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第20話 虎毒の窮地

これが、私が警察の留置室に足を踏み入れるのは二度目だった。


七年前、私は放火の容疑で鎌倉市の警察署に拘留されたことがある。

あの夜のことは、今も心に深く刻まれている。


家を出てたった二時間で、戻ったときにはすでに煙が空を覆い、激しい炎が夜空を昼のように照らしていた。火の手は容赦なく全てを飲み込み、周囲は悲鳴と叫び声、サイレンが鳴り響き、消防車や救急車が慌ただしく行き交っていた。しかし、高圧ホースの水も焼け石に水で、藤原家はとうとう焼け跡と化した。


消防隊は父をなんとか救い出してくれたが、煙を吸い込みすぎて昏睡状態に陥ってしまった。

だが、誰も知らなかったことがある。瀬川さんも、あのとき私の家にいたのだ。発見されたときには、すでに手遅れだった――。


私は警察に連れて行かれた。その夜、私は家に戻ってお菓子を作っていた。母親に関する交通事故の情報があるという電話を受け、慌てて家を飛び出した。そのとき、ガスの元栓を閉め忘れてしまったのだ。


その小さな不注意が、あの壊滅的な火事と爆発を引き起こした。

私は一生悔やむことになる。


藤原優美とその母親は、私が私怨で瀬川さんに復讐したのだと訴えた。瀬川さんが彼女たちを藤原家に連れてきたことで、私の平穏な生活が壊された、と。彼女たちは私に十分な動機があると主張した。


藤原家は焼け落ち、私は家を出たとき瀬川さんも父も家にいなかったことを証明できなかった。なぜ瀬川さんがあそこにいたのかも分からない。


同じように、藤原優美たちも私が故意に殺人を犯した証拠を示すことはできなかった。

ただ、ガスの消し忘れは私の過失であり、それは私の心に一生残る傷だ。


警察は長い間調査を続けたが、結局証拠不十分で私は釈放された。

そして、今度は――

私はまた、どんな容疑をかけられるのだろうか。


数日後、留置室の扉が開いた。現れたのは瀬川達也だった。

彼の表情は暗く、何を考えているのか読み取れない。


私は無意識にシワだらけの服を整え、乱れた髪を手で直す。どんなにみじめでも、少しは誇りを保ちたかった。


「警察は証拠を見つけられなかった。私は彼女にウェディングドレスを着せたから、私の指紋が残るのは当然よ。もし監視カメラがあれば無実だと証明できたでしょう。でも、残念ながら無い。だから、もう帰っていいかしら?」

私は淡々と、天気の話でもするかのような口調で言った。


疲れた体を引きずり、彼の横を通り過ぎようとした。

この光景は、七年前に一人で警察署を出たときと重なる。その時も瀬川達也には会わなかった。


私は持ち物を全て売り払い、父をこっそり別の病院へ移した。そして鎌倉市を離れ、姿を消したのだ。


「瀬川達也、タクデザインの仕事は辞めたわ。違約金に十分なプライベートの設計図も置いてきた。」

すれ違いざま、彼が突然私の腕を強く掴んだ。


「それで?藤原晴子、また前みたいに消えるつもりか?前回は七年もいなくなって、母は火事で死んだのに、お前は一言の説明もなかった!墓前に花を捧げればそれで贖罪になるとでも思っているのか?」


私は沈黙した。


「今回は、そう簡単には逃がさない。」

「藤原晴子、今度こそ逃げられないぞ!」


瀬川達也は私を車に押し込むと、人気のない場所へと走り出した。やがて車は、ひっそりとした私有地の一角に停まった。夜の闇の中、どこなのかも分からない。


室内に入ると、ただならぬ気配を感じた。

そこは認可されていない私立クリニックのようだった。白衣の医師、冷たいステンレスの手術台、器具台には鈍く光る医療器具が整然と並んでいる。


藤原優美と藤原理恵もいた。

流産した優美は、かつての輝きを失い、目には憎しみだけが宿っている。


私を見つけると、彼女は叫ぶように言った。

「藤原晴子!あなたが私の子を殺したのよ!命で償いなさい!達也さま、必ず復讐して!」


藤原理恵も続く。「なんて悪女なの!今日こそ血の代償を払わせてやる!」


部屋に入った瞬間、私は彼女たちの狙いに気付いた――私のお腹の子を奪うつもりなのだ。


私ははっきりと悟った。優美のお腹の子は、きっと瀬川達也の子ではない。真実を隠すために、私に罪を着せ、今度は私の子供まで奪おうとしている。周到な計画だ。


私は瀬川達也を見た。彼は煙草に火をつけ、煙の中に沈んでいる。

彼が煙草を吸うのを見るのは、これが二度目だった。


細めた目が冷酷な弧を描き、一言一言が心に突き刺さる。


「俺が一番愛した婚約者が怒っている。おとなしく手術台に横たわれ。」


胸が痛み、唇が震えるのを抑えきれない。

私は必死に涙をこらえて、顔を上げて深呼吸をした。


「瀬川達也、鬼にも涙はあるはずよ!」


彼はもう一本煙草に火をつけ、私に言うように見せかけて、優美に視線を向けた。

「人に情けをかければ巡り巡って自分に返る、って知ってるか?」


「ふふ、もういいわ。優美、先に出てなさい。術後すぐに血なまぐさい場面は見ないほうがいい。」

彼は優美を優しく抱き寄せ、頬にキスをしてなだめる。


「はい、達也さま。決してあの女を許さないで!」優美は弱々しく答えた。


理恵と優美は揃って部屋を出ていく。理恵は私とすれ違いざま、私にだけ聞こえる声でささやいた。

「藤原晴子、手術なんて前菜よ。今夜、城東で本番が待ってるわ。今夜こそ、私たちの因縁に決着をつけましょう。楽しみにしてて。」


その瞬間、頭から氷水を浴びせられたような寒気が全身を駆け抜けた。


城東――そこは父が入院している聖心リハビリ病院のある場所だ。

今夜、彼女たちは父に手を出すつもりなんだ――!

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