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第二章

第6話『友達と始める並大抵ではない日課』

「――あ、起こしちゃってごめん」

「いや気にしないで。ボクもこの時間に起きてるんだ」


 朝5時30分。

 目を覚ましたときの気分に関係なく、体をバッと起こしてから始まる朝。

 初めて体感したベッドと布団の気持ちよさは魅力的ではあるけど、目標を実現させるためには起きなければならない。


 実は上下紺色長袖長ズボンの寝間着も用意してもらっていて、着心地も抜群によかった。

 不遇な扱いを受ける召喚士の僕が、学園からは生徒として手厚い待遇を受けさせてもらっている。

 学園側は善意しかないのはわかるけど、なんとも皮肉めいた話だ。


「ボクはいつもこの時間から体を動かしたり、魔力操作の練習をしていてね」

「こんな偶然もあるんだな。僕も同じ」

「気が合うね」


 それじゃあ、と互いに支度を整えてスレンに案内してもらい領内から外へと移動を開始した。


 どうやら訓練場は朝から空いておらず、走り込みや自主練習をする場合は安全地帯となっている場所が外にあるらしい。

 寮を出てすぐ準備運動を軽く済ませ、その場所へ移動――到着するまで10分程度を要しただろうか。

 そこまで遠くない場所ではあるものの、なるほど、ここが安全地帯か。

 巨大な弧を描くように結界が張られていて、中は広場や舗装された道があったり、木々や小規模な池がある。

 走ったり跳んだり斬ったり、集中したり魔法を具現化したりすることが想定されている構造なんだと思う。


 でも悲しきかな、たぶん朝の鍛錬に勤しむ場所というわけではなく――閉鎖することなく鍛錬に励むことができる場所というのを、人の気配がないことから察してしまう。


「見ての通り結界があるから、外敵の心配をしなくていい。いざこざが起きないよう、節度を守りつつ気ままに練習ができるんだ」

「学園長は悲しんでいるだろうな」

「あはは……利用者はそう多くないみたいだから庇いようがない」

「まあでも、人目が少ないとありがたいこともある。こちらとしては嬉しい限りだ」


 入場する場所があるというわけではなく、外周を取り囲んでいる壁や敷居があるわけでもない。

 ただ、目視で確認できる薄緑色の結界を通過するだけ。


「せっかくだし、今日はスレンがやっている練習を一緒にやってみたいな」

「え、いいの?」

「毎日来るんだから、そういう日があってもいい。新しい発見に繋がる可能性だってあるし」

「たしかに一理あるね」


 これは嘘じゃない。

 無作為に安全地帯を移動し、まだ慣れない場所で迷って遅刻するわけにはいかないし、今まで誰かの自主練習を目の当たりにしたことがなかった。


「これといって特別なことはしていないんだ。準備運動、走り込み、自重トレーニング、魔力操作の練習。基本的にこれだけ」

「たしかに基本に忠実なんだね」

「でもさ、時々思うんだ。他の人より劣っている魔力操作の練習をもっとやるべきなんじゃないかって」

「言いたいことはわかる。そして、その考えは間違っていないし、魔力を扱う才を有する者は等しく魔力吸収量や魔力変換率を重点的に向上させるのが当然」


 才に恵まれなかった僕のひがみなどではなく、世界基準でそう認識されている――でも。


「実践において、優秀な人材がなぜ戦死するのか。そして、なぜ沢山の才ある人が上の段階へ進むことができないのか」


 スレンはその場でストレッチを始め、僕もそれに合わせる。


「魔法を極めようとすればするほど、頂からは遠のくという皮肉」

「……言われてみれば、どうしてなんだろう」

「単純な話で、体力の衰え、瞬発力の低下。実践は授業と違って、魔法を打ち合うときに棒立ち状態では成り立たない」

「たしかに。対人戦では思考の読み合いだし、モンスターが相手だとしても駆け引きがある」

「もしも攻撃で勝つことができなければ、動けない体では反撃を回避することができない」

