アインにお願いして店の看板をクローズにしてもらった後、俺は五杯目の冷たいラガーを頬を赤くしているリリサさんへ渡す。
最初の時よりは飲む勢いが収まってきたので、内心でホッとする。
「やけ酒するのはいいのですが何があったのですか?」
「そんなの問題が山積みになってしんどいのに決まってるでしょ!」
「あー……。さっきアインも商業ギルドので臨時の職員を雇ってると言ってましたね」
「ええ! ただ募集した新人の教育に私達の手が回ってなくね」
ココは異世界なのに、現代日本の会社あるあるを聞いた気がするんだが……。
追加のラガーを少し飲んだリリサさんは、おつまみの燻製ハムを大口でかじりついた。
隣に戻ってきたアインは、完全に
「なんか正規の働き手はしんどそうッスね」
「二人とも
「アタシがやっていけてるのはダンナのおかげッスよ」
「ううっ! なら私もノーチラスさんの元で働きたいです!」
「リリサさんはサーベルタイガーと戦えますか?」
「やっぱりやめときますね!」
すんなりと諦めてくれてよかった。
ギルドの職員はゴロツキ対策で護身術を習っているが、流石に危険度Cのサーベルタイガーを相手できる人は少ない。
速攻で言葉を翻したリリサさんは、俺から目を逸らしながらラガーを勢いよく飲んだ。
「ほんとリリサさんは美人なのに残念ッスね」
「前に同僚から男が逃げる受付嬢一位って言われた時を思いだました」
「「……ドンマイです」」
「二人とも酷くないですか!?」
いやあの、本気で悲しいエピソードを言われるとコッチも反応が難しいんだよ。
ガチ泣きしそうなリリサさんを宥めつつ、居た堪れなくなった俺はお高めの白ワインを透明なグラスへ注ぐ。
「コチラの白ワインは自分の奢りです」
「ありがとうございます!」
「気持ちの切り替えが早いッスね!?」
「そりゃ嘆いていても仕方ないですから!」
ま、まあ、白ワイン一杯でいい方に流れるなら安い物かな。
俺は頬をひきつらせながら、一本銀貨五枚の外国産の白ワインが入ったガラス瓶を酒用の冷蔵庫へ戻す。
ほんと
アインへダル絡みを始めたリリサさんを止める為に、追加のおつまみをお皿に乗せていく。
「アインちゃんはノーチラスさんに構われていいわね」
「あのリリサさん、ダル絡みをやめてくれないッスか?」
「ええー! さっき
「アタシは安くないし酒臭いッスよ!」
なんか色んな意味で揉めてない?
完全に悪酔いしているリリサさんが、苦い顔をしているアインに抱きついている。
「じゃあいくらで売ってるの?」
「アタシは
「もうっ、連れないわね!」
あ、アインが
大きなタワワを持つリリサさんのホールドに、アインは心底嫌そうな表情を浮かべながら強引に振り解いた。
そのまま彼女は逃げるようにカウンター内へ入ってきたので、俺は目を逸らしながらリリサさんへ注意を入れていく。
「あんまりアインへちょっかいをかけるとお仕置きしますよ」
「イケメンのノーチラスさんからお仕置きなら歓迎します!」
「「ダメだこの人……」」
なんでこの人はココまで悪い酔いしてるんだよ。
お酒のせいでタガが外れたのか、リリサさんは両手をコチラに向けて歓迎のポーズをとっている。
俺とアインはドン引きながら、互いに目を合わせて軽く頷く。
「こりゃ締め出した方がいいかな?」
「隣の宿屋に放り込むのに一票ッス」
「二人ともコソコソと何を話してるんですか?」
「どうやったらアナタを追い出せるか話していました!」
「ひどい!? ノーチラスさん達はか弱いわたしを夜の都市へ放り出すんですね!」
「腹黒で図太いアナタがか弱いッスか?」
「アァ? 今なんていった?」
急にガラが悪くなったなこの人!?
リリサさんの目つきが鋭くなり声も低くなった。
俺は内心で戸惑いながら、不機嫌そうなリリサさんへ言葉を返す。
「まあまあ、それよりも新人以外で問題があったんですか?」
「ノーチラスさんは
「えっと、知らないです」
「ですよね……」
なんか嫌な予感がする。
リリサさんが急に悪い酔いをやめて神妙な面持ちになった。
俺は内心でビビりながら、落ち着くために自分用のお冷を飲む。
「アタシも商業ギルドがサーベルタイガーをどうしたか知りたいッス」
「んー、二人とも気を引き締めて聞いてくださいね」
「「は、はい……」」
「では、ほぼ無傷のサーベルタイガーはティナ部長に依頼を出していた
嫌な予感が的中した。
兵士学校の前準備だけでも大変なのに、更に頭が痛くなる内容を聞いてしまった。
貴族相手に悪い思い出が多い俺は、思わず深いため息を吐いてしまう。
「露骨に嫌な顔をしましたね」
「ええまあ……。それで貴族様が引き取った後はどうなりました?」
「相手の貴族様はかなり喜んでいましたよ」
「サーベルタイガーの出所は聞かれましたか?」
「
「おお、よかったです!」
コレで貴族様に絡まれたら、下手すればサハクを出ていく羽目になる。
せっかく建てた
「や ダンナは派手に動かない方が良さそうッスね」
「と、なると、変装用の道具でも用意しておくか」
「そうッスね」
アイスを見てアインが端の席へ座ったな。
コチラをガン見してるアインへ苦笑いを向けつつ、アイスが入った器を渡す。
「あー、その冷たいやつはわたしも食べたいです!」
「は、はい、どうぞ!」
「ありがとう! うん、やっぱりノーチラスさんのアイスは美味しいですね!」
感謝されるのは気持ちいいな。
なんでも当たり前のようにやってくれる、みたいな事は前世でやってしまったし、俺も感謝の気持ちを忘れないようにしよう。
アインとリリサさんの満面な笑みに、満足しながら俺も自分用で用意したアイスを食べ始める。
この味がいいよな。
現代日本のアイスと比べるとまだまだだけど、自分の良さが出てる気がする。
俺は今ある問題を考えないようにしながら、平和に戻った店内の空気感を楽しむのだった。