案の定、開始地点へ戻ったら称賛の嵐に包まれた。
しかし怪我の具合も相まって、本人は医療室へと直行。
残った生徒と教師が話題を潰えさせることなく、本人が居ない場所で存分に盛り上がり続けていた。
じゃあ僕に対する評価はといえば、それも想定通りに腰巾着扱い。
変化がないどころか下がることになった。
「……」
その後の授業でも、治療を終えた彼女と言葉を交わすことはなく終わり、再び学園長に案内されたのは学生寮。
ほぼ全ての学生は学生寮で生活することになり、当たり前のように敷地内だ。
広大すぎる敷地にも驚くところだけど、数百人の生徒が生活している寮の大きさにも驚きを隠せない。
何はともあれ、各部屋は個室ではなく共同部屋になるため僕も例外なく相方ができる。
どんな人が相部屋になっても、想像できる未来は明るくない。
自分が選んだ道とはいえ、嫌がらせ行為も数カ月ほどでなくなりして、その先は存在無視ぐらいに落ち着くはず。
その間、何度も部屋を交換するかしてほしい旨の講義がされるだろうけど、どうなったとしても甘んじて受け入れるしかない。
「よし」
いざ入室。
相方は既に荷解きを終えていると学園長から説明されているから、在室は把握している。
「これからよろしく。不満があったら、できれば僕にではなく教師に申し出てくれると助かる」
部屋の内装を眺める前に、座る相方の横姿へ頭を下げて挨拶をする。
これから同室になる人へする挨拶にしては、随分と前向きじゃない挨拶をした自覚はあるけど、これがお互いのためだ。
僕が頭を上げるより先に椅子を引く音が聞こえた。
もう既に無視が始まるか、接近してきて注意事項の説明や罵声が飛んでくるのだろう。
相手側もあらかじめ僕について説明を受けているだろうし、補欠合格者という噂は想定以上に広まるのが速かったから耳に届いているはず。
なんせ、各休み時間で物珍しい存在である僕を見物しに来ている他教室の生徒が、ヒソヒソと嗤いながら話す声が聞こえてきていたから。
「これから同室だね、よろしく。ボクはスレン、同じく1年で魔装士だよ」
「え?」
「ん?」
顔を上げると、そこには不思議そうに首を傾けている少年が立っていて、視界の下には、まるで握手を求めているような手が差し出されていた。
「よ、よろしく」
今までの待遇からは――1人だけ除いて、こういう対応は想定外だ。
握手を交わして、すぐに手を引かれるわけでも力を込められすぎて嫌悪感を示されるわけでもなく。
もはや学園には美男美女が多すぎて感覚がおかしくなりそうだけど、目の前にいる少年も例に外れず美形だ。
そんな清潔感のある爽やかな少年から、キョトンと『どうしたの?』と純粋な眼差しを向けられると逆に困惑してしまう。
「ボクは先に入寮して荷解きが終わっているから手伝おうと思っていたんだけど」
「ありがとう。でも大丈夫」
「そのようだね。せっかく部屋に入ったんだから座ろうか」
一切の嫌味を口や態度に出さないスレン。
僕は提案そのままに、自分の椅子へ向かう。
部屋は壁から壁まで大股10歩は進めるほどで、正直これぐらいの広さを共有空間にする必要性は感じない。
窓から扉までの距離も同じぐらい広く、机と椅子、ベッド、クローゼットに姿鏡が用意されていて、そのどれも造りがしっかりとしている。
おまけには水道やら料理もできる台所も備え付けてあり、浴槽にシャワー、トイレまでもあったり。
本当に学生寮なのか疑ってしまうほどの至れり尽くせりな環境に、自分の場違い感を噛み締めて椅子に座る。
「今日はいろいろと大変だったみたいだね」
「いろいろ?」
「だって、キミの噂があちらこちらから絶え間なく聞こえてきたからね。おかげで同室の情報を耳に入れることはできたけど」
「それはよかった」
勝手に情報が舞い込んでくれたおかげで、細々とした自己紹介は省くことができる、と。
「だけど、肝心な名前は知らないんだけど」
「ああ、自己紹介がまだだった。僕はアキト。ご存じの通り召喚士だ」
この話題の流れで斜に構えるな、という方が厳しい。
