その夜、私は情けなくも高熱を出してしまった。
瀬川達也は私を自分の別荘に連れて行った。
今回の病はかなり重く、これまで溜め込んできた感情や、冷たい海水に浸かったことも影響したのだろう。私は熱にうなされ、ぼんやりとしか覚えていないが、瀬川達也が専属の医師である斎藤先生を何度か呼んで、注射や薬を処方してもらったらしい。
うっすらと、斎藤先生が彼と長く小声で話しているのを見た気がするが、内容まではわからなかった。
こうして一週間ほど高熱が続き、ようやく体調が回復し始めた。
その日、目を覚ますと、もう深夜のようだった。
瀬川達也はパソコンの前で仕事に集中していたが、私が目覚めたのに気づいて「喉乾いたか?枕元に水がある」と声をかけてきた。
「うん」
いつものような張り合いもなく、私はどう返事をすればいいのかわからなかった。
気のせいかもしれないが、あの日海に飛び込んだ以来、瀬川達也の雰囲気が少し和らいだように感じる。どこがどう違うのか、自分でもはっきりとは言えないけれど。
静寂が部屋を包む。
やがて彼はパソコンを閉じて立ち上がり、私を抱き上げた。
「何をするの?」私はとっさに身を守るように胸元を押さえた。
彼は呆れたように私を見下ろし、「俺が何をしようと、お前が逆らえるのか?」
言葉に詰まる私。
バシャッという音と共に、彼は私を湯の張ったバスタブに放り込んだ。「汚いな。ちゃんと洗え。安心しろ、今日はお前に手を出す気はない」
濡れた寝巻きが肌に張り付いて、体の線があらわになる。
「自分でやるか?それとも俺が手伝うか?」彼は見下ろすように言った。「今さら隠すなよ。お前の身体なんて、全部知ってるだろ?」
顔が一気に熱くなる。普通に言えばいいのに、どうして毎回こんなに露骨なんだろう。
私は一つずつ服を脱いでいく。何度も肌を重ねたはずなのに、こうして裸を見られながら体を洗うのは、やっぱり恥ずかしくてたまらなかった。
「お願いだから……先に出てくれない?」
「そもそも入ってないだろ。どうやって出るんだ?」
「……」
バシャッ、と再び水音がして、彼の大きな体がバスタブに入ってきた途端、水があふれた。
「瀬川達也、今日はしないって……」私は慌てて言った。
「しないって、何を?」彼はわざとらしく聞き返す。
私は唇を噛み締める。この悪魔のような男。
どれだけの時間が過ぎたのか、わからない。
バスタブからベッドへ、夜から明け方まで。
私は何度も意識を失うほど疲れ果てていた。
彼はというと、まるで底知れない体力を持っているかのようだった。朝方、突然けたたましい電話のベルが鳴る。
瀬川達也は私の中から体を離し——この悪魔は、一晩中私のそばを離れなかった。
電話に出て、「もちろん忘れてない。すぐに向かうよ、愛しい人」と言った。
その親しげな呼び方に私は思わず息を呑む。
瀬川達也は私に視線を向け、「今日は俺の婚約の日だ。お前のウェディングドレス、もう用意してある。今日使うから、すぐ帝国ホテルに届ける。十時までに遅れるな」と淡々と告げた。
その口調は、まるで仕事の指示のように冷たく、冬の霜のように心を凍らせた。
昨夜のぬくもりも、すべてが幻だったかのように思える。もしくは、最初から私だけが夢を見ていたのかもしれない。彼にとって私は、ただの欲望の捌け口でしかなかった。
彼だけが、こんなにも的確に私を傷つけることができる。彼の言葉は鋭い刃物のように、私の心に突き刺さった。
聞きたいことは山ほどあった。なぜ、そこまでして私を助けるのか。
どうして地獄に突き落とすくせに、何度も手を差し伸べるのか。
なぜ——?
結局、私はその言葉を喉から出すことができなかった。
ただ、心の奥が流血しているような、息ができないほどの痛みに襲われていた。