第四兵士学校を出て
ジャケットのポケットから懐中時計を取り出して時間を見ると、針は正午を指していた。
お腹すいたな……。
午前だけでも割とハードだったので、俺はお腹をさすりながら燻製のハムを食べようと手を伸ばす。
その時、隣にいたアインがいい笑顔でハムを横取りして大きな口でかじりついた。
「やっぱりダンナが作るハムは美味しいッスね」
「そりゃ海外から仕入れた桜の木を使って燻製にしてるから……って、俺の分まで取るなよ!?」
「こういうのは早い者勝ちッス!」
いやいや、燻製のハムはウチの商品なんだけど?
アインはカウンター席の上に置いてるハムの塊を専用のナイフで、分厚く切って美味しそうに食べ始めた。
俺は戸惑いながら内心で突っ込みながら、市場で買ってきたかた焼きパンを氷のナイフで半分に切っていく。
「少しは遠慮しないのか?」
「ダンナ相手に遠慮はしないッスよ!」
「う、うん、素直なのは良いことだな……」
「そうそう! ついでに冷蔵庫にあるアイスが食べたいッス!」
「素直どころか自由すぎるだろ!?」
ほんとアインは面白いな。
笑顔を浮かべアインが、シレッと椅子へ座った。
俺は少し暖かい気持ちになりながら、カウンター内へ入って冷蔵庫からアイスが入ったボウルを取り出す。
そのままバニラ味のアイスを器に盛り、目を輝かせてるアインの手元へ置く。
「相変わらずダンナのアイスは美味しいッスね」
「褒めてくれるのは嬉しいが、そろそろ
「ほんとダンナは肝心な時は勘が鋭いッス」
「まあなー。ん、肝心な時以外はどうなんだ?」
「基本はワガママなポンコツッスよ!」
「あ、うん、自由なお前にだけには言われたくない!?」
確かにワガママでポンコツな自覚はあるけど、アインにもブーメランが刺さってないか?
色んな意味で巻き込まれた感じがするので、自分の胸が痛くなってしまう。
店内に緩い空気が流れる中、良い顔でアイスを口に含んだアインが木のスプーンを咥えたまま一つ頷いた。
「自覚はあるから大丈夫ッス!」
「逆にタチが悪くない?
「さあ? それよりもダンナが話したい本題ってなんスかね」
「あ、うん、話すネタがありすぎてどれから話せば良いんだ?」
「自分で言ってて混乱してませんか!?」
「なんか、ごめん……」
正直、今回の前準備もだけど、商業ギルドの件や
冷静なアインに突っ込まれた事で、自分が焦りすぎてたのが自覚できたのは大きいな。
俺は苦笑いを浮かべながら、気持ちを落ち着かせるためにバニラアイスを一口食べる。
「別にそこまで気にしてないッス! それで、ダンナの中で一番話したい事はなんスか?」
「ウチの新メニューを考えたい」
「待って待って!? 今の流れで新メニューなんて一言も出てなかったッスよ!」
「だろうなー。まあでも、先に話した方がいいのは前準備の件だよな」
「そりゃそうッス!」
半分ガチで言った新メニューの話がボツされた……。
地味にショックを受けつつ、右手に持ってるスプーンをテーブルへ置く。
俺は一つ息を吐いた後、本題の兵士学校で行われる前準備の話をしていく。
「改めて、アインは確か兵士学校の出身で前準備にも参加した事あるんだよな」
「もちろん! ただ当時は身体強化が使えなかったから後方で働いてッス」
「と、なると、前線の動きはわからないのか」
「ごめんなさいッス」
「いや、気にする事じゃない」
自分のやりたい事よりも適性で決めつけられた事は俺もたくさんある。
トップクラスに嫌な過去を思い出してしまい、思わず険しい表情を作ってしまう。
アインはどこか怯えたように目をウルウルさせたので、俺はいつも通りの笑顔へ戻す。
「じゃあアインは前準備の情報はそこまで持ってなさそうだな」
「ちょっ!? アタシは情報屋だから今回のキナ臭さとかは知ってるッスよ!」
「ま、まあ、ハバトが俺に頼んできた時点で時点でキナ臭いけどな」
「いや、ソッチはダンナの戦闘を知ってる人からすれば問題に感じないッス!」
「おおう……。俺は
「酒場のマスターが危険度Cの魔獣を無傷で倒せるわけじゃないッスか!」
冷静に考えると、俺の方が異常に感じてしまうな。
アインの正論にまたしても胸が痛くなりつつ、俺は気を逸らすように追加のアイスを器へ盛っていく。
「まあ、俺の事はさておき。アインは前準備のどこがキナ臭いと思ったんだ?」
「この
「ん? その辺は地方騎士が調査してないのか?」
「アタシが集めた情報だと動いてないッス」
「マジかよ……」
コッチは高い税金を払ってるのに、国軍の騎士団が動かないのはおかしいだろ。
コレでもし、大量の魔獣が周りを侵略する
内心でキレそうになってると、コチラの怒りを感じたのかアインがため息を吐く。
「
「それで苦しむのは現場で働く人たちなんだけどな」
「それはそう! で、話を戻すと、危険度が高い魔獣が出入り口付近にいるのに、
「……つまり、上は調査費用を安くするためにアイツらを餌にする気かよ」
「アタシはそう考えているッス」
ココまできたら陰謀論だけど最悪の状況は考えた方がいい。
冒険者時代に経験した
カウンター席に座るアインが困ったように、空のコップに水を注いて渡してきた。
「あんまり考えすぎても仕方ないッス」
「だな……」
「それに兵士学校側も
「なるなる。まあ、俺の考えすぎか」
「そうッス! あ、追加のアイスをお願いしまス!」
「ほんとお前は自由だな!?」
まあでも、アインのおかげで気持ちが軽くなった。
それに今の俺は
自分の立場を再確認しながら、俺はアインへアイスを提供していく。
ただ、俺の嫌な予感がマズい方向で的中して、後悔することになるとは思わなかった。