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第9話・依頼主はCランク傭兵・ハバト

 酒場バー・エターナル。

 今日のメインに霜降り牛のハンバーグ、レモンソースをかけた野菜サラダ、白い小麦粉を使ったナンに近いパンを乗せたワンプレートのセットを日替わりのディナーセットとして用意した。

 一通り料理を木製のプレートへ盛り付け、カウンター席に座ってるアインへ提供する。


「今日は一段と豪華ッス!」

「そりゃ今日は開店初日だしな」

「なるなる! と、言いつつお客さんが来ないッスね」

「それは言わないでくれるか……」


 開店して一時間くらい経つが、お客さんは誰も来ない。

 俺はもえつきたように天井を見上げてると、ハンバーグを口に含んだアインが笑顔を浮かべた。


「まあでも、静かな方がアタシは好きッスよ」

「そ、それはよかった……いや、商売としては成り立ってないな」

「逆にダンナは真面目に商売する気はあるんスか?」

「い、一応あるぞ」


 正直ドロップアウト後の余生を謳歌するために開いたお店だけど、多少はお客さんが来て欲しい。

 内心で贅沢な悩みを抱えてると、店の扉のベルがなったので振り向く。


「いらっしゃいませ!」

「おお、噂通りノーチラスさんがバーのマスターをやってるな」

「……お客様お席にどうぞ」

「ああ、じゃあカウンターにお邪魔するぜ」


 この人、しれっとアインの隣に座ったな。

 お客さんとして現れたのは角刈りで大きな斧を背負った筋骨隆々の大男のハバトが、いい笑顔を浮かべながらアインの隣に座った。

 俺は少しだけ戸惑いながら、お冷とメニューをハバトへ渡す。


「コチラをどうぞ」

「ん? まだ何も頼んでないが?」

「ウチでは水は飲み放題なんですよ」

「マジか!? てか、その気持ち悪い喋り方はやめて欲しいぜ」

「な、なら、普通に話すよ」


 俺の敬語は気持ち悪いのか……。

 地味にショックを受けてると、木のコップに入ってる水を飲んだハバトが目を見開いた。


「水が冷たいしうめぇ!」

「そりゃダンナが手間をかけて用意した水ッスからね」

「なるほど……。ん? なんで嬢ちゃんがココにいるんだ?」

「今更!? まあ、アタシはダンナの妹分だからココにいるのは当たり前っスよ」

「ほんとノーチラスさんは面倒見がいいな」


 俺のどこに面倒見の良さがあるんだ?

 ハバトに突っ込みたくなってると、彼の隣に座るアインが不服そうにジト目を向ける。


「それよりも何か注文しないんスか?」

「注文と言われても何を頼めばいいんだ?」

「オススメは飲み放題に今日のおつまみセットをつけるのがいいッスよ」

「ん? 飲み放題って酒が好きなだけ飲めるのか?」

「そうッス!」


 あら、なんかハバトが固まってない?

 前世では飲み放題のプランはよく聞いたけど、この世界ではあまりないから驚いたっぽいな。

 メニューを見てままフリーズしてるハバトは、少しして復活したのか顔を上げた。


「店の利益は大丈夫なのか?」

「お金は魔獣狩りで稼げるから問題ない」

「た、確かにノーチラスさんの腕なら金には困らないか……」

「嫌味になるけどそうだな」


 自分の嫌味がキモいな。

 変にカッコつけた事で逆にカッコ悪くなったので、地味に恥ずかしくなってしまう。

 カウンター席に座るアインは、コチラを見ながら呆れたようにため息を吐いた。


「相変わらずダンナはナルシストッスね」

「……ハバトは頼むメニューは決まったか?」

「お、おう、とりま嬢ちゃんが言ってた飲み放題と今日のツマミセットをお願いするぜ」

「ちなみにお酒は色々あるけど何にする?」

「このメニューの中から選べばいいのか?」

「そうそう」


 うん、飲み放題は少し早かったかな?

