終えてドアへと急いだ。
「達也さん、もう、こんなところで……みんな見てるし、恥ずかしいわ。」優美が甘ったるい声で言う。
「何を気にすることがある?」達也は冷たく言い放つ。「しっかり見ておけよ。」
私は反射的に振り返った。
達也は身をかがめ、唇を優美の唇に重ねようとしていた。
その光景は、私の限界を決定的に突き崩した。胃の中のものが逆流しそうなほどの不快感がこみ上げる。
「ガサッ――」
抱えていた書類が床に散らばる。
「うっ……」私はドアの枠につかまり、こらえきれずにえずいた。もう止められない。
その瞬間、私の理性に警鐘が鳴った――生理が二十日以上も遅れている!
不安な予感が、全身を覆う。
まさか……私、妊娠したの?