「授業なら転倒したり怪我だけで終わるけど、実戦では……最悪の結果が待ち受ける。ということだね」


 僕たちが着ている制服とロングコートは魔装具。

 自身の魔力操作の技量にかかわらず、一定の魔法を防御する性能がそれぞれに付与されており、魔法障壁と合わせるとかなりの防御力になる。

 それに加え、冷暖差を緩和してくれるのと重量緩和のおまけつき。


 便利なものが増えていくにつれて、魔装具を過信して魔法障壁の技術も衰退していっているわけだけど。


「だから僕は、毎日鍛錬を欠かすことはない。いや、そんなことよりスレンの日課を教えてほしい」

「今日は会話する時間もあるから、魔力操作だけにしておこうかな」


 そう言い終えるとスレンはその場に腰を下ろし、僕もそれに倣う。


「ボクは大量の魔力を扱うことができない。だから、こうして風の魔法を地道に発現させて操っているんだ」

「なるほど」

「風魔法は他の魔法と違って視覚的に捉えるのは困難。そして、一方向に吹くものと基本的には認識されている」


 世界的な常識であるが、だからこそ薬品の有毒ガスなどを乗せた使い方が非常に危険だ。

 加えて、自身の技術力によって扱える物質を魔法に乗せる、という使い方もある。

 例えば砂や岩、水や瓦礫など。


「だけどボクは馬鹿にされようと七魔聖の真似をして、無謀にもこういったことに挑戦しているんだ。手を伸ばしてみて」

「こう?」


 言われるがままに右腕を突き出してみる。

 するとスレンの手がこちらに向き、風魔法を僕に向けられていることを把握した。


「なるほど」


 僕は理解した。

 一方に向く風が腕に感じることはない。

 つまり、当たらないように制御していて、どうしても周りを巻き込んでしまう風を繊細に扱っているということ。


「ちなみに、どんな感じに扱っているんだ?」

「腕に触れないよう円を描いて回し続ける感じ。でも、円を描くことはできているんだけど……左手をちょっと動かしてみて」


 少しだけ左腕を前方に動かしてみると、空気が動いている感覚を味わう。


「理想はもっと繊細に風魔法を操って、高密度にできたらいいんだけど」


 小さな輪ではなく、大きな輪になってしまっている、と。


「でも、風が吹く方向を変える、という着眼点は凄い。そして、再現度に満足いっていないようだけど、高難易度の技術を練習に取り入れるなんて向上心が凄いよ」

「全然まだまだだよ。もっともっと練習して、最高の魔装具を作れるようになりたいんだ」

「最高の魔装具……」


 そう目標を言葉に出すスレンの目は、希望に満ち溢れキラキラと輝いている。

 ただ純粋に、真っすぐ。


「あっ――今のは忘れて。恥ずかしいよね、実力もないのにこんな目標」


 照れを隠すように風は消え、スレンは言葉通りに口をキュッと占めて恥ずかしそうに目線を下げた。


「ボクより凄い人は沢山いるのにね。入学したばかりでも、クラス内だけで実力差を痛感しているっていうのにさ」

「――いいや、恥ずかしいことなんてないさ。素晴らしい目標だ。最高の魔装具。いいじゃないか」

「そ、そうかな」

「僕は必ず七魔聖になる。そして、スレンも七魔聖になる。ということでしょ?」

「いやいやいや、ボクがそんな大それた――」

「じゃあ、最高の魔装具を作るというのは嘘なの?」

「嘘なんかじゃ……」

「じゃあそういうこと。最高の魔装具を作れる、ということは七魔聖になることと何か違う?」


 無自覚ではなかったのだろうけど、あまり誰かに自分の目標を言ったことがないんだろう。

 自分が言葉に出したことの重大性を認識し、意味の大きさと覚悟の狭間で葛藤している。


 というのも、表情が様変わりしたり、頭を回したり、体を捩っている姿を見たら誰でもわかると思う。


「そう……だね。そういうことになるね」

「じゃあ僕と目指すところは同じだ」


