出発地点より、既にかなり離れている。
この行動が教師側の想定の範囲内なのかはわからないけど、少なくとも他生徒の物音は聞こえない。
このままどこまでも突き進むわけではないだろうが……。
「はぁっ!」
先ほどから変わらず、1撃で討伐できてしまうようなモンスターには用がない様子。
次々に魔石が捨てられていく様を、僕は後ろで眺めていることしかできない。
今までの全部を回収するだけでも大した功績になると思うんだけど。
当然、僕には加算されるかは怪しく、されたとしてもそれはただの数字だけでしかなく評価や立ち位置が変わるわけではない。
むしろ、腰巾着として評価がさらに低くなるんじゃないか?
それにしても、荒々しく力を行使して疲弊しているようなら制止するよう促せる……というのに、実力が備わっているから手に負えない。
「……っ!」
急停止。
進路を塞ぐように空色のような淡い青色の、見上げげるほど大きなゴーレムが立っている。
この遭遇は、2つの意味で皮肉を招いた。
1つは、彼女にとって、もう1つは僕にとって。
どちらもそこまで難しくはない。
彼女にとっては弱点の属性であること、僕にとっては目の前に居るゴーレムは召喚士が不遇と謂われる所以となったもの。
召喚士は主に門番や警備にゴーレムを召喚し、魔力を流し込んで徘徊させたり戦闘させたりする。
しかし過去に七魔聖の1人が研究開発を担い、魔工学の発展させて完全自立駆動型のゴーレムを生み出してしまった。
「相手として不足なし」
彼女は呼吸を整えつつ、剣が再び炎をまとう。
なるほど。
彼女は自分が苦戦するであろう標的ならば満足し、教師が注意事項を話すことなく生徒たちを森に放ったのはこれが起因しているのか。
言ってしまえば、ここが最終進行可能の場所であり、このゴーレムとの戦闘に敗北し逃げ帰るまでがセットになっている、というわけだ。
一般の生徒に向けた罠ではなく、彼女のような才ある人間に対して用意されているもの。
「しかと私の活躍を脳裏に刻んでおけ」
要するに、1から10まで私が全て対応するから邪魔はするな、と。
ご丁寧な言葉で抑止されたからには、言われた通りに活躍を拝見させてもらおう。
「はぁっ!」
駆け出して勢いそのままに横一線。
『グゴゴ』
しかし炎をまとう剣の攻撃は通らず。
これが弱点属性と戦闘するということ。
いくら彼女が才ある
「まだまだぁ!」
それでも彼女は剣に炎をまとわせ、攻撃の手を緩めない。
何度も方向を変え、角度を変え、ゴーレムが反撃で腕を回そうとも回避し、死角を探って攻撃を仕掛け続ける。
この戦いは、誰もが想像するように快勝は望めない。
七魔聖が開発したとはいえ、末端の魔法士でも扱えるよう改良されていて、頑丈さは皆が首を縦を振るもの。
外見は岩が連なっていて四肢も無骨にはなっているものの、中には魔装具が仕込まれていて、魔力を自動吸入しつつ常に魔力障壁を展開し続けている。
攻撃の威力では魔力障壁を削ることができていても、弱点属性加工されている体を砕くには決定打に欠けている。
それは彼女も理解しているだろう。
だからこそ攻撃の数を増やし、注意を散漫させたり等の試行錯誤を繰り返している。
「――だったら!」
彼女は足を止め、剣を正面に構える。
才ある人間が、そう謂われる所以。
あの硬い体に攻撃を当て続けてもなお折れない剣。
そして、まといし炎がさらに燃えたぎり、その面積も拡大していく。
その炎は濁りない水に匹敵するほど透き通っていて、星々の煌めきを彷彿する輝きを放つ綺麗さ。
圧倒的な魔力吸収量と変換率を誇る人にのみ可能な技。
「美しい」
ついそんな小言が漏れ出てしまう。
「はぁああああああああああああああああああああっ!!!!」
前へ跳ぶ勢いそのまま、ゴーレムへ剣が振り下ろされた。
「……」
「う、嘘でしょ――がはっ」
残酷なまでに無情。
