兵士学校へ行ってきた日の夜。
営業時間になったので、バーの看板をクローズからオープンへ変更する。
「この平和が続けばいいけどな」
前線都市にいた時は精神をすり減らしながら激務をこなしていた。
今ののんびりと時間が長らる平和に、俺は満足しながら店の中へ戻る。
暇だな……。
アインは情報屋の仕事に行っており、オルゴールの音が響く店内には俺一人しかいない。
俺はカウンター席へ座り、今日発行された王国新聞に目を通す。
「王都の方も色々と起きてるのか」
国内で起きたニュースを王都にある国営の新聞社が記事を作り、各都市の支部で印刷している。
現代日本の新聞を知ってる身としては、情報の広がり方に偏りがある気がする。
王国新聞を開きメインを見ると、
「アイツも王都の魔法師団で活躍しているのか」
しかも真紅の稲妻というかっこいい二つ名まである。
魔法学校の同期だった赤髪ロングで目つきの悪い少女を思い出してると、店のドアが開く音がしたので顔を上げる。
「ただいま戻ったッス!」
「おかえり! 今日はなんかいい情報はあったか?」
「もちろん! あ、お腹がめっちゃ空いてるし大盛りで頼むッスよ」
「つまりいつも通りだな」
「ソユコトッス!」
ほんとアインは元気だな。
俺は手元にある新聞をテーブルに置いて、アインの料理を用意するためにカウンター内へ入る。
そのまま霜降り牛のピカタを作るために、熱したフライパンに衣をつけた厚切りのお肉を置く。
「今日も美味しそうな匂いがするッス!」
「んー、そりゃ材料がいいからな」
「そこは自分の腕って言わないんスか?」
「自分で言うのが恥ずかしかったんだよ」
「いつもグラスに顔を映してる方がキモいッスよ」
「おおう……」
今のイケメンフェイスでもキモいのか。
アインの鋭い言葉に胸が痛くなるが、気持ちを切り替えて焼いているお肉をひっくり返す。
卵中心の衣が霜降り牛のサーロインに引っ付き、焦げ目もついてきた。
自分の分も含めて二枚焼いてると、アインがお肉をガン見しながら自分の口元をペロリと舌で舐めた。
「早く食べたいッス!」
「もう少しで出来るから待ってくれ」
「了解ッス!」
よし、これで焼き上がった。
俺は用意していたお皿に霜降り牛のピカタを乗せて、冷蔵庫の中に入れているサラダを乗せていく。
見栄えが良くなったので料理が乗ったお皿を、かた焼きパンと食器が乗った木のトレイへ乗せる。
今日のディナーセット完成。
二人分の食事が用意できたので、俺は木のトレイを二つ持ちながらカウンターの外へ出る。
今にもよだれを垂らしそうなアインの前に、料理が乗ったトレイを置く。
「いただきますッス!」
「お、おう、いただきます」
相変わらずアインは肉に食いつくのが早いな。
三百グラムはある霜降り牛のピカタを勢いよくナイフで切ったアインは、大口でお肉を口へ含んだ。
「んんっー! コケッコの卵の衣がパリッとして、中から霜降り牛の脂が出てきて美味しいッス!」
「だな! っと、キャベツに巻くのもいいぞ」
「マジッスか!? おお、キャベツ巻きもイイッスね!」
やっぱり
自分好みの味になったので、満足しながらピカタやサラダを食べる。
ふと隣を見ると、料理を半分ほど食べ終えたアインがいい笑顔でナプキンで口元を拭いた。
「今日も満足ッス」
「お、おう、満足してくれたのは嬉しいけど、
「じゃあ、ダンナは何を知りたいッスか?」
「まずは
「だとすると、一番大きいのは商業ギルド関係ッスね」
「う、うん、もしや、サーベルタイガー関係か?」
「それもあるッスけど、一番はギルドの幹部達が衛兵に捕まったり、辺境に飛ばされたりしたみたいッス」
と、なると、今回起きた商業ギルドの不正は是正されたのか。
残りのピカタにフォークを刺したアインを見つつ、俺はもらった情報を整理する。
「商業ギルドの人員が減りそうだな……」
「まあ、そのせいで臨時で働ける人を募集してるみたいッスよ」
「おおう……」
世界が変わっても人手不足は解消されないのか。
今の商業ギルドの後始末やブラックさから目を逸らすように、俺はピカタをパンに挟みながらかじりつく。
隣の椅子に座っているアインは、苦笑いを浮かべながらコップの水をゆっくりと飲んだ。
「ちなみに日当は銀貨一枚と銅貨五十枚らしいッスよ」
「給料としては妥当な額なのかな?」
「他よりは少し高めッス」
「ほうほう」
銀貨一枚が日本円の一万円くらいだから、商業ギルドの日当は前世の体感を使うと高くなるな。
自分の金銭感覚のズレを感じていると、コップをテーブルに置いたアインがニヤリと笑った。
「ただその分、高度な仕事が求められるみたいッスよ」
「そりゃギルド系の書類整理とかややこしいしな」
「ん? もしや、やったことあるんスか?」
「あんまり思い出したくないけどあるぞ」
書類整理してたのは前世でだけどな。
色んな意味で大変だった記憶があるので、今のギルドはアタフタしてそう。
俺は苦笑いを浮かべつつ残りの料理を書き込み、食器をカウンター内の流しへ置く。
その時、扉が開く音がしたので笑顔で挨拶する。
「ノーチラスさーん? やけ酒させてください!」
「いらっしゃい……はい? あのリリサさん、いきなりどうされました?」
「とりま、ラガーの大ジョッキーを一つ!」
「わ、わかりました」
コッチの質問をガン無視で酒を頼んできた!?
アインの隣に音を立てて座ったリリサさんは、ヤケクソ気味に興奮しながらお酒を頼んできた。
カウンター内にいる俺は、戸惑いながら氷魔法で冷やした大ジョッキーに冷たいラガーを注いでテーブルに置く。
「ではもらいます!」
「は、はい、って、一気に飲み干した!?」
「めっちゃイイ音で勢いよくお酒を飲んでるするッスね……」
平和が潰れた気がする。
ラガーを飲み干したリリサさんが、空になった大ジョッキーをテーブルに叩きつけた。
俺とアインは互いに視線を合わせた後、同じタイミングでため息を吐く。
「追加のラガーをお願いします!」
「それはいいですが、おつまみは入りますか?」
「もちろん! お金はあるのでジャンジャンとお願いします!」
「は、はい、わかりました」
本当にヤケ酒じゃねーか!?
大ジョッキーに追加のラガーを注いでテーブルに置いた後、キッチンを置いてある燻製のハムやパンをナイフで薄く切ってお皿へ乗せる。
「ふはぁ! やっぱりノーチラスさんが用意するお酒は冷たくて美味しいですね!」
「ありがとうございます。ただ、それはそれとして何故ヤケ酒してるんですか?」
「そりゃ仕事関係のストレスですよ! あ、ラガーの追加をお願いします!」
「また飲むんスか!?」
「もちろん! 今日は飲みつぶれるまで飲みますよ!」
アインからの情報を聞いてる分、リリサさんのやけ酒は理解できる。
ただラガーを飲むスピードが速いので、俺はヒヤヒヤしながらおつまみが乗ったお皿をテーブルへ置く。
ゆっくりとした時間がなくなったな……。
追加のラガーやおつまみを勢いよく食べるリリサさんに、俺とアインは若干引きながら彼女の愚痴へ耳を傾けるのだった。