初対面の相手に少し尖った態度になっているのはわかっているが、でも今日1日を通して例外はあっても冷やかされ続けた。
スレンだって、今は社交辞令で対応してくれているだけだろう。
自分で言うのはお門違いだと思うが、不遇の召喚士を下に見ない人の方が少ないんだから。
「ある程度は考えていること、わかるよ。どうして周りの人と態度や接し方が違うのか、でしょ?」
「……まあ」
「ボクもいろんな経験をしたからね。学園に入学するまでは、召喚士は周りに居なかった。じゃあ次に見下されるのは、魔装士。将来の職業で見たら、魔力操作が優れていない人や全く使えない人のためになる仕事ができるから、胸を張って誇れる。でも」
「学生の身分では、奇異の目に晒される」
「うん。基本的に魔装士は、魔力を使用した戦闘は不得意で魔力吸収も得意じゃない。少量の魔力で繊細な操作を得意としている」
――本当に、くだらない。
ひたすら自身の能力を磨き、仲間と支え合い、さらなる高みを目指す――本来、魔力の才に優れて恵まれる人間はそうあるべきだ。
それがいつからか、才能に溺れ、実家の金と権力を自身の力と勘違いし、上を見るのではなく下ばかり見るようになった。
「魔装士で沢山の人のためになりたい――そう夢見て励んできたけど、何度も挫けそうになったし、辞めてしまおうかとも思った」
自分のことで言われるのは構わないが、こうして誰かに矛先を向けられているのを耳にすると、つい拳に力が入ってしまう。
ただひたすらに夢を追い続ける――ただそれだけの素晴らしく尊重されるべきのことさえ踏み躙られそうになる。
スレンの表情にも影が差す。
「正直、毎日が辛かった」
でも、話題が切り替わるのか再び明るい表情へと戻った。
「ある日、伝説の七魔聖の存在を知ったんだ」
「……」
「史上最高の魔法士と呼ばれ、今の時代になっても辿り着くことは愚か、その存在に近づくことができた人間は居ない。そして、才能に恵まれなかったにもかかわらず日々鍛錬し頂へと上り詰めた」
「『叶えたい願いがあるのなら、辿り着きたい場所があるのなら――常に夢と志を抱き憧憬を掲げ、ただ為すべきことを成せ』」
「そう、それ。それなんだ。そして召喚士の前で言うのは失礼だけど……」
「いや、遠慮しなくていい。僕も、その人が召喚士だったことは認知している」
「気を遣わせちゃってごめん。でも思わずにはいられなかったんだ。今は諸々の事情があって不遇な扱いを受け続ける召喚士が、元々は史上最高の存在だったって」
目を輝かせ、今にもこちらへ駆け寄ってくるんじゃないかと気分が高揚しているスレンを見て、僕はどう対応するべきなのか。
「魔装士だって、もっと頑張ればもっとみんなのためになる。今はまだボクに実力はないけど、いずれは! って、奮い立ったんだ」
「まあ、召喚士が落ちぶれていく過程で七魔聖の魔装士によるゴーレム開発もあったし」
「うぐっ。ボクが関係しているわけじゃないけど、ごめん」
「七魔聖が研究開発してしまったからには、仕方がないってことぐらいはわかってるよ。さすがに皮肉すぎた、こっちこそごめん」
ここまで身の上話を先にしてもらっておいて、斜に構え続けるのはさすがに失礼だ。
真っすぐ僕を見てくれているのだから、誠心誠意で受け答えしないと。
「そしてボクは、アキトと言葉を交わして根拠のない自信を得られた」
「なんの?」
「今の時代に、あえて不遇な召喚士を選ぶアキトは偉業を成し遂げるって」
出会ってほんの少ししか経たないというのに、本当に根拠のない自信だ。
疑い深すぎる必要はないけど、正直まだ信用しきることはできない。
だけど、真っすぐに目を見ながら話をしてくれるスレンには、同室として角を立てる必要はない、か。
「僕は、必ず七魔聖になる」
好意に応えるべく、僕は立ち上がりスレンの元まで近づく。
「だから、成し遂げる姿を『こんなやつもいたな』って頭の片隅にでも入れてもらえたら嬉しい」
そして、今度は僕から手を差し出す。
「改めてスレン。同室としてよろしく」
「こちらこそ、よろしく!」