 人には根拠のない自信でサラッと七魔聖になれると言っておいて、自分が言われる立場になると恥ずかしくなるんだな。

 認めて顔を上げた今も、顔が熱くなったのか手で仰いでいる。


「じゃあ次は僕の番だね。いつもやっているのは、こうやって1本の細い線を作り出す」

「な……何それ」

「そしてこれを、捻じ曲げたり輪を描いてみたり。2つに分けて繋ぎ直して」

「ど、どういうこと……? 嘘を言っているとは思わないけど、何も見えないよ」

「これなら見えると思う」


 極細の魔力で作り出した線を掲げ、陽の光に直接当てる。


「光が反射して見えるようになったけど……水の魔法? いや、雷? 炎と光……ではないと思うし、闇でもなさそう。少なくとも風では聞いたことがない」

「ちなみに正解ではあるよ」

「そう言われても全然わからないんだけど」

「僕はね、魔法の発現適性が全属性なくて。みんなが扱う最低限の魔法もまともに扱うことができないんだ」

「え? でも、実際にその線を作り出せているよね?」


 理解できず疑問が次々に浮かんでしまうは、なんらおかしくはない。

 魔力の行使者マジカルユーザーであるということは、そのままの意味で魔力を扱える人のことを示す。

 そして、その才を有している人は得意属性がある。

 並べてもらった通り、炎・水・風・雷・光・闇に。


 しかし稀に、魔力の行使者マジカルユーザーであること、つまり魔力吸収と魔力操作のみ扱える――世間一般的には【欠落者】と言われる存在が生まれる。


「僕は、【欠落者】なんだ」

「え……」

「どうしてみんなが僕を嗤っているか、わかってくれたと思う。補欠合格者で【欠落者】。これほど誰よりも下の存在は居ないだろ?」


【欠落者】が生まれることは、実に少なく隠す人が居る。

 なんせ、魔力の行使者マジカルユーザーであれば誰にだってできる最低限に満たないことぐらいしかできないのだから。

 むしろどこでも最底辺扱いという冷遇を受けるのだから、自身が魔力の行使者マジカルユーザーであることを隠す人の方が多い。

 だからこそ、存在自体が希少であり注目を浴びやすく、であれば才を有していない人だと思われた方がいいと考えてしまう。


 ただ静かに、自分ができることを一生懸命やっているだけでも、まるで存在自体を否定されてしまうという生き地獄を体験しながら。


「で、でもどうして。いや、だからこそ理解ができない」


 僕は自然と口角が上がってしまった。

 ここまで耳にして、スレンは毅然とした態度で疑問を深堀してくる。

 それはつまり偏見の目などなく、心の底から事象に対して疑問を抱いているということで、芯のブレを感じない。


 真の善人、疑問への探求者――いいや、本当の友達になれそうだ。


「そんな常識じゃ何も説明できないじゃないか」

「僕は、力もなく技術もなく。家の力があるわけでも、権力を持つ知り合いが居るわけでもない。しかも【欠落者】。どうやっても七魔聖に辿り着ける道などなく、1歩を踏み出すことすらできない」


 自分で言っておいて、本当に希望などどこにもない人生だ。


「だから僕は全てを犠牲に捧げ、辿り着いた」

「こ、これは?!」

「これが、今の僕だ」


 無数の透明な線を創造し、一つに束ね、剣を生み出す。


「そ、そんな……こんなことって……でも間違いなく目の前で起きて……」

「おっと、ここまでだ。そろそろ戻らないと遅刻しちゃうんじゃないかな」


 僕はすぐに透明な剣を拡散させ、パンっと手を叩く。


 先ほど結界の中に入った、入り口付近に設置してある高めの時計へ指を差す。

 授業開始は8時、現時刻は7時。

 帰りも走りだし、シャワーと朝ごはんとかもあるからちょうどいいはず。


「そ、そうだね」


 帰路、支度中、教室へ向かう最中――スレンは終始、何か言いた気に口を開いたりしていたけど、遂に言葉が届くことはなかった。

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