リーンの森の入り口付近。
コチラに襲いかかってくる魔獣達を倒しまくった後、俺は懐中時計で時間を確認しながら一息吐く。
「アイツらがココを離れてニ時間くらいか」
前線都市じゃないのに、ニ時間で五回以上も襲撃されるのは流石におかしくないか?
倒した魔獣の山を見ると、確実に百匹は超えている。
襲撃が止んだタイミングで、森とは反対の道から武装した人達と荷台を引いた馬が見えた。
やっと来たか……。
集団の先頭にはアインがおり、コチラに手を振っている。
俺は周りに魔獣の気配がないことを確認しつつ、右手に持った長剣を腰の鞘へ戻す。
「ダンナー、お待たせしたッス!」
「いや、思ったよりも早く来てくれて助かったよ」
ちょうど休憩したかったから、タイミングよく来てくれたのはありがたい。
アインが連れてきた集団は魔獣の山を見て固まってるが、俺はガン無視で収納鞄から水筒を取り出して中の水を飲む。
「ただいま戻りました! って、なんですかこの魔獣の山は!?」
「コイツらはリーンの森から出てきたんですよ」
「な、なるほど……。まるでスタンビートの前兆みたいですね」
スタンビート、つまり大群侵略ね。
前線都市にいた時に何回かスタンビートを経験したことがあるけど、千を超える魔獣を相手するのは疲れたな。
俺は過去の苦い記憶を思い出していると、傭兵風の武装した人達が次々と荷台から飛び降りてきた。
「馬車の修理と運びの依頼と聞いてたが、魔獣の山が複数あるのは予想外だぜ」
「あのリーダー、あの銀髪が一人でこの数を倒したのか?」
「ん、ああ、ノーチラスさんは少し特殊なんだよ」
「はい?」
確かに俺は特殊だけど、アナタの言い方だと語弊を生まないか?
顔見知りの傭兵リーダーへ内心で突っ込みんでいると、相手は満足そうな表情で声をかけてきた。
「よう、ノーチラスさん。アンタと会うのは半月ぶりくらいか?」
「だな。って、ババトの方はどうだ?」
「オレは傭兵稼業をボチボチとやってるよ。っと、嬢ちゃんも元気そうで良かったぜ」
「相変わらずババトさんは暑苦しいッスね」
「そもそも傭兵をやってる奴の大半は暑苦しいだろ」
確かに傭兵の多くは暑苦しいが素で言われると反応に困るな。
年齢は二十代後半で大きな斧を背負う角刈りの大男・ババトは、ニヤリと笑いながら連れてきた傭兵達へ指示を出した。
「おいお前ら、今日は宴会だからさっさと働けよ!」
「「「はい!」」」
「す、すごいやる気ですね」
「傭兵は金を積まれた分だけ元気よく働くしな」
「な、なるほど……」
傭兵達の気合いのこもった返事に、ツルットさんはビビったのか後退りをした。
俺はアインの方をチラッと見た後、仲間の傭兵達に指示を出すハバトへ声をかける。
「二人で話してるところ悪いが、俺とアインは昼食を食べてくるよ」
「飯を食うのはいいが、お前が倒した魔獣はどうすればいい?」
「依頼のサーベルタイガーは貰うけど、他は荷台とかを借りる費用にしたいな」
「お、おう……」
俺が倒した魔獣の種類的に荷台一式を借りれる金になるはず。
頭の中で費用を計算してると、隣にいるアインがジト目を向けてきた。
「たまにダンナは金銭感覚が壊れるッスよね」
「その自覚はあるけど、今は金よりも別の物を手に入れたいんだよ」
「なる。ほんとダンナはいい性格をしてるッス」
文句を言う割に本人も口元がニヤけてるな。
アインはしれっと俺のジャケットの裾を掴み、軽く引っ張ってきた。
甘えたそうにしてるアインへ俺は苦笑いを浮かべつ、気持ちを落ち着かせる為に軽く息を吐く。
「まあな。っと、ハバトには悪いが取引は昼飯が食べ終わった後でいいか?」
「あ、ああ。コッチは時間がかかりそうだからゆっくり食べてきてくれ」
「助かる」
悪いなハバト。
曖昧な表情を浮かべるハバトに俺は軽く一礼した後、アインに左手を握られながら横転した馬車から少し離れていく。
「ダンナありがとうッス」
「礼はいいんだが、アイツらから俺を離した理由があるんだろ」
「やっぱり気づいていたッスか」
「半年も振り回されてたら少しは相手の事を理解できるだろ」
少なくともココまでわかりやすかったら察せるよ。
何か新しい情報を手に入れたっぽいアインは、不満げに頬を膨らませた。
「ダンナは基本はポンコツだけど肝心な時は抜けてないッスね」
「なんかトゲがある言い方だな……」
「ダンナが普段鈍いのは置いといて、早くお昼を食べたいッス」
「お、おう、わかった」
収納鞄の大きさは普通のリュックサックくらい。
その為、お昼ご飯を取り出すくらいなら問題なさそうなので、俺はハムサンドが入ったカゴを取り出す。
カゴを開けると一緒に地面に座ったアインはよだれを垂らしながら、中にあるハムサンドを豪快に掴んだ。
「やっぱダンナのご飯は美味しいッス!」
「お前な……。まあ、食べながらでも話せるか」
「もぐっ、ッス!」
しっかしコイツは食べるのが早いな。
アインの食い意地に若干引きながら、俺は自作のハムサンドを食べていく。
いつも通りのおいしさに満足してると、アインが胸元を叩きながら俺の水筒を取り勢いよく中身の水を飲んだ。
