兵士学校にある訓練場で、広さは学校の運動場からに見える。
今は生徒達の訓練中なので邪魔したくないが、ゴリアナさんがいい笑顔で授業中の教官へ声をかけた。
「邪魔するぞ」
「ん? な、なんでしょうかゴリアナさん」
「わたしが
「は、はあ? まあ、生徒達の勉強になりそうなので大丈夫ですよ!」
「そうか! なら、生徒達を集めてくれ」
「了解です!」
いやちょっ、なんでそんな目立つ事をするんだよ!?
ただ、生徒の訓練を担当していた教官が、笑顔のまま周りに伝わるように大声を出した。
「お前ら、あのゴリアナ先生が本気で試合するらしいから集まってくれ!」
「「「はい!」」」
「帰りたい」
「ダンナ、このまま帰ると後が面倒ッスよ」
「ですよねー! こんちくしょう!!」
しかも生徒達がコッチをめっちゃ見てくるじゃん!
俺は模擬専用の武器が入ってる用具室の前で、頭に手を置きながら周りを見る。
見た感じ百人ほどの子供がコチラを興味深く見る中、戦闘用の革鎧一式に着替えたゴリアナさんが両拳を打ち当てた。
「急にすまない! 今日は特別授業で元騎士のわたしが危険度Cのサーベルタイガーを倒したやつと試合をする」
「サーベルタイガーはよくわからないけど、危険度Cはやばい相手じゃね?」
「そう! 腕利き冒険者がチームを組んでやっと倒せる相手だな」
なんか生徒達の期待が高まってないか?
未来ある子供達の目の輝きようにビビってると、ゴリアナさんがいい笑顔でコチラへ振り向く。
その顔に俺はさっき以上に頭が痛くなり、隣にいるアインとハバトには同情の視線が浮かんでいた。
「それでその強相手を倒した人って、大斧を背負ってるゴツい人か?」
「いや、真ん中にいる銀髪だな」
「マジで!? あんな細身のやつでも倒せるなんて危険度Cって大したことないのか?」
「モヤシでも倒せる相手なら、ワタシ達でも余裕そうね!」
やばい、生徒からめっちゃ舐められてるな。
俺の見た目はガタイのいい冒険者や傭兵に比べたら細身だけど、モヤシみたいにガリガリじゃないぞ。
調子に乗る生徒達の反応に戸惑ってると、実技を担当していた教官が首を傾げた。
「ゴリアナさんには申し訳ないが、その人はあんまり強く無さそうに見えますよ」
「確かに見た目はな。ただ、彼の隣にいるCランク傭兵のハバトが
「ではワタシも実際に見て判断しますね」
「そうしてくれ!」
もはや帰りたいを通り越して旅行に行きたい。
悲しい状況に現実逃避していると、教官の一人が用具室へ入って模擬専用の武器を持ってきた。
「アイン、荷物を頼んでいいか?」
「もちろん! ダンナ、あの女オーガをぶちのめしてほしいッス!」
「了解」
あのー、アインさん。
女オーガといったん瞬間、ゴリアナさんからすごい威圧感が放たれたぞ。
俺の背中に隠れながら、アインはゴリアナさんへ煽り散らした。
「アインにはきつい再教育が必要ね」
「ひいいぃ!? ダンナ助けてッス!」
「自分から煽っといて急に弱気になるなよ……」
いつも通りの出オチ。
俺の後ろにいるアインを睨みつけるゴリアナさんは、軽くため息を吐いた。
「今はアインよりも君との試合が先よね」
「ええ、あの、模擬戦用の武器を借りてもいいですか?」
「どうぞ!」
とりま、俺が使ってる長剣と近い長さのやつを選ぶか。
もはや背中にくっついているアインを引きずりながら、俺の模擬戦用の長剣を受け取りに行く。
ダサい状況が続いており、コチラを見る生徒達はさっき以上にきつい言葉をぶつけてきた。
「オレたちは茶番を見にきたわけじゃないぞ!」
「さっさと戦えよ」
「そうよ! あの銀髪イケメンとデートさせなさい!」
「「「なんか違う!?」」」
なんか今、変なヤジが飛んできたような?