放たれた渾身の一撃は魔力障壁を斬ったまでに終わり、炎は消え剣も砕けた。
そして攻撃を防ぐ確信を得ていたのか、ゴーレムは間髪入れず右拳を彼女の脇腹へ打ち込み――体を殴り飛ばす。
彼女は勢いそのまま地面を何度も転がり、剣の代わりに残るのは敗北の乾いた土と血の味。
痛みに嗚咽を漏らし、立ち上がることもできず。
あそこまでダメージを受けてしまえば、才ある人間でさえ自慢の魔力吸収に支障をきたし魔力操作などまともにできなくなる。
『グゴゴ』
無情にも彼女へ足を進め始めるゴーレム。
ただでさえ弱点属性と相性が悪いのに、魔力障壁すら展開できないのであれば大惨事になりかねない。
さすがに生徒の未来を奪うことはしないよう命令はされているだろうけど、このままでは危ないのは事実。
じゃあ、行こう。
「僕は手柄を奪うつもりはない。そして、弱っている人が痛めつけられるのをただ見ている傍観者になるつもりもない」
「な……に、逃げ――」
「特等席で見ていてくれ。僕が『〝頂へ至るために導き出した、最強〟』の一片を」
『ガガゴ』
ゴーレムは方向転換し、目線と体を僕に向けた。
「僕は力を行使し、手柄を君に譲る」
『ゴゴゴ』
「【
右手を突き出し、手のひらを地面へ向ける。
滴り落ちる漆黒の魔力1粒、地面に浮かび上がるは七星の魔法陣。
そして、唱えるは――。
「――【紅蓮の朱剣】」
「なっ!!??」
漆黒の魔法陣から浮き上がるように召喚される、紅く透き通り、宝石の輝きすら凌駕する美しさを具現化できている剣が生み出された。
「そして、こう――だよね」
「え?!」
炎を剣にまとわせ拡大――この場の全員が範囲に入るぐらい辺りへ広がる。
しかし辺りが火の海になって燃え上がることはなく。
「あ、温かい……」
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』
異常を検知したのだろう。
体を丸め、目に見えるほど水の魔力障壁を展開している。
たぶん内側の魔装具も全力防衛状態だろう。
そうなれば、炎の攻撃は半減を通り越して激減状態。
「でもそれじゃ……」
「嘆く必要はない。驚く必要もない。完全な無効など実現できていないのだから、攻撃は必ず通る」
「ありえない……普通の人間がそんなことできるわけ――」
「不可能を可能にするため研鑽し続けた。これが、僕の実力だ」
ゴーレムまでの距離を一気に詰め、燃え盛る炎を身にまといし【紅蓮の朱剣】を振り下ろす。
「はぁっ!」
『――――』
ゴーレムは左右真っ二つとなり、完全に行動不能状態となった。
そして炎に焼かれた体は散り散りとなっていき、ゴーレムの中にある魔装具である二つに割れた核を取り出す。
跡形もなくなるまでそう時間は立たず、炎を消すと同時に剣も消滅。
彼女の元まで足を進め、手のひらサイズの核を抱えながら右手を差し出す。
「ど、どうして……」
「遠くまで来ちゃったから、もう戻ろう」
「……」
手を貸すだけでは足りないようだ。
立ち上がるだけでも顔をしかめ、手も足も震えている。
「さすがに走らないけど、背中どうぞ」
僕は膝を地面につき、姿勢を低くする。
「……ありがとう」
「困ったときはお互い様ということで」
「……」
「でも、これはフード部分にでも入れておいてくれる?」
お手並み拝見と決め込もうとしていたけど、さすがにあの状況では仕方がない。
さすがに羞恥心が込み上げてきているのだろう。
半身逸らして少ない視界でしか判断できないけど、痛みに顔を歪ませながらも頬を赤く染めている。
でもこの状況で歩くことは困難と判断してくれたようで、渋々といった様子で背中に密着してくれた。
「じゃあ、戻ろうか。大丈夫。さすがに人と顔を合わせるときは下ろすから」
彼女からの返事はなかったが、首を縦に振ったような感覚はあった。
そして歩き出し、悩む。
自分から背負う選択をしたわけだけど……ここから何を話したらいいんだ……。