「領主さま、畑……ですか?」
村人たちはまたしても困惑の表情を浮かべた。その視線は、乾ききった大地と、アルトの真剣な横顔を行き来している。いや、無理もない。ここは砂漠、まともな土壌すらない土地なのだから。
「そうだ。水があるなら、草木だって育つはずだ」
アルトはそう断言し、湖のほとりに立った。その瞳には、すでに緑豊かな未来のバルハの姿が映っていた。湖の誕生によって湿度がわずかに上がり、以前よりも風が柔らかくなっている。だが、それだけでは作物を育てるには不十分だ。
(問題は、土の質……このままじゃ植物は根を張れない)
村の畑跡を見てみると、やせ細った砂と岩混じりの土が広がっている。足元で砂がサラサラと音を立てて崩れ、植物が根を張るにはあまりにも頼りない。これでは水を撒いても、作物どころか雑草すら生えないだろう。
「うーん……やっぱり土壌改良から始めるか」
アルトは腕を組みながら考え込む。その頭の中では、知識とスキルを組み合わせた壮大な計画が、すでに組み立てられ始めていた。
「なあ、村長。この辺りで昔、木が生えてた場所ってあるか?」
「む、昔ですか……? そういえば、北の岩場には、昔は少しだけ木々が生えていたと聞いたことがあります」村長の記憶の糸をたどるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「よし、行ってみるか!」
アルトは村の若者たちを引き連れ、北の岩場へ向かった。すると、そこにはわずかながら枯れた木の幹や、黒ずんだ土が残っていた。風に晒され、日差しを浴びて、かろうじて土としての形を保っているだけだったが、それでも確かに「土」と呼べるものがあった。
「やっぱりな……昔はここに森があったんだ」
アルトはその土を指でつまみ、確かめる。指先から伝わる感触、匂い、そして《水操作》スキルが読み取る情報。全てが彼の推測を裏付けていた。
「まだいける……この土、湖の水と混ぜれば使えそうだ」
村へ戻ったアルトは、さっそく土壌改良の作業を始めた。
「まずは、この岩場の土を湖の周辺に運ぶ!」
村人たちがスコップや袋を使って土を運び、湖の近くに敷き詰める。乾いた砂の上に黒い土が広げられるたびに、微かな土の香りが風に乗って運ばれた。そしてアルトが《水操作》で適度に湿らせ、微生物が繁殖しやすい環境を整える。
さらに、近くに生えていたわずかな草を集めて腐らせ、肥料として混ぜ込む。これは、かつての豊かさを取り戻すための、小さくも確かな一歩だった。
「これを繰り返せば……徐々に作物を育てられる土になるはずだ!」
村人たちは最初こそ半信半疑だったが、次第に作業に熱中し始めた。彼らの疲れた表情の奥に、かすかな希望の光が宿っていくのが見て取れた。
「領主さま、本当に植物が育つんですかね?」
「試しに、この種を蒔いてみよう」
アルトが取り出したのは、持参していた干し果実の種だった。掌に載せられた小さな種は、この不毛の大地にとって、まだ見ぬ希望の種子だった。水を撒き、土に埋める。
「……さあ、どうなるか楽しみだな!」
こうして、バルハ砂漠の大地に、希望を乗せた最初の種が蒔かれたのだった。