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第3話『森林で戦闘実習、出会いは最悪で』

 入学早々に始まる実技の授業。

 大して難しいことはなく、この広大な森林地帯で獣やモンスターを討伐するだけ。

 だからペアというかたちで最低限の安全確保をし、それぞれに教師が護衛につくことはない。


 そして評価項目が説明されなかったことから、自由気ままに各々の力を発揮し、それを以って自己紹介ということなんだろう。

 力を示し、協力し、時間を共有する。

 教室の中で魔法を行使させるより、よっぽどこっちの方が伸び伸びとできるからいいと思う。


「教室で言った通り、あなたは私の邪魔をしないように」


 この名前も知らない、【紅蓮の姫剣士】と呼ばれる少女は、同じく名前も知らない男子生徒たちが言っていたように態度が一貫してる。

 ペアを組んだ人間の能力が劣っていればいるだけよさそうで、謂わば僕は出世のために利用されているに過ぎないということか。


「わかった」


 反抗する気はない。

 僕としても楽をできるのなら、それもよし。

 存分に力を見せてくれるというのなら、甘んじてお荷物となろう。


 ……とは言ったものの、周りの目線が気になって仕方がない。


 既に先生からの活動開始の合図は出されていて、授業は進行している。

 注意事項として、モンスターが出現することを挙げられていた。

 獣や通常のモンスターなら各々の技量によって対処して構わないという旨も伝えられているけど、『弱点属性のモンスターと遭遇した場合は退避せよ』と語気を強く注意喚起もされている。


