商業ギルドが依頼を出したサーベルタイガー討伐&毛皮の納品。
アインは満足そうに水を飲み干した後、黒ローブの胸元から一枚の依頼表を取り出した。
俺は真面目な表情を浮かべる彼女から依頼表を受け取り、カウンターの上に置いて開ける。
「ちなみにアインはウチへ来る前にサーベルタイガー討伐の依頼内容は見たか?」
「はい! サーベルタイガーの討伐で間違いないッスよ!」
「だろうな……。でも、依頼表の下端に小さく綺麗な毛皮の納品も入ってるんだよな」
アインの面倒を見てるウチに、彼女の仕事でかる仲介屋を手伝うようになった。
サーベルタイガーは危険度Cの魔獣で、腕利きの冒険者や傭兵達がパーティを組んでやっと倒せる相手だったはず。
ただ元Aランク冒険者の俺なら余裕で倒せる相手だし、余裕だと思っていたが綺麗な毛皮納品入ってるのは知らないぞ。
「コレって偽依頼にならないんスか?」
「やり方は汚いけど備考欄に書かれてるから問題はないと思うぞ」
ただメインに書かないのは本当に汚い!
依頼主を見ると商業ギルドの幹部・フィナと書かれており、彼女のやり方を思い出した俺は呆れるようにため息を吐く。
「相変わらず商人ギルドは汚いッスね」
「まあ、その汚さが商業ギルドで長く生き残る秘訣なんだろうさ……」
俺も実家が商家だから理解できるが、この手の依頼は難癖をつけて商品を安く仕入れられるやり方で、今回も
商人の裏側を知ってる俺は、勝手な想像とはいえ、過去の嫌なことを思い出してしまう。
「ダンナ的にはサーベルタイガーの依頼を受けるつもりはあるんスか?」
「明日は店の仕込みをするつもりだったけど、内容次第で商業ギルドへ恩を売れるなら行きたいな」
「内容次第ってダンナは恩を売れる以外で何か考えがあるんスね」
「ある。てか、商人相手ならコッチも得があるように動きたいしな」
一般人ならともかく、商人相手なら報酬の取引は基本で、しかも相手は商業ギルドの幹部。
商人相手に容赦するの付け上がられるが、逆に絞りすぎると反感を買うからいい塩梅を狙いたい。
「確かに面倒な依頼を出す人には払う物を払わせたいッスね」
「それもそうなんだが、俺の狙いは金だけじゃ無いんだよ」
「ほう? じゃあダンナの考えを聞きたいッス」
コイツ、めっちゃ悪どい笑顔を浮かべるな…….。
顔立ちが整ってるアインがゲス顔するのにドン引きつつ、俺は考えた内容を話していく。
⭐︎⭐︎
次の日、商業ギルドのエントランス。
自作の菓子折りを片手にアインと共に、商業区にある商業ギルドを訪ねた。
「それでどう動くんスか?」
「まあ、見ててくれ」
「了解ッス」
まずは知り合いの受付嬢のところへ行くか。
朝から商人の長い列が出来るカウンターで、知り合いの受付嬢である、緑髪ロングに背の高めのクール系の女性・リリサさんの列へ並ぶ。
「ダンナはいつもリリサさんの列に並ぶんスか?」
「それは……まあ、お前には無いものだ」
「何となくダンナを殴りたくなったッス」
そりゃ巨乳は正義なんで!
ただ堂々と言うとキモいので内心で思いつつ、ジト目を向けてくるアインへフォローを入れていく。
「ま、まあでも、アインとバカ話をするのは楽しいぞ」
「ほんとダンナは卑怯ッス!」
「と、言いつつ、シレッと俺の手を握ってきたな」
相変わらずアインはポンコツ可愛いな。
不機嫌そうにしてる割には嬉しそうに頬を緩める彼女に、癒されながら列を進み自分達の番が来た。
「リリサさん、おはようございます」
「おはようございますノーチラスさん。今日は何のようでお菓子になられましたか?」
「実は商業ギルドが出したある依頼についてご質問をしたいと思い来ました」
「あ、ああ、その件ですか」
うん?
