後になって知ったことだが、天穹不動産に比べれば、タクデザインなど海の一滴に過ぎなかった。
天穹不動産は天城グループの基盤であり、その摩天楼は空を突き抜け、東京を代表するランドマークの一つだ。なるほど、瀬川拓真が天穹プロジェクトを利用して、グループの中枢権力に手を伸ばそうとしたのも納得がいく。
「ああ……若様、すごい……!」
「ふん……」
ここ数日、天穹不動産の瀬川拓真の執務室からは、艶めかしい声が絶えず漏れていた。
彼に「外で待て」と命じられ、私は一歩も動けずにいた。
彼が常軌を逸しつつある今、何をしでかすか分からない。止めたい気持ちは山々だったが、それ以上に胸が締め付けられる思いだった——かつて穏やかだった拓真は、もうどこにもいない。すべては私の罪のせいなのだ、そう思いながら耐えるしかなかった。
どれだけの時間が経ったのか分からない。
ようやく室内が静かになり、妖艶な女性が扉から現れた。別れ際、瀬川拓真に投げキスをして去っていく。「また今度ね、若様。」
私は目を伏せ、手元の書類だけを見つめていた。
瀬川拓真は廊下で無表情の私を見つけると、怒りに任せて車椅子を押し迫ってきた。
「藤原晴子、コンドームが切れた。買ってこい。」と吐き捨てるように命じる。
一瞬呆然としたが、小さく「はい」とだけ答えた。
私はコンビニで一箱買い、黒い手提げ袋に入れて戻った。
天穹不動産に戻り、エレベーターに乗ろうとしたとき、瀬川達也がいた。どうやら駐車場から上がってきたばかりらしい。
かつて、私は彼の職場に足を踏み入れたことはなかった。最近になって、彼が天穹不動産の責任者であり、ここが権力の中心だと知ったのだった。
エレベーターの扉が閉まり、私たち二人きりになる。
緊張で手が汗ばむ。階数ボタンを押そうとした時、手提げ袋が滑り落ち、中のピンク色の箱が見えてしまった。
瀬川達也は屈んで拾おうとする。
私は慌てて止めようとした。「いいです、私が……」
だが、彼はすでに中身を見てしまい、複雑な表情で袋を差し出した。
私はそれをひったくるように受け取り、背を向ける。心臓が激しく打ち鳴る。
「晴子、大丈夫か?」背後から優しい声がかかる。
何も言われなければよかった。けれど、その一言で胸が締めつけられ、涙が止めどなく溢れた。
役所で、彼が必死に私に署名しないよう頼んだ日のことが思い出される。心の壁は一瞬で崩れ、涙の跡は拭っても消えなかった。
「晴子……」と、彼はそっと私の肩をつかみ、こちらを向かせる。
私はうつむいたまま、見苦しい顔を見せたくなかった。
彼はそっと顔を寄せ、頬の涙を唇でそっと拭った。「もう少しだけ我慢して。信じてて。必ず全部うまくいくから。」
その優しい言葉に、私はもう立っていられなかった。
「チン」と音がしてエレベーターの扉が開くと、私は逃げるようにその場を離れた。一秒でも長くいたら、きっと彼の胸に飛び込んでしまう気がした。
彼に傷つけられた痛みは、瀬川拓真が与える痛みよりも深かった。
それでも、なぜだろう。今も彼は心の奥に居座り続けている。
瀬川拓真の執務室に戻り、袋を差し出す。
彼はさらに怒り、袋を私の顔めがけて投げつける。「藤原晴子!言われたからって素直に買ってくるのか?お前はそんなに、旦那が他の女と楽しむのを見たいのか!」
心はすでに痛みで麻痺し、何も言えなかった。
しばらくして、瀬川拓真は私の異変に気づき、顔を両手で包み込んだ。「晴子……泣いてるのか?本当は気にしてるんだろ?お前が嫌だと言えば、全部断ち切るから!」
「拓真……」私は深く息を吸い込んだ。「昔みたいに戻ってくれないかな?それか……ここを離れて、もう一度やり直そう?」
「藤原晴子!」彼は私を突き飛ばした。「なぜ俺が逃げなきゃならない!俺から奴の権力を奪うのが怖いのか?そんなに奴を庇いたいのか!」
「言っておく。もう元には戻れない!出て行け!二度と俺の前に現れるな!」
彼が狂ったように机の書類を叩き落とすのを見て、私は静かに部屋を出た。
ビルの下まで降り、天城ビルを出た瞬間――
思いもしなかった、忘れかけていた悪夢――藤原優美に出くわした。