「いいところを見せないと」


 授業の内容は、散策しつつ探索すること。

 しかし周りにはクラスメイトのほとんどが居る。

 その不思議な光景に疑問を抱いていたけど、なるほど理解できた。

 ペアを組むことができずとも、実力を披露して有名人の目に留まろうとしているのか。


 でもこのまま大人数で移動していたら、少なくとも獣は近寄ってこないだろうな。


「これでは私が実績を上げることができない」


 何がそこまで実績に執着しているのかはわからないけど、まあその通りだと思う。

 あちらこちらから話し声や枝を踏み割る音が響き渡っているから、懸念通り近辺で獣を発見した声や戦闘開始する様子も見受けられない。


「あなたも、お願いだから戦闘が始まったとしても何かを召喚しないで。邪魔になるから」

「……ああ」


 考えを改めよう。

 この姫剣士様は、僕のことをお荷物どころか足枷と認識しているようだ。

 貪欲に実績を追い求めるのは否定しないけど、補欠合格者が相手でも少しは配慮してもらいたい。


「お、おい! やるぞ!」


 ようやく周りがモンスターと遭遇したようだ。


「今だ、走る。遅れないで」


 姫剣士様は一瞬だけ振り返り、それだけを言って走り出した。

 僕は返事をする暇すら与えられず、言われたままに走り出す。

 あまりにも説明不足だけど、事に乗じて取り巻きから距離をとりたいとは理解できた。

 それに加え、ずっと欲している実績を求めて前に前に進み、少しでも強力なモンスターを討伐したいんだろう。

 もはや、ここまでくると貪欲というより必死さが伺える。


 しかし――走れど走れど止まる気配がなく、完全に追従する人は居なくなった。

 目的地があるとは思えないし、行くとこまで行きたいのか。

 それにしても、獣はまだ理解できるがモンスターが生息? していることには違和感が残る。

 この広大な土地だからこそ、人の手では生態系の維持が難しく、できるだけ自然の摂理に任せる――云々という意図があるんだろうけど……。


「どこまで行くつもりなんだ?」

「どこまでもよ。普通のモンスターには興味がないの。そんなことよりあなた、意外に体力があるのね」

「まあ」


 もはや考察の余地はない。

 ただ実績を追い求め、より強力なモンスターを探して突き進んでいるというわけだ。

 注意事項はあっても制限を設けられているわけではないから、彼女の行動を止めることはできない。

 というより、完全に見下されている状況で何を言っても聞き入れられるはずもないし。


「手始めにはいいわね」


 急に足を止めたと思えば、正面に灰色の毛並みをした狼型のモンスターの姿が。


「――【紅蓮の朱剣】」


 鞘はないけど、抜剣するその動作で引き抜かれるように右手へ紅い剣が具現がしていく。

 なるほど、姫剣士とは名ばかりではなくそのまま魔剣士なのか。


 と、それ以上の考察はさせてもらえず、姫剣士様はモンスターへ突撃していく。

 魔剣士の戦い方は、そこまで複雑なものではない。

 先ほどの通り詠唱するのは剣を具現化するときだけで、あとは漂っている魔力を変換して剣に流し込む。

 その過程と結果で魔剣士としての技量が把握できるわけだけど――。


「はぁっ!」


 剣の周りに炎をまとわせ、モンスターに斬りかかり――1撃で討伐完了。


 このことが意味するところは、彼女は地位や権力で【紅蓮の姫剣士】ともてはやされているのではなく、才能か努力か、実力の結果というわけだ。


「このまま進む」


 彼女の実力はわかった。

 自信があるからこそ僕を見下し戦力と換算していない。

 加えて力を見せることにより、実力差を明確にして『少しでも手助けしようと勘違いをするな』、という警告の意味も含まれている、と。


 別に反論する気はない。

 だから、彼女が再び前方に駆け出しても文句を言わず後を追う。


 今もなお維持されている右手に握られている剣は美しく、まとっていた炎は透き通るような美しさだった。

 魔力の行使者マジカルユーザーは、その変換率と変換量によって実力が評価され――つまるところ、純粋な魔力を上手に扱える人間が凄いということ。

 今さっき彼女が示した実力こそ、学園だけに留まらず世界基準で認められるものということだ。


「雑魚には用がない!」


 走っているだけでモンスターが次々に消滅していく。

 本当なら魔石を回収し、報告すれば実力を証明できる。

 今の状況なら、沢山の魔石を回収して戻れば称賛の嵐は間違いないと……思う。

 しかし彼女はそれをしない。

 他生徒の力量がわからない現状では、それは無策と考え、より強力なモンスターと大きくもしくは純度の高い魔石を求めているのだろう。


 自覚があるのか無自覚なのか。

 今も、走りながらモンスターは次々に倒され消滅し魔石が転がり落ちていく。

 そして誰がどう見ても理解可能な実力があるというのに、さらに上を目指している。

 入試で評価が低かった補欠合格者であり、ただ珍しいだけで実力がないと評価されている召喚士を連れて。

 ありえないほど皮肉な話だ。

 悦に浸りたいわけじゃないんだろうけど――これじゃあ、まるで僕は舞台装置でしかない。


「はぁっ!」


 まだまだ続く快進撃は止まることなく、ひたすら進み続ける。

 さすがに貪欲というより、血眼になりすぎじゃないか?


「くっ……どこにも居ない」


 さすがに息が乱れてきたのか、ようやく足を止めたかと思えば、この小言。

 先ほどまでの威勢を見なければ向上心の塊、という言葉で片づけることもできたが。


「もうそろそろ引き返してもいいんじゃないか?」

「それはできない。この程度のモンスターじゃ足りない」


 整った顔に眉間を寄せ、呼吸を整える状況でも僕の目線を気にせず『ぜえはあ』と荒々しく息を整えている。

 この必死さ、もしかしたら入学したてとはいえ休学していたとか……そういった事情があるのか?


「休憩中の雑談として。もしかして、何歳か年上だったりする?」

「……はい?」


 おっと、選択肢を間違えたようだ。


「女性に年齢を訊くだけならまだしも、初手から年上呼ばわりなんて随分と無礼者ね。そんなに私が老けて見えたのかしら」

「い、いや、そんなことはない。とても綺麗で一目見たときから目が離せないぐらいだ」


 嘘は言っていない。

 まあ……目を離したら置いていかれるから、ではあるけど。


「決して老けているなんて思ってはいないよ。美人すぎたから、つい言葉選びを間違えてしまったんだ」

「少しは口が動くようだけど。もしもそれが本心だとしても、最初の言葉を耳にしてからじゃ心に響くはずがないでしょ」


 で、ですよねー。

 口から出まかせというわけではないけど、どう取り繕うが彼女からすれば関係ないというわけだ。


「それにしてもあなた、体力だけはあるのね」

「まあ、ね」

「推測するに、魔力の才がないから肉体を鍛えているのでしょう。無駄とは言わないわ。でも前衛じゃないのに活かせるものがあるとは思えないけど」

「でもこうして、実力者と足並みを揃えられている」

「本当にその口はよく動くわね。私もまだまだ訓練不足か」

「足腰にも自信があるから、動けなくなっても担いで帰ることはできると思うよ」

「冗談はその口だけにしてちょうだい。私が誰かの手を借りることなんてありえないわ」


 その「誰かの手を借りることなんてありえない」という言葉は、僕を貶す意味で使われているようではなさそうだ。

 彼女は既に進行方向へ目線を向け、呼吸を整え終わっている。


「さあ、行くわよ」

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