帝国ホテル、メイクルーム。
藤原優美は私の姿を見るなり、数秒間も固まっていた。
「一週間も行方不明になって、藤原晴子、あなたの仕事ぶり、本当に“熱心”ね。」優美は、どうにかしてその目に浮かぶ憎しみと悔しさを抑え込んだ。
「どうしたの?仕事に支障でも出た?ウェディングドレスはとっくにデザインして、オーダー部門に渡してあるわ。」私は手に持っていたドレスを優美に投げ渡し、彼女に近づきながら声を潜めた。「残念だったわね、私、死ななかったから。」
優美は怒りで足を踏み鳴らした。
その時、瀬川達也がドアを開けて入ってきた。彼は私たちを見ると、眉をひそめて言った。「まだ終わらないのか?早く彼女に着せてやれ。」
私は手のひらをぎゅっと握りしめ、仕方なく優美にその純白のドレスを着せることにした。胸が締めつけられるように苦しかった。
優美はわざと嫌味を言う。「スカートの裾がしわになってる、早く直して。」
私は反射的に達也のほうを見たが、彼はスマホを見つめたまま、顔も上げずに言った。「言われた通りにしろ。」
深く息を吸い込む。私はまだ期待してるの?何度か関係を持っただけで、彼が私を大切にしてくれるとでも?
私は身をかがめ、片膝をついて、彼女のスカートの裾を丁寧に直した。
優美は得意げに体を左右に揺らしながら、上から私を見下ろしている。そして、わざと私の体を押しのけ、私は床に倒れてしまった。彼女は嬉しそうに達也の腕にしがみつき、「達也様、行きましょう。」
達也はその場に座ったまま動かず、「先に行ってお客さんの対応をしてくれ。俺は彼女と話がある。」
「達也様!」優美の声が急に高くなり、目に涙を浮かべて、ひどく悔しそうだ。「まだ彼女と関わるつもりなの?」
達也は相変わらずスマホの画面から目を離さずに、「俺の立場を忘れるな。海外で正式に登録してもう一人増やしたとしても、誰も何も言えないだろう。分かったか?未来の瀬川夫人。」
東京の富裕層の中では、海外で結婚登録して「海外の妻」を持つケースも珍しくない。
「でも、達也様、彼女は……」優美はそれ以上言いかけて、結局我慢した。「あまり長くならないで。もうすぐ式が始まるから。」
彼女の突然の冷静さと忍耐が、逆に私の胸に不安をよぎらせた。きっとまた何か企んでいるに違いない。
私は立ち上がり、直接聞いた。「何を話したいの?早くして。」
「昨夜はまだ物足りなかった。あと三十分ある、さっさと済ませろ。」彼はやはりスマホを見たままだった。
頭の中が真っ白になり、顔が熱くなる。怒りが一気にこみ上げる。私は思い切って、達也に平手打ちを食らわせた!
「瀬川達也!私を何だと思ってるの?もうすぐ結婚するのよ!私は絶対に二番手なんて嫌!」
意外なことに、達也は怒りもせず、むしろ私を腕で引き寄せた。
言いかけた瞬間、彼は突然私の唇を奪い、舌を絡めて激しく求めてくる。今まで何度か関係はあったけれど、こんなに深く、はっきりとしたキスは初めてだった。
私が抵抗すればするほど、彼のキスは激しさを増し、私はだんだん力が抜けていった。
息も絶え絶えで、「どうして私があなたに振り回されなきゃいけないの?」
彼は静かに笑った。「お前の父親の医療費、いつでも止められるんだぞ。」
私は顔を上げた。「あの百万円、あなたが払ったの?どうして?」
彼は答えない。
私は諦めきれずに問い詰めた。「もし私が、瀬川さんの死に関係ないって証明できたら、解放してくれる?」
瀬川さんの名前を出すと、達也の目が一瞬暗くなった。「……」
あの混乱のあと。
私は慌てて乱れた服を整え、帝国ホテルを出ようとした。
メイクルームから宴会場までは少し距離がある。長い廊下を抜けて、宴会場の階段口まで来たとき、藤原優美と鉢合わせた。
なぜか、まぶたがひくひくと痙攣する。
どこかがおかしい気がしてならない。
優美はまるで私を待っていたかのようだった。
そして私は知っている。巧妙に仕組まれた罠は、もう避けることができないのだと……