いつも笑顔を絶やさない受付嬢のリリサさんが、露骨に表情を歪めたな。
自然と俺から手を話したアインが依頼表をテーブルに置くと、リリサさんがぎこちない笑みを浮かべた。
「何か不都合な事でも?」
「えっと、ココではお答えが難しいので会議室へ来てもらえますか?」
「は、はい」
サーベルタイガーの依頼がヤバいのは予想していたけど、会議室直行は相当だな……。
カウンターの受付嬢達が露骨に目を逸らす中、リリサさんの案内で俺とアインは商業ギルドの会議室へ向かう。
「明らかにヤバい雰囲気ッスね」
「ああ、すごい帰りたくなってきた」
めっちゃ胃が痛い。
小声で呟くアインの言葉に頷きながら、エントランスから誰もいない会議室へ移動。
商業ギルドの会議室は最低限の家具しか置かれてないな。
二十畳ほどの部屋にあるソファーに座った俺とアインは、難しい表情を浮かべるリリサさんがため息を吐く。
「改めて、ノーチラスさん達は
「ええ。ただ、リリサさんの嫌そうな表情を見ると何か裏がありそうです」
「はい。結論だけ言うと、こんなクソ依頼を受けるのは情弱かバカですよ!」
「「めっちゃ素直に言った!?」」
今のリリサさんの毒舌を聞いたら、彼女のファン達が逃げそうだな……。
人当たりの外面を投げ捨てたリリサさんに、俺とアインはドン引きしてしまう。
「と、とりま、手土産のアイスを食べますか?」
「いただきます!」
よ、よし、先程までの荒い口調が無くなった。
割と殺意が高いリリサさんが、アイスを食べて癒されている。
内心でホッとしながら、俺は聞きたいことをリリサさんへ質問して行く。
「その反応的にやっぱり訳ありの依頼だったんですね」
「部外者には言いにくいですが、ノーチラスさんの言う通りです」
「あらら、訳あり依頼は取り扱うのが難しいのによくやるッスね」
「その辺はフィナ部長がゴリ押したんですよ」
ゴリ押しね……。
お皿に盛ったアイスにがっつくリリサさんの揺れる巨乳をガン見しながら、俺は表向きは真面目に言葉を返す。
「ちなみに依頼を受けた人はいるんですか?」
「……金に目が眩んだ人達が受けて行きましたよ」
「おおう。だとすると、バレた時に炎上しませんか?」
「炎上したらフィナ部長はまた部下に丸投げしますよ」
フィナ部長のやばさを聞くたびには、前世のクソ上司を思い出すな……。
嫌な前世を思い出してると、アイスが入ったボウルを引っ掴んだリリサさんが、スプーン片手に勢いよく中身を食べ始めた。
「商業ギルドの内情は知りませんが、依頼を解決しないと
「うぐっ! それはそうですが、相手は腕利きの冒険者ですら苦戦するサーベルタイガーなんですよ!」
確かに生の冒険者なら食い殺されて終わる相手だけど、悪いが俺は普通じゃない。
ニヤリと笑みが溢れた俺は、隣でしたたかに笑うアインとチラリと目を合わせて一緒に頷く。
「じゃあ俺達がサーベルタイガーの毛皮を手に入れたらどうしますか?」
「……ノーチラスさんは何が狙いなんですか?」
「いや、単純に俺は報酬じゃなくてツテが欲しいんですよ」
「大体察しました。つまり、わたしが出来る範囲で貴方へ便宜を図ればいいのですね」
「端的に言えばそうです」
本来は商業ギルドの上の方に貸しを作りたかったが仕方ない。
理解が早いリリサさんは、アイスが入ったボウルをテーブルに置いた後、悪どい笑みを浮かべた。
「ではあのクソババァへの仕返しはわたしがしてもいいのですね」
「え、ま、まあ、仕返しに俺達を巻きこまないでくださいよ」
「もちろん! てなわけで
「任されました」
ほんとリリサさんはいい性格をしてるな。
三ヶ月前、街の外でアインに剣の稽古をつけてる時に、危険度Cの魔獣を倒して納品した時に、商業ギルドへ俺の実力の一端が噂になったんだよな……。
「ほんとお二人は似てるッスね」
「「似てない!!」」
「おおっ! 息ぴったりッス!」
腹黒受付嬢と似てるとか心外だな。
アインのちょっかいにツッコミんでると、リリサさんが空になったボウルをテーブルに置いた。
「ノーチラスさん、アイスのおかわりをお願いします!」
「アイスを食べたいなら明日開店のウチのバーへ来てください」
「……割引をお願いしますね」
地味にこの人もガメツイな。
最後まで性格の悪いリリサさんへ呆れつつ、俺とアインは彼女へサーベルタイガーの依頼受付をお願いするのだった。