生徒が一丸になって突っ込む中、ゴリアナさんは背丈ほどある両手剣を軽々と振り回していた。
「さてと、そろそろ始めようか」
「戦うのはいいのですがルールは何かありますか?」
「相手を殺さない以外は特にないぞ」
「わかりました」
と、なると、さっさと終わらせられかな?
俺はニヤリと笑いつつ、ゴリアナさんと共に訓練場の中央に立つ。
野獣のような獰猛な笑みを浮かべるゴリアナさんにビビりつつ、俺は魔法書が入ってる腰のポーチを触る。
「さてと、やるぞ!」
「よろしくお願いします」
緊張するな……。
ゴリアナさんは重そうな木製の両手剣の切先をコチラに向けてきた。
俺も内心で覚悟を決めながら、右手に持つ長剣を中段に構える。
「では、試合開始!」
審判の教官からスタートの合図が飛んできた。
両手剣を構えたゴリアナさんはコチラに突っ込んでくる。
その動きを読んでいた俺は、腰のポーチから魔法書を取り出して氷魔法を発動する。
空中に銀色の魔力が広がり、ゴリアナさんはもちろん情報を知らない人達は目が点になった。
「氷の鎖!」
「な、なんだと!?」
「「「……ま?」」」
「ダンナは容赦ないッスね」
これで終わりっと。
空中に浮かぶ魔力から複数の魔法陣が現れ、中から氷で作られた鎖がゴリアナさんを拘束した。
ゴリアナさんは氷の鎖を破壊しようと力を入れているが、音が鳴るだけでヒビ一つすら入らない。
「か、硬い! てか、君は魔法士だったのか!」
「いえ、フリーの魔法使いですよ。それよりもこれで決着でいいですか?」
「あ、ええ、この勝負、銀髪さんの勝ちです」
あ、俺の名前を名乗ってなかったな。
審判をしてくれた教官さんへ一礼した後、俺は魔法書を閉じて氷の鎖を飛散させる。
鎖がなくなったことで四つん這いになったゴリアナさんは、ブルブルと体を震わせていた。
「わ、わたしが手も足も出ないんなんて……」
うん、確かに鎖でがんじがらめにされて手も足も出なかったですね。
首まで出かかった言葉を飲み込んでると、試合を見ていた生徒が声を上げ始めた。
「お、おい、あの銀髪さんは氷の魔法士だったのか?」
「力だけが自慢のゴリアナ教官が破壊できない鎖って頑丈すぎるでしょ!」
「ふふっ、さらに面白くなりそうですね」
なんか生徒達からの視線が痛い。
一瞬で決着がついたお陰で消化不良感があるけど、俺は気持ちを落ち着けるように一息を吐く。
「これで試合は終わりでいいですか?」
「いや、待ってくれ! 確かに君の魔法の実力はわかったが、まだ近接戦闘はしてないだろ」
「えっと? じゃあ戦う意味はないですよね」
「そこは生徒達のために魔法なしでわたしと再戦してくれ!」
「おおう……」
無駄に戦いたくないから氷魔法を使ったのに、再戦するとなると意味がなくなるんだけど。
損した気分になってると、コチラを見ていたアインがいい笑顔で頷いた。
「ダンナなら魔法なしでもオーガ女に勝てるッスよ!」
「ほう? じゃあお願いしてもいいかな?」
「……あの圧が凄いです」
魔法なしはいいが、魔力を使う身体強化はありなのかな?
改めてルールを確認するために、目が笑ってないゴリアナさんと話し合う。
その結果、身体強化はアリになったのでまだ勝ち筋ができた。
「あのー、オレの出番は?」
「どんまいッス」
「ひどいなおい!?」
なんか、ハバトさんが首を曲げて落ち込んでおり、戻ったアインが同情するように肩を軽く叩いている。
二人の悲壮感に戸惑いながら、俺とゴリアナさんは闘技場の中央で自身の武器を構えるのだった。