ほぼ無傷で討伐したサーベルタイガーを商業ギルドへ納品した次の日の朝九時。
俺とアインは商業ギルドの建物内にある会議室に来てきた。
なぜ、俺は朝から商業ギルドに呼び出されたんだ?
夜の二十時からあるバーの開店準備のために、料理の仕込みをしようと思ったのに……。
朝早くに商業ギルドの職員さんが、馬車で家に訪ねてきてほぼ強引に連れてこられた。
怒涛の展開に俺は頭が痛くなってると、不安そうに顔を背けたアインがジャケットの右袖を握ってきた。
「二人とも朝早くに商業ギルドに来てもらってすまない」
「ココに昨日の役者さんが揃ってるから大体は察しましたよ」
「ほう? 氷の魔法士殿は勘がいいな」
「自分はタダのバーのマスターです」
「そうか。なら、今は貴方の出世は気にしないでおくぞ」
サハクの商業ギルドで支部長をしてるクロウさん。
会議室の中には俺とアイン以外に、クロウさんとリリサさんがソファーに座っている。
俺はクロウさんへ警戒しながら、テーブルに置かれた紅茶を飲む。
「自分も早く本題に入りたいので、話を切ってくれるのは助かりました」
「まあ、突っ込まれたくない過去は誰にでもあるしな」
「……そうですね」
おそらく、この人は俺の何かを知ってるな?
紅茶が入ったカップを置いた俺は軽く息を吐いた後、クロウさんの隣に座るリリサさんへ声をかける。
「話は変わりますが、リリサさんは
「支部長がいる手前で言いづらいですが、すごく気持ちよかったです!」
「この重苦しい空気の中でいい笑顔で頷いたッスね……」
「いやだって、クソ上司が首になったら誰でも喜ぶぇしょ!」
リリサさんの言ってる事はすごくわかる!
ただ支部長の前でいい笑顔でハッキリ頷くのはすごいな。
リリサさんの隣で深いため息を吐いたクロウさんは、頭痛がするのか頭を手で抑え始めた。
「まさか可愛い部下がこんな悪魔のような笑みを浮かべるとは……」
「わたしが捻くれたのは商業ギルドのおかげですよ!」
「あー、リリサさん。あんまり調子に乗らない方がいいですよ」
「なる。では、この辺で商業ギルドの批判はやめておきます」
「よ、よく堂々とオレの前で批判できたな……」
あーあ、クロウさんがいじけちゃったよ。
リリサさんの棘がある指摘に、クロウさんは仏像のように硬直してしまった。
俺はさっきから静かにしてるアインが気になり隣を見ると、彼女は涙目でコチラを見つめてくる。
「あ、うん、無駄話をするなら俺達は報酬をもらって帰りますよ!」
「ああ、すまない!」
流石にこれ異常は無駄話に付き合いたくない。
俺は若干震えてるアインの左手を握った後、戸惑うクロウ支部長へ強めの視線を送る。
相手は戸惑うように目を逸らしながら、隣にいるリリサさんへ顔を向けた。
「わ、わたしが説明するのですか!?」
「おう! リリサには悪いが頼んだ!」
「はい……。まずは今回の件でティナ部長と護衛の五人は解雇になりました」
まあ、あれだけやらかしたティナさん達が解雇になるのは予想通りだな。
気まずい表情で淡々と話すリリサさんへ、俺はふと思ったことを返す。
「あの、今回の問題が起きるまで解雇しなかったのはなんでですか?」
「それは……。ティナ部下が今までは巧妙な手で不正を隠してたんですよ」
「えっと? あからさまの罠依頼を巧妙とは言えないッスよね」
「「ごもっとも!!」」
うん、俺もアインと同じことを思ったな。
アインの正論に、リリサさんとクロウさんは頬を引きつらせながら頷いた。
二人同時に認めたことで、今の会話も茶番に感じてしまう。
「まあ、ティナさんの件は置いといて、報酬はあるんですよね?」
「ノーチラスさんが求めてたツテは用意しましたよ」
「なるほど……。ちなみにツテはどんな感じですか?」
「クロウ支部長の許可アリなので、サハクの商品の大半が購入できます」
マッ!?
報酬として頼んでた商業ギルドのツテが、支部長権限で大きくなったんだが?
予想外の収穫に内心で喜んでいると、隣に座るアインが慎重そうに口を開く。
「ツテもいいんスけど、報酬金はどうなるんスか?」
「そちらは、サーベルタイガーの納品と迷惑料を含めて金貨十枚になります」
「おおお! ダンナと山分けしても金貨五枚になるッスね!」
「計算が早いな!?」
サーベルタイガーの毛皮納品の報酬金は金貨五枚だったけど、さらに金貨五枚が追加されたのは美味しい。
平民の平均年収は金貨四枚程度らしいから、金貨十枚は二年はゆっくりできる金額になる。
リリサさんから報酬金が入った袋を受け取ったアインは、目を光らせながらいやらしい笑みを浮かべた。
「これで当分は余裕ができるッス」
「だなー。っと、報酬はもらいましたので自分達は帰りますね」
「ちょっ!? ことの顛末とか聞かなくていいのか?」
「自分達はあくまで部外者なので首を突っ込まない方がいいですよね」
「そ、そうか……」
正直、商業ギルド内で起きた問題だから俺とアインは巻き込まれただけ。
内情に関わる気なんてないので、俺はアインの肩を軽く叩いて目を合わせる。
彼女はコチラの意図を察してくれたのか、報酬金が入った小袋を黒ローブのポケット中へ仕舞った。
「では、改めて失礼します!」
「失礼するッス!」
「ああ……。また何かあったら何か頼ませてもらうぞ」
「その時は正当な対価をお願いしますね」
面倒な依頼はやめてほしいな。
どこか引いているクロウさんへ、俺とアインは一礼してから会議室から出ていく。
「ほんとダンナは引き際が上手いッスね」
「マイナスが大きな話は聞きたくないだろ」
「そりゃそうッスよ」
あのまま会議室に残ってたら商業ギルドの闇に突っ込む羽目になってしまう。
それが嫌で話を切り上げたのは正解と思っていると、アインが不安そうに手をコチラに伸ばしてきた。
俺はアインの手を握り、できる限り優しく微笑む。
「しっかし、これから商業ギルドはどうなりそうッスか?」
「さあなー? でも再発防止しないと商人の不信感が大きくなるし多少はマシになるだろ」
「だといいッスけどね!」
大事が起きてるのに何も対策しませんでしたは、商業ギルドとしてもメンツがもたないだろうしな。
建物の廊下から中央ホールに出たので、俺達は会話をやめて周りを見渡す。
特に昨日すれ違った人達が興味深そうにコチラを見てきてるな。
中央ホール内にいる商人達の視線を浴びつつ、俺はアインと共に商業ギルドの建物内から出ていく。
「地味に息苦しいッスね」
「まあ、気にするだけ無駄だろ」
「ッスね! あ、気分変えでもらったお金で美味しい物食べたいッス!」
「お前また俺に大量の料理を作らせる気か……?」
「もちろんッスよ!」
ですよねー!
めっちゃいい笑顔を浮かべるアインに呆れながら、俺は覚悟を決めるように昼食の献立を考え始めるのだった。
このゆっくりとした生活が続きたいな。
過去にとらわれずに、今を生きるために俺はいつも通りを目指していく。