「明美さん、私は……」
どう説明すればいいの?頭の中が真っ白になる。
私が口を開くより先に、瀬川明美は冷たい声で言い放った。
「一億円振り込むから、拓真の子どもを産みなさい。そしてすぐに消えて。二度と私たちの前に現れないで。」
「明美さん、違うんです……」
私が何かを言いかけると、彼女の目がさらに険しくなった。
「なに?お金が足りないって言いたいの?」
「この子は……」必死に伝えようとする。
「まさか、拓真の唯一の血を絶やすつもり?」
明美さんはほとんど取り乱していた。
「彼はいまだに目を覚まさない。あんたみたいな女がこの子に何かしたら、あんたの大切な人をこの世から消してやる!」
ずっと優しい母親だと思っていたけれど、それは勘違いだったのかもしれない。これが、瀬川明美の本当の姿なのだろう。
私は助けを求めるように瀬川達也を見た。
だが、達也は無関心な表情で、まるで他人事のように立っている。
思わず声を荒げてしまう。
「これは拓真の子じゃない!」
「なに言ってるの?恥知らずな女!拓真に顔向けできると思ってるの?」
明美さんは激しく罵り、手を振り上げて私を叩こうとした。
そのとき、達也が彼女の手首を掴んだ。
「彼女の言うことを本気にするのか?拓真の子かどうかなんて、生まれて検査すればすぐ分かるだろ。なにを急ぐ?」
明美さんは不満そうだったが、渋々手を下ろした。
私は達也を呆然と見つめる。この人はいったい、何を考えているの?
返ってきたのは、ただ冷たい背中だけだった。
私は静かに拓真のベッドに近づき、跪いて彼のおでこにそっと指を当てる。
涙が静かにシーツを濡らした。
「拓真、早く目を覚まして……。目が覚めたら、私は全部をかけて償うから……」
「バタン!」
背後で達也が勢いよくドアを閉めて出ていった。
・・・
タクデザイン
仕事終わり、私はまだデスクで図面を描きながら落ち着かない気持ちでいた。
藤原優美のウェディングドレスのデザイン……考えるだけで気分が悪くなる。でも、細かいところで何か仕掛けられないだろうか?そう思うと、少しだけ元気が湧いてきた。
藤原家は布地業界の老舗。私は素材の扱いなら誰にも負けない自信がある。
気づけばもう八時近く。ふと、強い酒の匂いが漂ってきた。
顔を上げると、瀬川達也が現れたばかり。接待帰りらしく、頬が赤い。
彼から離れようと、そっと荷物をまとめて席を立とうとした。
だが、彼は私の肩を強く押さえつけた。
「コーヒーを入れて、オフィスに持ってきて。砂糖は入れないで。」
断れず、仕方なくコーヒーを淹れて彼のオフィスへ。
本来なら拓真の席だった場所は、彼が来てから冷たく厳しい雰囲気が漂っている。パソコンで何か作業をしているようだ。
正直、彼が来てからタクデザインの売上は二割も伸びている。
私はコーヒーを差し出そうとした、その瞬間――
「ザバーッ」
カップが倒れ、コーヒーが彼のズボンの……一番目立つ場所にこぼれてしまった。
私は固まった。どうしよう、最悪だ……!
彼は酒が回っているせいか、ぼんやりと私を見つめている。
慌ててティッシュで拭こうとする。
「す、すみません……」
どうしてこうなるの?神様は私に意地悪なの?
必死で拭いていると、彼が急に私の手を強く掴んだ。
その瞬間、私の顔は茹でたエビみたいに熱くなり、慌ててティッシュを手放した。
帰るとき、達也はまだオフィスにいた。
広いビルの中で、彼の部屋だけが明るい。
私を見ると、まるで他人を見るような冷たい目を向ける。
そして、彼は黙って窓の外の車の流れを見下ろしていた。
その後ろ姿には、どこか孤独な影が差しているように見えた。
私は足を止めず、そのまま帰路についた。