「ぷはぁ、生き返るッス」
「もう少しゆっくり食えばいいのに」
「そうッスけどココに長居するのは少し危ないッスよ」
「……魔獣関係か?」
「ええ。休憩拠点にいる傭兵達がリーンの森から出てくる魔獣が増えたって言っていたッス」
「だろうな」
嫌な予感って当たるもんだな。
アイン達が戻ってきてからは襲撃はないが、森の方を見ると魔獣の気配を感じる。
俺はハムサンドを食べつつ警戒してると、アインが真剣な表情を浮かべた。
「ダンナはどう動くッスか?」
「んー、今は下手に刺激しない方がいいだろ」
「そう言うと思ったッスよ」
「ああ。って、俺の分のハムサンドは?」
「ご馳走様でしたッス!」
「おいいいぃ!? まだ俺は一切れしか食べてないんだけど!」
コイツ、ほんと食い意地がすごい。
アインがめっちゃいい笑顔で口元を舌で舐めて一礼してきたので、俺は苦笑いを浮かべながら蓋の空いた水筒へ口をつける。
「水も飲み切ったッスよ」
「……先に言ってくれよ」
水筒を傾けても水の一滴も出てこなかった。
俺は少し泣きそうになりながら、予備で用意した水が出る魔道具を取り出す為に収納鞄の中へ手を突っ込む。
その時、魔獣の積み込みが終わったのか、笑顔のハバトがコチラに近づいてきた。
「二人ともコッチは終わったぞ」
「はーい! ダンナ、休憩は終わりッスよ」
「あ、ああ」
タイミングが悪いな。
水を飲み損ねた俺、は不運を恨みながらカゴや水筒を片付けていく。
「さてと、ノーチラスさんが倒した魔獣の山は休憩拠点で売却するのか?」
「ああ。ただ荷台の借り費用以外の報酬金はツルットさんの馬車の修繕費に使ってくれ」
「お、おう、わかった」
「ふふっ、相変わらずダンナは甘いッスね」
「おいおい、お前だって不服そうに言いながら口元がニヤけてるぞ」
「それくらい無視してくださいッスよ」
俺はあまちゃんかもしれないけど、なんだかんだアインも大概だな。
本来であればお金は大切だが、ココでツルットさんの好感度を稼いだほうがいいと俺の勘が言っている。
呆れてるアインを宥めてると、苦笑いを浮かべたハバトが真剣な表情を浮かべた。
「じゃあコイツらはすべてギルドへ売るのか?」
「いや、依頼のサーベルタイガーだけは別の荷台に乗せて持って帰させてもらうぞ」
「そうだったな! じゃあ魔獣の山の件はコチラでなんとかしておく」
「頼んだ」
とりま、サーベルタイガーを
ハバトの案内で戻ると転倒していた馬車が起こされて、傭兵達の手で最低限の修繕がされていた。
「あの、今日はお世話になりました!」
「どういたしまして。あと、勝手ですが魔獣の山の報酬をツルットさん宛にしました」
「い、いいのですか!?」
「ええ。馬車の修繕費にでも使ってください」
「ほ、本当にありがとうございます!」
実際は金貨十枚をいただいてるからコッチが得してるんだよな。
魔獣の山は高く見積もっても金貨三枚ほどで、ツルットさんがアインへ支払った報酬額よりも少ない。
ただ臨時収入であるのか、ツルットさんはめっちゃいい笑顔で俺の手を握ってきた。
「二人とも、ココはあぶねーしさっさとサハクへ向かおうぜ」
「わ、わかりましたババトさん!」
これ以上はココに長居したくないしタイミングがいいな。
傭兵達が複数の荷台に積んだ魔獣の死体をチラッと見た後、俺とアインはサーベルタイガーが乗った荷台の御者席へ座る。
「よしお前ら撤収するぞ!!」
「「「はい!」」」
ほんと傭兵達は元気だな。
傭兵達の気合いのこもった声を聞きつつ、アインに御者を任せて隣で周りを警戒していく。
「魔獣の襲撃がなくてよかったッスね」
「まあ、魔獣はともかくまた別の面倒臭さかあるけどな……」
このペースだと夕方前にはサハクにつきそうだが、商業ギルドで腹黒受付嬢のリリサさんと話すのが面倒なんだよな。
気が重くなる中、馬の手綱を掴んでるアインがニヤリと笑う。
「後のことは考えずに今はゆっくりしようッス!」
「そうする」
アインの一言で少しだけ楽になったな。
問題を後回しにしてる感じはあるが、いま考えても仕方ないので面倒ごとは頭の中から無くしていく。
この辺はいい景色だな。
リーンの森とサハクの間は草原が広がっており、低級の魔獣をチラホラと見掛ける程度でのんびりできる。
俺は暇な時間を幸せに感じながら、隣に座るアインの方へ視線を向ける。
「なあアイン」
「ん? 何かあったッスか?」
「いや、なんでもない」
何を言うか忘れた。
荷台が少し揺れて御者をしてるアインが、俺の右腕に頭を軽くぶつけた。
彼女の行動に少し戸惑うが、本人は嬉しそうに頭を俺の右腕に擦り付けてきた。
「ダンナは氷魔法使いなのに暖かいッス」
「あ、うん、甘えるのはいいけど前を見てくれるか?」
「ふふっ、恥ずかしがってるッスね」
いやその、よそ見運転は危ないんでな。
幸せそうに頭を上げたアインは、幸せそうな表情で手綱を握り直した。
俺は内心で安心しながら、サハクへ着くまでのんびり景色を観察するのだった。
……商業ギルドで腹黒受付嬢に振り回されるまでは。