リリサさんが我が
合計二十杯のラガーとワインをがぶ飲みしたリリサさんはついにダウンしたのか、テーブルの上に顔面を押し付けて寝ている。
俺とアインは互いに顔を合わせた後に、ホッとしたように息を吐く。
「やっと嵐が去ったッスね……」
「だなー。まあでも、このままリリサさんを放置するのは可哀想かな?」
「今はクローズになってるし、この人を床に転がすのはどうッスか」
「めっちゃ雑!?」
「いや、外の酒場なら店から追い出されて道端で寝てる人もいるッスよ」
「た、確かに……」
酔い潰れた飲んだくれが道端で寝ているのは見たことはある。
ただリリサさんは見た目は美人なので、外に追い出すのは忍びないな。
俺はアインの提案を受け入れて、倉庫にある予備の布団を店の床へ敷く。
「リリサさん、起きて布団で寝るッス!」
「んー、美味しそうなお肉ー!」
「アタシはお肉じゃないッスよ!」
「ごふっ!? お肉が反撃してきた!!」
「なんでコイツらはコントしてるんだ?」
リリサさんは真顔のアインへ抱きつき甘噛みする。
外から見れば平和な光景だが、当のアインは暑苦しそうに抱きつきを振り払う。
そのままリリサさんを布団に押し込んだアインは、荒い息を吐きながら椅子へ座った。
「この人が国営の商業ギルドで働けているのかわからないッス……」
「ま、まあ、仕事では優秀なんじゃないのかな?」
仕事では優秀でもプライベートが
俺は見た目は美人なのに行動が残念すぎるリリサさんにドン引きしてしまう。
カウンター席に座るアインは、心底軽蔑した視線をリリサさんへ送り始めた。
「それだといいんスけどね」
「今はリリサさんは置いとこう」
「了解ッス! って、ダンナは何か面白いネタでもあるんスか?」
「んー、アインは明日ヒマか?」
「めっちゃヒマッス!!」
「きゅ、急にどうした!」
おお、アインの目が急に光り輝いたぞ。
彼女の温度変化の激しさにビビってると、アインは満面の笑みで立ち上がりカウンターから体を乗り出した。
「ダンナとのデートなら予定を蹴散らして行くッスよ」
「おおう……。ま、まあ、俺はデートした事ないか
わからないけどな」
「ダンナはモテそうなのに童貞なんスか?」
「童貞とか言わないでくれ……」
前世も含めて五十年弱は童貞なんだよ。
冒険者自体にもモテたけど、精神年齢的にアウトと思い付き合う事はなかった。
地味にアインの言葉が胸に刺さってると、彼女はニヤリといやらしく笑う。
「じゃあアタシで女性経験をするッスか?」
「んー、悪いけど無駄に責任を負いたくない」
「めっちゃ優しく拒否られたッス!?」
いやだって、初めての事は尻込みするじゃん。
本気でショックをうけているのか、アインはガックリと首を落とした。
俺はモヤりながら、フォローをするために優しく言葉を返す。
「今のアインなら他の男性にモテるだろ」
「ダンナがいるんで告白とかは断ってるッスね」
「なるほど……。ん、なんか重くない?」
「アタシが重くなった原因の半分はダンナのおかげッスよ」
無駄に心苦しくなるのは気のせいかな。
互いに異性との関係があまりないのが暴露される中、俺はマズイ流れが嫌で話題を変更をしていく。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、今は明日の話をしてもいいか?」
「良いッスけど相変わらずダンナはヘタレっスね」
「……とりま、明日は
「へっ? その、ある場所って何処ッスか?」
「それは当日のお楽しみにして欲しい」
コレで恋愛の話からズレたはず。
内心でめっちゃホッとしてると、アインが不服そうにジト目を向けてきた。
「了解ッス。ただ、やっぱりダンナはヘタレッスね」
「に、二度も言わなくてもいいよ」
「悔しいから何回でも言うッスよ!」
地味に根に持たれてないか?
俺はアインから目を逸らしつつ、テーブルに置いてあるお冷を手に取り水を飲む。
冷たい水のおかげで気持ちが追いつき、いつものクールな自分へ戻る。
「お前な……。っと、そろそろ店を閉めるか」
「あー、逃げたッスね!?」
いやだって、負け戦は逃げるだろ。
不機嫌そうに頬を膨らませるアインを尻目に、俺は足早に後片付けを始めていく。
その時にリリサさんが何か寝言を言っていたが、特に気にせずに残りの作業を進めた。
⭐︎⭐︎
次の日の朝八時。
二日酔いのリリサさんは頭を押さえながら仕事へ向かった。
俺とアインは互いに顔を合わせ、同じタイミングで軽く頷く。
「やっと出て行ったッスね」
「だ、だな。っと、俺達も出かけるか」
「了解ッス!」
コッチも出かける準備は終わっている。
俺はお気に入りのジャケットとズボンに黒皮のブーツの安定スタイルで、アインは動きやすい服装にいつもの黒いロープのフードを被った。
お店の鍵を閉めると、ウチの隣にある宿屋の女将さんが掃き掃除の手を止めてコチラへ視線を向けてくる。
「あらー、今日も二人で一緒に出かけるの?」
「え、ま、まあ、そうですね」
「若いっていいわねー!」
めっちゃ食いついてきてない?
ウチの隣にある宿屋・泊まり木の女将さん・カーナさんは、笑顔で俺の背中を右手でバシバシと叩いてきた。
カーナさんの勢いに戸惑ってると、俺の右隣にいるアインが何回も首を縦に振った。
「ただダンナはヘタレなんスよねー」
「そんな時は女側からガンガン押せばいいのよ!」
「勉強になるッス」
女将さんの圧がすごいのは気のせいか?
目をキラキラと輝かせてるアインに、女将さんはドヤ顔で恋愛話を語り始めた。
自分の中で違和感がすごいので、俺は冷や汗を流しながら口を開く。
「きょ、今日は忙しいのでコレで失礼します!」
「あーもう、仕方ないッスね!」
「ふふっ、いってらっしゃいー!」
よし、振り切れた。
後のことは何も考えずに女将さんと別れた俺は、シレッと手を繋いできたアインの方へ向く。
「ほんと恋愛ってなんだろうな……」
「ダンナって恋愛したくないんスか?」
「そもそも家族以外で女性と深く関わったことが少ないんだよ」
「苦手意識があるんスね」
「まあな」
んー、苦手意識もそうだけど、家族以外で一番イメージがあるのが
魔法学校自体の相棒を思い出してると、アインが肉食獣のような笑みを浮かべた。
「まあでも、何が合ってもアタシはダンナの味方ッスよ」
「そりゃありがたいけど重いな……」
「ちょっ!? 重いのは自覚あるッスけど、もう少し優しくして欲しいッス」
優しくね。
コレでも自分の中でも優しいつもりだが、外から見るとズレてるのかな。
明らかな嘘泣きをしてるアインへ、俺は自分なりに優しく微笑む。
「まあ、目的が終わったら適当に都市内を回るつもりだけど辞めておくか?」
「いや行くッス!」
「おお、勢いがすごいな!?」
一瞬で嘘泣きをやめたぞ。
アインの復活が早くて目が点になる中、彼女は嬉しそうに鼻を鳴らした。
ほんとアインは面白いな。
彼女と一緒にいると楽しいので、俺は心の中が暖かくなりながら一緒に目的の場所へ向かうのだった。