瀬川達也は肩をすくめて、あっけらかんと言った。「なんで彼女と一緒に死ななきゃならないんだ?」
高橋啓介はうろたえた様子で、「お、お前……こんなに大勢を相手にできるのか?」と口ごもった。
達也は口元に不敵な笑みを浮かべ、「考え方を変えてみてもいいんじゃないか?」と答える。
高橋は戸惑いながら、「どういう意味だ?」と問い返す。
「どうせ死ぬくらいなら……お前らと一緒に遊んでやるよ」と、達也はどこか狂気じみた笑みを見せた。
私は信じられない思いで彼を睨みつけ、悲痛な声で叫ぶ。「そこまで私のことが憎いの?」
事態は高橋の予想を遥かに超えていた。彼はしばし躊躇い、「達也さんは東京でも有名なお方ですし、やりたいようにどうぞ……」といって席を譲った。
達也が高橋の代わりに私の前に立ったとき、私は心が真っ暗になった。ここで彼が皆の前で何かするくらいなら、いっそ死んだ方がましだ。
涙が止めどなく溢れ出す。
「いっそ殺してよ……お願いだから」と、私は絶望の中で彼を見上げた。
藤原優美や藤原理恵に嵌められ、長年の苦しみを背負ってきたが、今の彼の仕打ちはその何倍も私の心をえぐった。これはまるで、生きながらにして切り刻まれるような苦しみだった。
達也はゆっくりとシャツのボタンを一つずつ外していく。
高橋や他の連中は面白がって騒ぎ立てる。「達也さん、早くしろよ!皆待ってるぜ!」
達也は一瞬微笑み、眉をひそめて言った。「こんなに大勢に見られてるのは、ちょっと苦手なんだ。もう少し離れてくれないか?」
高橋は疑いもせず、「分かった!みんな、下がれ、下がれ。達也さんが先だ。慌てるなよ、順番だぞ!」と号令をかけた。
男たちは一斉に遠巻きになった。
次の瞬間、達也の身体が私の上に覆いかぶさる。私はパニックになり、叫んだ。「死んでもあんたを許さない!瀬川達也!」
その時だった。達也は突然私を横抱きにして、素早く扉の方へ駆け出した。扉の前で私を下ろすと、手を引いて全力で外へと走り出す。
あまりの急展開に高橋たちも追いかけようとしたが、すぐに大きく引き離された。
追いついてきた数人も、達也の容赦ない攻撃で次々と倒されていく。
こうして戦いながら撤退し、達也はすでに十数人を倒していた。倒れた相手には決して立ち上がる隙を与えず、その分彼自身も消耗し、怪我も増えていく。
高橋が追いつき絡んできたとき、私は達也が渾身の力で高橋の股間を蹴り上げるのを目撃した。高橋は血に染まったズボンで叫びながら地面を転げまわる。その様子を見て、他の男たちも恐怖に駆られ、追撃の足が鈍った。
私たちは必死に逃げ、気がつけば崖の縁まで来ていた。荒れ狂う波が崖下で唸りを上げている。
背後にはまだ二十人以上が迫っていた。
達也は一瞬も迷うことなく、私の手を掴んで海に飛び込んだ。
叫ぶ間もなく、私は波に呑まれた。彼は――泳げないはずなのに!
「ザブン!」と大きな水音。私は水に慣れているので冷静だったが、達也が泳げないことを思い出し、必死で彼を助けようとした。
だが彼は逆に私の手をがっちりと握って離さない。私は何とか彼を水面に押し上げようとしたが、彼は絶対に手を離そうとしなかった。もみ合いながらも、やっと二人で水面に顔を出した。
私が顔を出した瞬間、彼は怒鳴りつけてきた。「藤原晴子!余計なことすんな!溺れたいのか!」
私は呆れ果て、「泳げないんでしょ!助けようとしただけよ!」と反論した。
その時、彼は私をじっと見つめ、疑わしげな視線を向けてきた。そして低い声で問いかけた。「どうして……俺が昔は泳げなかったって知ってる?」
「それは……」私は言葉に詰まった。昔、私が彼を助けたことを言うべきなのか――。
けれど、今は説明している場合じゃなかった。
追っ手はまだ諦めていない。
達也は私の手を引いて、必死に遠くへ泳ぎ出した。夜の闇に紛れて、何とか追手の目を逃れる。そして近くの浅瀬にたどり着き、上陸した。
驚いたことに、彼はすでに泳ぎが達者になっていた。私の取り越し苦労だったのだ。
彼はもう、かつて湖に落ちて溺れていた少年の達也ではなかった。
私も、もうあの頃の純粋な少女ではないのだ。