「……ん?」
朝日が昇る頃、アルトは湖のほとりに立ち、昨日植えた種の様子を見に来た。そして、目を凝らすと——。微かな朝露を宿した土の表面から、期待を裏切らない小さな緑が、弱々しくも確かな生命の息吹を放ちながら顔を出していた。
「おおおおっ! やったぞ!!」
思わず叫ぶと、村人たちも駆け寄ってきた。彼の声には、抑えきれない喜びと、これまでの苦労が報われた達成感が滲んでいた。
「本当だ……! 信じられん、砂漠に芽が出るなんて……」目を擦り、何度も確認する者。歓喜のあまり、その場で膝から崩れ落ちる者。
「奇跡だ……いや、領主さまが起こした奇跡だ!」
村人たちは歓声を上げ、互いに抱き合って喜んだ。
「まあ、これで終わりじゃないけどな。作物を育てるにはまだまだやることがある」
アルトは冷静に言ったが、内心ではガッツポーズを取りたい気分だった。いや、実際は拳を握りしめ、心の中で大きく叫んでいた。
(よし、順調だ……! これなら、この土地を本当にオアシスにできるかもしれない)
そんな彼の元に、突然、見知らぬ少女が現れた。砂埃が舞う中、彼女の姿は一服の清涼剤のように、アルトの視界に飛び込んできた。
「ねえ、あんたがこの土地を変えたって噂の領主ね?」
その声はどこか気怠げで、だけど芯の強さを感じさせた。まるで、風に乗って運ばれてきた砂が、一瞬だけ鋭い石に変わったかのような、不思議な響きがあった。
振り向くと、そこには薄茶色のふわふわした耳をピクピク動かす、獣人の少女が立っていた。
「……獣人?」
アルトは驚いた。王都ではその存在すら稀とされる獣人が、まさかこんな辺境で、しかも唐突に目の前に現れるとは。獣人は王都ではほとんど見かけない種族で、辺境に暮らしていることが多い。
少女は腰に手を当てながらニヤリと笑った。その口元には、猫のような小悪魔的な笑みが浮かんでいた。
「オイラはティナ。ここの噂を聞いて来たんよ。砂漠に湖ができたっち、ほんとかいな?」
彼女の話し方には独特のイントネーションがあった。
「……博多弁?」アルトは思わず、故郷で耳にしたことのある方言を連想した。
「はかた……? なんそれ? ま、いいや! とりあえず、オイラにも水を分けてくれるっちゃ?」
ティナはそう言うと、アルトの前に手を差し出した。
「もちろん、いいぞ!」
アルトは湖の水を汲んで差し出すと、ティナは一気に飲み干した。喉を鳴らし、まるで長い旅の渇きを癒すかのように。
「……ぷはーっ! うまっ!! なんこれ、オアシスの水より澄んどるやん!」感嘆の声を上げながら、彼女の目がキラキラと輝く。
「オイラ、この湖、気に入ったばい! ここに住ませてもらうっちゃ!」有無を言わさぬ、しかし不思議と憎めない響きがあった。
「え、いや、そんな簡単に……」
「よろしく頼むばい、領主さん!」
まさかの展開にアルトは頭を抱えたが、村人たちはティナの明るさにすぐに打ち解けた。まるで、砂漠に吹き荒れる風が、一瞬にして心地よいそよ風に変わったかのように。
こうして、砂漠の村に新たな彩りをもたらす、仲間が加わることになった——。