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第2話:紗紅夜のギルド

 王都ブリテンには、実に様々な生業を持つ人々が息づいている。そして、その数だけギルド(組合)が存在するのだ。依頼を受けて生計を立てる“冒険者ギルド”。魔法を操る者が、スペルブックやスクロール、そして魔法の媒体となる秘薬を取引する“メイジギルド”。動物や魔獣を手懐け使役する“テイマーギルド”といったものがある。


 他にも、生産系のギルドも多種多様に存在する。炎と金槌を操る鍛冶屋の“スミスギルド”、布と針で彩りを生み出す裁縫師の“テイラーギルド”、そしてポーション作りに精通した“アルケミーギルド”など、すべてを紹介しようものなら、日が暮れてしまうだろう。


 だが、そんな表の顔を持つギルドの裏には、一般には知られていない、ひっそりと息を潜める闇のギルドも存在する。それが、私、紗紅夜が身を置く“シーフギルド”だ。


 ここに所属する利点は、ギルド員同士で仕事が競合しないよう調整される。同じエリアで同じ獲物を狙うほど、無駄なことはないからね。そして、駆け出しの者に【スニーキング(覗き)】、【スティーリング(盗み)】、【ハイディング(隠蔽)】といった、泥棒の基礎の基礎を手ほどきしてくれるのも、このギルドの役割だ。


 私? もちろん、どのスキルもベテランの域さ。失敗することは……まあ、たまにはあるけれど、ほぼ皆無と言っても過言ではないわね。


 この三つのスキルを磨けば、確かに一定の仕事はこなせるようになる。だが、真に上位の仕事を目指すのであれば、【ステルス(隠密行動)】が不可欠となる。これは、誰にも気づかれることなく、対象の影になる。どこまでも追従することを可能にするスキルだ。これで対象の住処までついて行き、その場所を正確に把握する。その後、家の鍵を拝借し、中に置かれた品々をいただく。これもまた、実に達成感のある仕事と言えるだろう。


 そして、私たちシーフギルドとは同系統に見られがちな“アサシンギルド”がある。だが、間違っても、私たち泥棒は対象を傷つけるようなことはしない。ましてや、命を奪うなど言語道断だ。確かに暗殺できるだけの能力は備えている。しかし、それを決して行わないこと。それこそが、私たちの泥棒としての矜持なのだ。


 ちょうど良いところに、あそこの酒場で、狩りで得た獲物やGPを分配しようとしている冒険者グループを発見した。 あんなにテーブルにお宝を広げていたら、「どうぞ、獲ってください」と言っているようなものじゃないか。これを見過ごしてしまうのは、泥棒の看板に偽りあり、というものだ。


 私は一旦建物の影に身を潜めてから、【ハイディング】のスキルを使って、影そのものになる。そこから【ステルス】で、まるで幽霊のようにこっそりと酒場の中へ侵入した。物音一つ立てることなく、私は彼らのテーブルのそばに立つ。テーブルの上に置かれている品々だから、【スニーキング】する必要もない。すべて丸見えなのだから。


 狩りの後とあって、テーブルには様々なものが並べられている。だが、ゆっくりと品定めをするのは素人のすることだ。私はすぐに狙いを定め、獲物をいただく。今回、私が目をつけたのは、秘薬が詰まった秘薬袋だ。魔法使いやメイジギルドで売れば、そこそこの稼ぎになるだろう。


 問題は、冒険者たちの視線が、一様にテーブルに集まっていること。何か異変があれば、誰かしらには気づかれてしまう。そこで私は、威力の弱いレッサーエクスプロージョンポーション(爆弾)を取り出した。それを店の隅に転がすと、ポンッと可愛らしい音と、白い煙を上げた。


 次の瞬間、私はすでに酒場の外に出ていた。その手には、目的の秘薬袋を携えて、だ。


 誰も傷つけず、誰にも気づかれず、颯爽と仕事をこなし、何事もなかったかのように消え去る。これこそが、私の「仕事」と言えるだろう。


 さて、あの冒険者たちは、秘薬袋が無くなったことに、いつ気づくのだろうね?

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