 戸惑うハバトの質問に答えながら、今日のおつまみセットを用意していく。


「じゃあまずは大ジョッキーのラガーを頼んだ」

「了解。っと、先にツマミセットを渡しておく」

「おお!? やっぱノーチラスさんの料理は美味そうだぜ」

「ダンナのご飯は美味そうじゃなくて美味いんスけどね!」

「ははっ! 悪い悪い」


 今日のツマミセットは、燻製のハムとチーズにスライスしたかた焼きパンのセットで銅貨五枚。

 値段的には原価ギリギリだけど本気で稼ぐ気がないから、今の値段がちょうどいい。

 ツマミセットをテーブルに置いた後、氷魔法で冷やしたラガーを大ジョッキへ注く。


「注文のラガーも置いとくぞ」

「お、おう、当たり前のように酒が冷たいぜ」

「それがウチの売りだしな」


 現代日本の体感が残ってるから、お冷がぬるいのは嫌だった。

 自分の適性が氷魔法なのに感謝してると、ラガーを一気に飲み干したハバトが勢いよくジョッキをテーブルに置いた。


「うめぇ! こりゃでも来たくなるぜ!」

「そりゃよかった! ん? 俺への頼み事って何だ?」

「実はオレが通ってた兵士学校で歓迎祭の前準備があってな」

「アタシもやったッスけど、三年生が新一年生のために費用を魔獣狩りで稼ぐやつッスね」

「そうそう!」


 俺が前線都市にいた時に通ってた魔法学校にはない風習だな……。

 ハバトとアインは同じ兵士学校の卒業生なのか、急にウマが合い始めた。

 俺一人だけ仲間外れの状態で悲しくなりながらハバトに頼まれたお酒の追加を用意していく。


「アタシが三年生の時は危険度Cのアーマーベアが出て死ぬかとッスよ」

「マジかよ!? まあ、オレの時も危険度Cの魔獣が出て教官達が総出で戦ってたな」

「やっぱり魔獣狩りあるあるなんスね」

「そりゃ狩場であるリーンの森には色んな魔獣がいるしな」

「こないだも入り口付近でサーベルタイガーが現れたし危険な場所ッスよね」

「……え? あのサーベルタイガーはそんな浅瀬に居たのか!?」

「そうッスよ!」


 ハバトの反応的に、サーベルタイガーがどこで現れたを知らなかったのか?

 アインの自慢げな言葉に、ハバトが何かを考えるように自分の口元へ手を置いた。


「だとすると、をノーチラスさんに持ってきたのはよかったかもしれないな」

「ん? さっきハバトが言ってた兵士学校の歓迎会準備にか?」

「そうそう! お前の腕を見込んで前準備を手伝って欲しい」


 ハバトめっちゃ真剣な表情で頷かれたな。

 そこまで期待されてるなら、料理の腕を活かして準備をしていくか。

 色んな意味で俺はやる気に満ち溢れながら、勢いよく頷く。


「おう! お前らが稼いできたお金で美味しい料理を作るよ」

「いや、パーティの料理もお願いしたいが、本題である魔獣狩りを頼みたい」

「……え?」


 は、はい?

 もしかして俺は後方準備ではなく、メインの戦力として数えられてる?

 色んな意味で予想外の展開に、俺は思わず目を点にする。


「ダンナが固まったッス!?」

「も、もしかしてオレがノーチラスさんの強さを疑ってると思われたか?」

「さあ? ただハバトさんがダンナの何かを踏んだ気がするッス」

「ま、マジか……。ノーチラスさん、すまない!」

「あの、地味に傷口を抉るのはやめてくれない?」

「「え?」」


 今の俺はバーのマスターで魔獣狩りは副業なんだよ。

 ハバトさんが申し訳なさそうな表情を浮かべる中、俺は冷たい水を飲んで気持ちを切り替える。


「話をまとめると、ハバトは俺にとして兵士学校の前準備に参加して欲しいのかな?」

「お、おう! ノーチラスさんには生徒の護衛とやばい相手が現れた時の対処をお願いしたい」

「了解。とりまサーベルタイガー辺りが出てきて欲しい」

「完全に八つ当たりする気ッスね!?」


 いやだって、期待と違うものを言われるとイラつくじゃん!

 ただハバトに当たると悪いから、ココは魔獣にこのストレスをぶつけたい。

 ドン引きする二人を尻目に、俺はヤケクソ気味にニヤリと笑う。


「まあな。っと、ちなみに前準備はいつなんだ?」

「えっとだな。確か五日後からリーンの森近くの休憩拠点で魔獣狩りをする予定だ」

「……そうなると店の開店が変則的なりそうだな」

「重ね重ねすまない」

「じゃあ終わったらお客として来て欲しい」

「そりゃもちろん!」

「あ、追加をお願いするッス」

「了解」


 悪いがコッチも損はしたくないんでな。

 俺は依頼を出してきたハバトと報酬の話を始めつつ、アインにお願いされた料理を用意する。

 その結果、少なくとも損しないレベルの報酬は貰えるので一応満足できた。

 そのため俺は気持ちを落ち着けながら、苦笑いを浮かべるハバトへを向ける。


「先に言っとくけど俺は便利屋じゃないからな?」

「お、おう、その辺は理解しているから大丈夫だ!」

「そうか……。っと、追加のお酒はいるか?」

「じゃあ赤ワインを頼む」


 赤ワインなら外国産のやつがいいかな?

 少しお高めのやつだけど店の雰囲気に合う赤ワインを、ガラスのグラスへ注いでいく。


「そのガラスのグラスは高そうだな……」

「まあなー。でもわざとじゃない限りは割っても請求はしないぞ」

「ならよかったぜ」


 冷たい赤ワインを一気飲みするハバト。

 俺は前世から憧れのバーのマスターにやっとなれた感動で、思わず泣きそうになる。

 ただこの時、ハバトの依頼がかなりの面倒事だとは今の俺は思ってもなかった。




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