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第3話:紗紅夜とボマー

「号外! 号外! また王都で爆弾事件発生!」


 王都ブリテンの広場に、号外屋の甲高い叫び声が響き渡る。ここ最近、王都を騒がせているのは、バッグの中にいつの間にか忍び込ませられたエクスプロージョンポーションが突如として爆発し、持ち主に怪我を負わせるという連続事件だ。被害者たちは皆、「いつの間にかバッグの中に入っていた」と証言するばかり。こんな芸当ができるのは、我々シーフギルドしかありえないということで、衛兵の警備体制は日増しに強化されていた。


「まったく、仕事がやりにくくなったもんだ。命を奪うほどのポーションを使っていないあたり、愉快犯ってところだろうね」


 街路樹の葉陰に身を潜め、のんびりと獲物――今は怪しげな人間を観察しながら、私は独りごちる。


「アサシンギルドの仕業なら、間違いなく爆死させている。むしろ、仕留め損なったこと自体が恥となる世界だからね。」


 そうこうしている今この瞬間も、眼下では衛兵たちが、いつも以上の数を投入して巡回している。


「ほんとーに、仕事の邪魔しやがって。こうなったら、私が犯人を見つけてやろうじゃないか。」


 この爆弾をばら撒く愉快犯、通称「ボマー」とでも名付けよう。このボマーを捕まえるためには、こちらが気づかれては意味がない。私はすぐに仕事モードへと切り替える。【ハイディング】と【ステルス】を駆使し、完全に気配を消し去る。そして、人々の集まりそうな場所を丹念に巡っていく。


 影になれば、私の方が一枚上手というもの。誰にも気づかれることなく、国営銀行、酒場、鍛冶屋、さらにはパン屋まで、足音一つ立てずに足を運んだ。こんなにも衛兵が出回っている状況では、ボマーも簡単には行動できないか。


 昔のことになるが、大量のエクスプロージョンポーションを携え、あえて人の多い場所で自分もろとも爆発に巻き込むという、忌まわしい爆弾テロ事件があった。その時は愉快犯では済まされないほど、多くの被害者を出した。

 そんな事件と比べるのも奇妙な話だが、死者が出る前に止めておいた方が賢明だろう。もちろん、これ以上私の仕事がやりにくくなるのはご免だから、という理由も大きいけれどね。


 この日は何も起きることなく、平穏に過ぎていった。まあ、こんな日もあるさ。私はアジトへと、少々渋々ながら帰ることにした。


 アジトと言っても、比較的小さな家を王都ブリテンの北に出た森の中に持っているだけだ。小さくても持ち家というのは、ちょっとした自慢さ。

 これでも表向きは「花好きの紗紅夜さん」で通っていて、玄関周りには鮮やかに咲いた花々が植えられている。ここだけの話、他の家の庭先から拝借したものなんだけどね。

 それでも玄関先に花があるだけで、まさかここに泥棒が住んでいるなどとは、誰も思わないものだ。いかにもアジト然とした面構えでは、落ち着いて自宅で眠ることすらできなくなるからね。


 ボマーのこれまでの犯行は、すべて太陽の光が降り注ぐ真昼間だ。大衆の注目を浴びたいのだから、当然だろう。ということは、ボマーは仕掛けた後も、どこかで爆発する瞬間を見ているはずなんだ。まあ、私の目の前で仕掛けさせるわけないけれどね。


 明日は、朝一番で冒険者たちが旅立つ前、最も混雑する時間帯に銀行周辺を張り込んでみよう。明日に備えて、今は眠ることにしよう。


 次の日、まだ朝日が昇りきらない頃に、私は颯爽と家を出た。ボマーよりも先に、銀行を見渡せる絶好の位置に待機するためだ。「隠れてしまえば関係ないだろう?」と? 確かに気配を消して影とならば、気づかれにくくはなる。だけど、そこに私が存在しないわけではないんだ。偶然でも触れられれば、すぐに認識されて【ハイディング】が解けてしまう。そんなことになったら、泥棒として、恥ずかしくてしばらく表をうろつけなくなってしまうだろう。


 そして、絶好の位置にポジションを構えると、眼下の獲物――今はボマーのターゲットを観察する。こうやって俯瞰で観察すると、肉眼では見えないものも見えてくるものだ。案の定、不自然な動きをしている奴を見つけた。やたらと人の背後につこうとしている。泥棒としては未熟な動きだが、素人にしてはそこそこできる。


 しばらく観察していると、ターゲットを決めたのか、やたらと距離を詰め始めた。


 ここだ! 私はすぐにそいつの影になる。周りから見えていたら、まるで人間列車のように見えていることだろう。


 ボマーがターゲットに手を伸ばす。その手には、まさしくあのエクスプロージョンポーションが握られていた。そのままターゲットのバッグの中に忍ばせると、彼は何事もなかったかのように立ち去った。


 私は素早くバッグからエクスプロージョンポーションを抜き取ると、すぐさまボマーの影に入り追従する。建物の陰で爆発の瞬間を楽しみに待っている奴のバッグに、抜き取ったエクスプロージョンポーションを、「落としましたよ、どうぞ」と言わんばかりに差し込んだ。


 一仕事終えた私は、その場を後にする。私の後ろでは、自らのエクスプロージョンポーションで爆発し、全身から煙を上げていたボマーがいることは、言うまでもない。


今日はもう仕事どころじゃないね。家に帰って、のんびりパンでも焼いて過ごそうかしら。


 王都ブリテンで静かに爆弾テロ事件が解決されたことは、誰も知る由もなかった。


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