…店内には、お客様の座るデザインチックな椅子が３脚あり、今は女性客が２人座っている。１人は髪をカットしてもらっていて、もう１人は次の番を待ってるって様子。鏡も凄くシンプ…うっ！！

目の前の鏡に映る女性客たち…その全員が鏡越しにじーっと、僕を観察してるー！

『ねぇ、そこの男性のお客さま』

『あ…はい！』

『こっちへ来てくれない？あっちでお話しましょう』

『あ…はい』

美容院の店内の奥へ…そして目の前に、また扉。

扉には木製の小さな看板が架けられていて、そこには【V.I.P. ROOM】と書かれている…ビップルーム！？

部屋に入ると…そんなに広くはない室内は、今までのような白いモダンな部屋ではなくて…部屋中が赤と黒の二色…とても怪しい雰囲気が漂う室内だった。

天井を見上げると…全体が黒ベースに真っ赤で大っきな４つの薔薇の花と、その周りをひらひらと飛ぶ象牙色の蝶たち…壁は上半分が赤で下半分が黒のグラデーション…。

『お兄さん、その椅子に座って』

『…えっ？あ、はい』

この部屋の真ん中に椅子はひとつ。椅子に座るとの目の前にはもちろん、大きな鏡がある。

『菊江さん…本当に？』

『本当よ！このお兄ちゃん《男の娘のダイヤモンドの原石》なのよ！！』

《オトコノコ？》のダイヤの原石…？

アンナさんは腕を組み、鏡越しに僕を見た。

『…そうなの？私には、そんなふうには見えないけど…』

『ねぇ、お兄ちゃん！眼鏡取って見せてよ！』

…そう言われているうちに、僕の右隣に立ったアンナさんが僕に断りもなく、白く細い指で僕の黒ぶち眼鏡に優しく触れ、両手で眼鏡をそっと取り払った。

そして、今度は僕の背後に立つ。何も言わない…黙ったままだ。

『………！！』

僕の左肩に左手を添え、僕の右頬にアンナさんの左頬が僅かに触れるのを、少し敏感に感じた。

今、アンナさんのあの綺麗な顔が、僕のすぐ右に…そう思ったら心臓がドキドキし始めた…。

『まさか…本当に原石なの…！？』

複雑な表情で、真横から僕の顔を覗き込むアンナさん…。

僕だって驚いて、アンナさんの顔を覗き返した。

『ねぇ…メイクさせてもらってもいい？』

『…えっ！？』

『…そんな時間…ない？』

『いや…えっと、時間なら…別に』

アンナさんは急いで、この室内の隅に並べられていた大きなワゴンのひとつを音もなく、すーっと滑らせるように僕の近くへと引いてきた。何だろう…？

そのワゴンを見たら…驚き。びっしりとメイク道具が乗せられ並んでいる。

『じゃあ…メイク始めさせてもらうわね』

『…………あの！』

『…何？』

僕はアンナさんに《待った！》を掛けた。