現在の時刻、午前9時2分。
いつも《おばタク》は、だいたい午前9時半頃に
アンナさんはもう一度、iPhoneで電話を掛けはじめた。
『…あっ、もしもし。岡本さ…』
「《…ただ今運転中のため、電話に出ることができません。ピーッという発信音のあとに、お名前とご用件をお話しください》」
『…。』
《ピーッ》
『もしもし。
『アンナさん!10時30分頃でお願い!』
…って言ったのは、僕じゃなくて詩織です。
『あ…ごめんなさい。10時半頃に来てくださいますか?宜しくお願いします…失礼致します』
アンナさんは、岡ちゃんの留守電に用件を残すと、そのまま電話を切った。
…そして予定どおり《おばタク》は、午前10時27分に美容院に来てくれた。
早瀬ヶ池へと向かう《おばタク》の車内では、いつも鈴ちゃんの話題。今週は徳島県に行ってるらしい。
別に本当にお偉いさんでも芸能人でもないのに…毎週毎週、高級タクシーに乗り、優雅に運転手の岡ちゃんにドアを開けてもらい、降車する僕ら…この瞬間は、ちょっとだけ贅沢してる気分。
『岡ちゃん、ありがとう』
『どうもありがとぉ。岡ちゃん』
『じゃあ、またあとでね』
役務を終え、駅前大通りを走り去る《おばタク》。それに手を振って見送る。
そして僕らの周りは、僕らのお迎えに集まった女の子たち…何人いるだろう…たぶん100人はいる…でもこんなの、もう毎週のこと。
『ちょっとだけ前開けてー。ごめんねー。ちょっと通してー』
詩織は誇らし気に、そう言って女の子たちの集団の輪の中から脱出した。
そして…いつもと変わらず、女の子たちの視線に晒されて心地良さそうな詩織。
『ねぇ、金魚』
『うん…なに?』
『女の子たちに、こうやって囲まれちゃうのにも、金魚もそろそろ慣れてきたんじゃない?』
『うん。《そろそろ》どころか《すっかり》かなぁ…』
『それは良いことね。きゃははは』
詩織…周囲の女の子たちに目も暮れず、気持ち良さ気に笑ってるし。
『あのさ、詩織…なんで瀬ヶ池に来るの、1時間早めたの?』
『んとね…』
詩織が自分のバッグに手を入れ、中身をガサゴソ掻き回す…出てきたのは小さな数枚の紙片。
『これよ。この前ナオさんのお店へ行く前に立ち寄った、ケーキ屋さんの特別割引チケット』
『へぇ…』
詩織は割引チケットを再びバッグに戻し、ファスナーを閉じて歩き出した。僕も揃って歩き出す。
『このチケットの使用期限、明日までなの。特別割引なんて言っても2割引きなんだけどね。でも、せっかくだから使わないと、なんか勿体ないでしょ?』
うん…確かに。
『だけど詩織…あのケーキ屋さんってテイクアウトだけじゃなくて、お店の中でケーキ、食べられるんだった?』
『うん。お店のその奥に、テーブル席があるらしいの』
『ふうん。そうなんだ…』
…だから1時間早めた…ってことらしい。