藤原優美は純白のウェディングドレスに身を包み、いかにも無垢で無害そうに見える。
だが、その心の奥底に潜む毒を、私だけが知っている。
「さっき、中で何をしてたの?」優美は拳を握りしめ、指の関節が白くなるほど力がこもっていた。
私は鼻で笑った。「惜しくなったの?忘れたの?最初に私をあの人のベッドに押し込んだのは、あなたよ。」
「この女!」優美の目には鋭い憎悪が宿り、毒が込められたような視線で私を睨みつける。「あなた、達也の子を妊娠してるんでしょう?」
鋭くお腹を見つめるその目に、私は思わず二歩後ずさる。
まさか……今日の彼女の標的は、私のお腹の子なのか?
私たちは階段の上にいた。階下には招待客が大勢いる……まさか、こんな場所で手を出すつもり?
ふいに、あの日病院のトイレで聞いた、藤原理恵と優美の親子の会話が蘇る。「早く“処理”しないと」という言葉。
今、私たちは互いに動けず、沈黙のまま、まるで見えない駆け引きをしている。どちらが先に動くか、静かな緊張が張り詰めていた。
その時、階下の遠くに瀬川明美の姿が現れた。
私は一瞬で状況を読み、今だと判断して優美の脇をすり抜けようとした。彼女が大勢の前で、特に将来の姑の前で醜態を晒すはずがない、と高を括っていたのだ。
だが——
優美は不気味な笑みを浮かべると、私が近づいた瞬間、突然後ろに大きく体を反らし、そのまま階段の下へ真っ直ぐ転げ落ちていった!
雷に打たれたような衝撃に、私の全身は凍りついた。
間違えた。私は、完全に読み違えていた。
「ドン!ドン!ドン!」と鈍い音を立てて、優美は階段を転げ落ちる。その拍子に、彼女のウェディングドレスが破けた——もともと私がダンスの時に恥をかかせるため、仕掛けておいた細工だ。
だが、今となっては私の悪戯など、彼女の仕掛けた罠に比べれば、あまりにも稚拙で無意味だった。
最下段まで転げ落ちた優美は、ちょうど階段を上ろうとしていた瀬川明美にぶつかった。
ドレスは完全に脱げ、下着姿の優美は、見るも無残な姿になっていた。本人でさえ予想していなかっただろう。
優美の顔は真っ青で、明美の足にすがりつき、苦しそうに呻く。「明美さん……痛いの……」
「きゃっ!」明美は悲鳴を上げ、信じられないという目で私を見上げる。そして、優美の下腹部に視線を移す——淡い下着が鮮血ですぐに染まっていく。
優美は片手でお腹を押さえ、もう片方で必死に胸元を隠そうとしながら、みじめで哀れな姿を晒していた。
涙を流し、震えた声で叫ぶ。「赤ちゃん……私の赤ちゃん……誰か、助けて……」
「キャー!!!」明美は優美を突き飛ばし、私を指差して絶叫する。
「この人よ!この女が優美を突き落としたの!犯人よ!」
私は膝から崩れ落ち、冷たい手すりにすがった。
間違えた。完全に策にはめられたのだ。
優美たちが言っていた「早く処理するべき子ども」とは、私のお腹の子ではなく、彼女自身の子どもだったのだ。
私を犯人に仕立て上げるため、こんな卑劣な罠を仕掛けていたなんて——
まさに、「毒を食らわば皿まで」だ。
藤原理恵が「絶妙なタイミング」で駆け寄り、テーブルクロスで優美の身体を隠し、私を乱暴に階段から引きずり下ろした。
「このろくでなし!妹の幸せがそんなに憎いの?どれだけ人を不幸にすれば気が済むの?今度は生まれてもいない子どもまで——」
理恵はみんなの前で私を殴り、蹴った。
私は反射的にお腹をかばいながら、じっと耐えるしかなかった。
私は完全に彼女たちの罠にはまった。おそらく、私のお腹の子も、もう助からないだろう。
人々が集まり、私を指さして噂し始める。
絶望と恐怖が一気に押し寄せてきた。あの夜、瀬川達也のベッドで誤解された時のように。
でも、あの時はまだ父だけは私を信じてくれた。
だが今は——
私はたった一人きり、何を言っても信じてもらえない。
冷たいホールに、ただ照明の眩しい光だけが、場内を不気味に照らしている。
その時、瀬川達也が現れると、人々は自然と道を開けた。
「達也様——」
「達也様——」
私は顔を上げる。彼は新しい黒いスーツに着替え、袖口には金の縁取り。ライトを浴びて、まるで黄金色の光を纏ったように、近寄りがたい美しさと気高さを放っている。
その目は、私をまるで他人を見るように冷たく見下ろしていた。
きっと、彼の中で、私という罪人の記録にまた一つ、血の汚名が加わったのだろう。
彼はそっと優美を抱き上げ、静かに言った。
「すぐに病院へ。」
去り際、私に冷たい視線を投げ、一言だけ残す。
「警察を呼べ。彼女は俺が預かる。必ず、皆に納得のいく説明をする。」